129 消えた表彰式、魔翼の誘い
俺は生徒たちと一緒に、我が校――ベアモンド学園に割り当てられたハンガーの中で試合を見守っていた。
巨大なスクリーンに紺碧の虎と白銀の天使が映し出された瞬間、生徒たちは眉を釣り上げ、凝視した。
そして試合が終わり、ソウガたちが優勝しても誰も喜ぶことなく、ただ呆然と立ち尽くしていた。
仕方がないと、俺は首を横に振る。あんな魔法を見せつけられたなら、言葉を失うのも無理はない。経験が少ない学生なら、なおさらだ。
何を言っても今の彼らの耳には届かない。気持ちの整理がつくまで、そっとしておこうと、俺はひとりでハンガーを抜け出した。
――――――――――――
鋭い陽光が刺す中、溢れる汗を拭いながらハンガーの前に立っていると、紺碧と純白の二体の機人に挟まれて歩く漆黒の機体――武蔵零式が遠くに見える。
やがて三体の機人は目の前で止まった。ナツメとハンナは操縦席から降り、ソウガは武蔵零式の装着を解除して出てきた。
「お疲れ様、ソウガ、ナツメ、ハンナ。三人とも優勝おめでとう。よく頑張ったな。色々と聞きたいことがあるが、ここじゃまずい。かといって、ハンガーの中も、お前たちの戦いを見て呆然としている生徒たちがいるし、どうしたものか」
俺は眉をひそめ、顎に手をやる。最後にナツメとハンナが放った魔法は、間違いなく武蔵零式の五大機能<地>によるものだ。
そのログを回収したいし、何が起きたのか聞いておきたい。だが、ここでは人目が多すぎる。すぐに学園にある俺の研究室に向かいたいが、表彰式がまだだ。
ソウガは表彰式でコイズミ陛下に光武七翼の女性限定について、再考を求めるつもりだ。そのために今日まで頑張ってきた。
とりあえず俺が武蔵零式を預かり、三人には表彰式まで休んでもらおうと口を開きかけたとき、アナウンスが流れた。
<トライアド・サバイバルの表彰式ですが、コイズミ陛下の体調が優れないため、後日、執り行いたいと思います。優勝したソウガチームには改めて学園を通じて連絡します>
あまりにもタイミングがよくて、苦笑いを浮かべる。だが、疲労が色濃く顔に浮かぶソウガを見て、表情を戻した。
「――ということだ。ソウガたちはもう帰れ。武蔵零式は俺が預かっておく。明日にでも、学園の俺の研究室に来てくれ」
ソウガは笑みを浮かべて頷くが、どこか暗い。せっかく優勝して、念願のコイズミ陛下との謁見も決まったのに――。
理由を尋ねようとしたとき、ハンナの声が届く。
「分かりました、リュウゾウ先生。ソウガ、私とナツメさんは機体の整備までは付き合うから、あなたは先に帰って。まだ顔色が悪いわ」
その言葉に俺も頷き、さきほどの疑問も吹き飛ぶ。たしかにあれほどの激闘をしたのだから、疲れていて当然だ。
「そうだね、ソウガ。あんなに活躍して、テッペイさんの<聖剣>化した魔法を受けたんだ。無理はしないほうがいい。なんなら、私の魔導車で送ろうか?」
揶揄うようにソウガを見つめ、ナツメが声をかけた。ソウガは二人を交互に見て、笑顔を浮かべる。
「二人とも助かる。正直、かなり疲れているんだ。今日は早く帰って眠りたかった。言葉に甘えさせてもらう。あと、ナツメの魔導車は遠慮しておくよ。余計に疲れそうだ」
肩をすくめて答えるソウガに、二人とも笑顔で頷く。そんな三人に目を細めると、ソウガが振り向く。
「先生にも、色々とお世話になりました。なんとか優勝することができました。これも先生が武蔵零式を整備してくれたおかげです。本当にありがとうございました」
「何を改まって。それに今生の別れじゃないんだ。そこまで畏まって礼なんか言うな」
真剣に礼を述べるソウガを見て、一抹の不安がよぎった。もう二度と会えない――そんな悲壮感のようなものが、言葉から滲んでいた。
俺は何か言おうとしたが、言葉が見つからず口を閉じる。ソウガは真っすぐ俺を見つめると、深々と頭を下げ、踵を返してこの場を後にした。
遠ざかるその背中を見つめる。今日一日で、ソウガの中で何かが決定的に変質した――俺にはそう感じられた。
それが確信と思えるほど、その後ろ姿からは自らの身を削るような悲壮な覚悟が、陽炎のごとく立ち昇っていた。
◆
リュウゾウ先生たちと別れた俺は、控室で制服に着替えて帰路についた。すでに日は傾き、竜蛇山の麓の会場入口には人影がなかった。
表彰式が取りやめとなり、多くの観客たちも帰ったのだろう。大会の係員をたまに見かける程度だ。俺は空に浮かぶ夕日を眺める。
(……疲れたな、本当に。表彰式がなかったのは、よかったかもしれない。今、コイズミ陛下に謁見しても、ちゃんと話せるか自信がない)
改めて執り行うという大会本部の言葉を信じるしかない。答えはすぐに分かる。とりあえず今日は帰って、何も考えず休みたかった。
俺は体にまとわりつく疲労を振り払うかのように、大きく一歩を踏み出した――そのとき、背後から声がかかる。
「お疲れ様でした、ソウガ君。見事な戦い、本当に感動しました」
振り返ると、漆黒のローブを羽織った黒髪の女性が立っていた。ナツメやハンナを見て慣れているとはいえ、かなりの美女に目を見開く。
「ふふ、何か驚くことでもありましたか? そんな表情をして」
妖艶に微笑む女性に、警戒感が募る。ナツメのときもそうだったが、美人が話しかけてくるときは、大概が揉めごとか、厄介ごとだ。
俺が口を閉ざしたまま、じっと見つめていると、彼女は笑みを深めた。
「そうですね。見ず知らずの女性から話しかけられれば、警戒もします。申し遅れました。私はクロメ・サザンカ。光武七翼の一翼――魔翼の称号をコイズミ陛下から賜っております」
『光武七翼』――その言葉に思わず肩が跳ねる。
そんな俺に薄く笑みを浮かべた彼女は、長い指先でスカートの端を摘まみ、流れるような動作で頭を下げた。
完璧なまでに優雅なその礼が、俺には甘い毒を塗り込んだ契約書を突きつける、悪魔の誘いのように見えた。
読んでくださり感謝です<(_ _)>
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