131 <閑話>空位の光翼
第一章が終わりました(ToT)
ここは王城の一室。王族と公爵、そして光武七翼のみが入ることを許された特別な部屋だった。
壁一面はオリハルコンで覆われ、そこに幾重もの魔導回路が組み込まれている。それは物理的な防御のみならず、音の漏洩や視覚的透過さえ許さぬ、完璧な防諜結界だった。
たとえ魔翼のクロメが乗る魔導機人――白秋一式改造機『魔壊』が放つ特級魔法でも、その壁を穿つことは不可能だ。
それどころか、王家の秘奥たる特殊結界『武者返し』が発動し、放たれた魔法は幾倍もの威力に増幅され、放った機人自身を撃ち抜く。
まさに聖域と言ってよい場所に、六人の女性がテーブルを囲むように座り、圧倒的な存在感を放っていた。
彼女たちこそが、クムァムーン王国で最強の武人と謳われる光武七翼だった。本来なら七席。その一つは空いたままだ。加えて今日は、公爵席も空席だった。
いつもより広く感じる部屋。彼女たちは会話することなく、じっと座っている。
やがて扉が開き、壮年の男性が部屋に入ってきた。その瞬間、六人全員が席を立ち、床に膝をついた。
「楽にしていい。ここは公の場ではないのだからな」
男は鷹揚に告げるが、誰も席に着こうとしない。彼は彼女たちの姿に苦笑いを浮かべ、静かに腰を下ろした。
「まあ、好きにするがいい」
その言葉で全員が立ち上がる。だが、やはり誰も座ることなく、立ったまま男を真っすぐ見つめる。
「それで今年の学園総体――いや、ソウガ・アクオスについて報告してほしい。影武者からある程度は聞いているが、詳しく知りたい」
部屋の中に緊張が走った。とくに真っ赤な甲冑に身を包んだ女性――炎翼のアスカの表情は険しかった。
だが、誰も気づかなかった。二人を除いては。一人は魔翼のクロメ。そして、もう一人は――。
テーブルの上座に座る男――コイズミ・クムァムーン・エクスペリア。この国の王だった。
肩まで流れる白銀の髪に、見事に整えられた顎髭。その佇まいは、まさに王と呼ぶに相応しい威厳を放っていた。
六人全員がコイズミを見つめる中、クロメだけがちらりと目をアスカに向けた。そのとき――彼は静かに語りかけた。
「今年の学園総体の指揮を任せたのは、アスカだったな」
かすかにアスカの肩が跳ね、他の五翼の視線が集まる。王であるコイズミから名指しで尋ねられたのだ。答える以外の選択肢はない。
「は、はい。彼――ソウガ・アクオスには類まれな才能を感じました。原初の機人のマスターというのも納得です。ただ、王家に対する忠誠には疑問が残ります」
アスカは緊張しながらも答える。ただ、コイズミの圧が強く、声がうわずってしまったのは仕方がなかった。
「なるほど、分かった。お前がソウガを警戒していることもな。なら――お前の補佐をしたクロメにも意見を聞こう。お前はどう思った?」
コイズミの白銀の瞳で真っすぐに射貫かれ、わずかにクロメの顔がこわばる。だが、すぐに笑顔で覆った。
「私には、彼が王家に仇をなすような者には見えませんでした。ヤクモ殿下とも親しくしているようですし――」
「嘘をつくな、クロメ! 陛下に対して無礼だろう!」
即座にアスカはクロメの言葉を遮り、腰に下げた剣に手をかけた。その瞬間、純白のローブを纏った女性が手をかざし、光の輪でアスカを拘束する。
「ぐっ……何のつもりだ、キヨカ!」
「それはこちらのセリフです、アスカさん。帯剣を許されているのは、コイズミ陛下の信頼の証。それを裏切るような真似を!」
聖翼のキヨカは侮蔑を込めて言い放った。その隣で紺碧の鎧に身を包んだ氷翼のユキメが、薄く笑っている。
「いい加減にしろ、お前たち。陛下の場で醜態を晒すな」
そう呟き、三人を睨みつける雷翼のヒカリ。露出の多い服の上から、無数の小さな火花が迸っていた。
「まぁまぁ、皆さん。アスカちゃんも陛下を思えばこその行動だったと思うの。それに、もし剣を抜いたとしても、私がちゃんと止めてあげるから」
深緑のローブを纏った風翼のカザネは軽やかに手を振る。ヒュンッと音が鳴り、アスカの赤髪を切り裂いた。
腰まであったアスカの髪は、肩口で切りそろえられていた。部屋に緊張が走る。一触即発の雰囲気の中、コイズミが指先で机をコンと叩いた。
「もういい。アスカを解放してやれ。王家を思っての行動だ。それに――俺も悪かった。こいつに何も伝えてなかった」
その途端、アスカを拘束していた光の輪が消える。そして彼女以外の五人は静かに元の定位置へと戻り、直立不動の姿勢で次の言葉を待った。彼は苦笑いを浮かべ、口を開いた。
「アスカ、悪かったな。実はヤクモから、ソウガと謁見してほしいと頼まれていた。だから条件として、学園総体――どの競技でもいいから、優勝したら会ってやると約束していた」
肩をすくめるコイズミに、アスカは目を見開く。彼女には、ヤクモとソウガが親しくしていることが信じられなかった。
「それに俺も興味があった。宮廷魔術師の総帥であるクロメは知っていると思うが、あいつの入学時の魔力量は十万八千だ。まだ学園に入学したばかりの学生が、だ」
あまりにも常軌を逸した数値に、部屋に沈黙が落ちる。誰も言葉が出ず、目を見開いている。二人を除いては――。
笑みを浮かべるコイズミとクロメ。そんな二人を呆然と見つめる五人。彼女たちは最強を自負する自分たちと同等か、それ以上の魔力を持つソウガに、複雑な感情を抱く。
その空気を察したコイズミは笑みを深め、口を開いた。
「とりあえず、才能は十分だと分かった。それに魔力も規格外だ。もしかしたら、あいつなら誰も至れなかった『光翼』に手が届くかもしれんな」
最強を謳う七翼の中で、その頂点に立つ『光翼』。歴史上ずっと空位だった伝説の称号。その言葉をコイズミが口にした。
その瞬間、彼女たち全員が言葉を失う。さきほどまで口元を綻ばせていたクロメでさえ目を見開き、いつもの余裕が消えていた。
そんな彼女たちを見たコイズミは楽しそうに笑い、手を振る。
「ふはは、あくまで仮定だ。俺が光武七翼を女性だけにしたのだ。そうそう変えることはせんよ。まあ、ソウガが俺の願いを叶えられれば、別だがな」
不敵に微笑むコイズミ。その眼差しには、希望を見出した者特有の強い光が宿っていた。
―― 第一章 故郷の言葉と漆黒の機人 完 ――
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