128 白銀の優勝、冷える喪失
私は地面に膝をつく漆黒の機人――ソウガを見つめる。彼が叫んだ言葉『ヤルバイ・サムカ』。その言葉が耳に届くと同時に、鮮烈なイメージが流れ込んできた。
私の装飾魔法よりも遥かに力強いイメージに圧倒されながらも、なんとか魔法を詠唱した。もちろん、装飾を添えながら――。
次の瞬間、構築した詠唱文は破棄され、自然と言葉が零れた。
「さむか!」
刹那、操縦桿から膨大な魔力を奪われて驚く。だが、それ以上にモニターに浮かぶ強烈な映像が目に焼き付いた。
砲口の前に浮かぶ魔法陣から巨大な氷の虎が飛び出し、大気を震わせるほどの雄叫びを上げた。
そして、目の前に広がる紅蓮の炎をすべて喰らい尽くし、最後は済聖光学園の武導機人を破壊した。
あのとき、私は操縦士がいる胴体を避け、両腕と頭だけを狙った。咄嗟の判断だったが、氷虎をきちんと制御できたことに、安堵の息を吐く。
思考の海に沈みかけたとき、アナウンスが流れた。
<ただいまをもちまして、トライアド・サバイバルは終了します! 器具不良により、済聖光学園の判定用の魔導具が動作していないことが発覚しました。ですが映像を確認した結果、審判長が戦闘不能と判断――
よって優勝は、ベアモンド学園のソウガチームです!>
その瞬間、歓声が上がる――ことはなかった。梅雨明けの初夏。深緑が覆うはずの竜蛇山は、白銀の世界へと変わっていた。
その光景を目の当たりにした観客たちは言葉を失い、呆然としているのだろう。人は想像を超えた現実に直面したとき、思考が停止する。
私は肩をすくめ、足元のカメラに切り替える。ハンナが聖導機人から降り、ソウガに聖魔法を施していた。
テッペイさんと戦っていたソウガは、彼の魔法を受け、疲労困憊だったことを思い出す。すでに勝負はついた。私も機人に膝をつかせ、ハッチを開けて飛び降りた。
戦いには勝った。だけど、胸の中に不安がよぎる。膝をつく武蔵零式――その漆黒の装甲に微かについた氷片が、夏の日差しを受け、冷たく光った。
◆
ハンナが聖魔法で浄化してくれたおかげで、悪寒や頭痛は消えた。だが、奪われた体力はいまだ回復せず、俺は肩で息をする。
そのとき、ナツメも機人から降りて、駆け寄ってくる姿がモニターに映った。ふと左下の魔力残量が視界に入る。
『49/140』。強制排出される『28』まで、残り『21』。ぎりぎりの戦いだったと実感する。
「大丈夫、ソウガ。ハンナに浄化してもらったようだけど、まだ疲れているね。これを飲んで」
視線を上げると、ナツメが体力ポーションを差し出していた。小さな瓶の中に真っ赤な液体が見える。
俺は口元の装甲を開け、ナツメから受け取ろうと手を伸ばすと、彼女はすっとポーションを引いた。
「ソウガ、そんな手で握ったら、瓶が割れるんじゃないかな?」
笑顔で告げるナツメの言葉に苦笑いを浮かべる。たしかに武蔵零式を装着したままだ。このまま手渡されたら、簡単に握り潰してしまう。
――かなり操縦に慣れてきたが、今はまだそこまで繊細な操作はできない。
仕方なく装着を解除しようとしたとき、口元に小瓶が差し出された。よく見ると、蓋が外されている。
「私が飲ませるから、口を開けて、ソウガ」
視線を向けると、満面の笑みを浮かべるナツメと、頬を膨らませて彼女を睨むハンナがモニターに映る。そんな二人に眉をひそめた。
(……正直、かなり辛いんだがな。喧嘩はしないでくれよ)
そのまま飲んでいいのか迷うが、体力は限界だった。俺が覚悟を決めて口を開くと、そっとナツメが小瓶を傾け、俺の口へと流し込んだ。
ゆっくりと飲み込んでいくと、全身に溜まっていた倦怠感が少しずつ消えていく。すべて飲み終えたとき、俺の体力はそれなりに回復していた。
「助かった、ナツメ。それにハンナも浄化してくれて、ありがとう」
ようやく落ち着いた俺は、二人に感謝を述べて立ち上がる。そして、周囲を見渡して息を呑んだ。
山頂を囲むように白銀が埋め尽くし、青い葉を閉じ込めた枝からは、氷柱が鋭く突き出ている。
今は七月初旬。肌を焼くほどの日差しが武蔵零式の漆黒の装甲をぎらりと照らす。それなのに、ここだけが世界の理を無視した厳しい冬に塗り替えられていた。
「……これをナツメとハンナがやったのか」
思わず漏れた言葉に、二人とも苦笑いを浮かべ、まずハンナが答えた。
「そうよ、ソウガ。貴方から付与された方言魔法に、私たちの魔法を重ねたの。結果、ナツメさんは氷の虎を生み、私は雪の天使が発現したの」
確かに付与魔法に成功した実感はあったが、これほどの魔法になるとは思っていなかった。呆然と見つめていると、ナツメの声が耳に届く。
「とりあえず、優勝も決まったみたいだし、急いで下りようか。ソウガはひとりで大丈夫?」
「ああ、問題ない。だが、魔力が少し不安だ。できれば早く山から下りて、武蔵零式から解放されたい」
その言葉に二人は笑みを零して頷くと、足早に機人へ戻っていった。彼女たちの背中を見つめながら、唯一、外気と触れている口元を触る。
氷のように冷えた鉄の指先が唇に触れ、思わず呟いてしまう。
「ちと、さむか」
ふいに出た方言。魔力は込められておらず、魔法が発動することはない。だが、それでも普段感じる懐かしさや力強さは戻らなかった。
やはり、さっきまでとは違う。大きなものを失った。そんな喪失感で胸の中が満たされていく。
初夏の白銀の世界――幻想的な光景。だが、俺にはどこか冷ややかで寂しく、不吉なもののように見えた。
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