127 氷雪の天使と氷の猛虎
突如起きた山火事。ソウガは鎮火のために武蔵零式の五大機能<地>を起動し、私たちに魔法を付与すると告げた。
ナツメさんに続き、私も慌てて機体を武蔵零式に近づけようと腰を落とすと、じりじりと炎の壁が近づく。
一面に広がる炎を前に、冷や汗が頬を伝う。真っ赤に染まるモニターをじっと見つめていると、ソウガの声が届く。
『ヤルバイ・サムカ』
どこか懐かしい響きのある言葉に首を傾げる。『サムカ』は『さむか』。おそらく方言魔法だと思うが、『ヤルバイ』は聞いたことがなかった。
確かめるように、それを小さく口ずさんだとき、モニターが青く染まる。
慌ててバックカメラに切り替えると、モニターにはナツメさんの魔導機人――その魔導砲が展開した魔法陣から紺碧の虎が現れ、咆哮を上げていた。
その光景に驚愕しながらも確信する。間違いなくソウガの方言魔法が付与されている。
彼の方言魔法『さむか』は氷の竜を形作ったが、ナツメさんは虎だった。緊迫した状況ながら、彼女らしいと笑みが零れる。
――そのとき、コツンと微かな振動が伝わる。
足元のカメラに切り替えると、私の機体――聖導機人に触れる武蔵零式が映し出された。私は集音機能を少し上げる。刹那、ソウガの声が操縦室に響いた。
『ヤルバイ・スゥスーッス』
その瞬間、握り締めた操縦桿から強烈なイメージが流れ込んできた。すべてを切り裂き、薙ぎ倒す極寒の突風が鮮烈に頭に浮かぶ。
それがソウガから受け取ったイメージだと気づき、自らの聖魔法と重ね、ひとつに紡ぐ。そして、大声で叫んだ。
「すぅすーっす!」
操縦桿から大量の魔力を吸い取られ、つい手を離しそうになる。それでも必死に堪え、イメージを流し込み続ける。
歯を食いしばり、急激な魔力消費に耐えながらメインカメラに切り替えると、モニターは真っ白に塗りつぶされた。
まさか故障したのかと焦る。だが、次第に光は収まり、ゆっくりと映像が浮かび上がる。
その映像を見て、言葉を失った。そこには白銀に輝く翼を広げた女性――氷雪の天使が優雅に飛翔していた。
◆
ここは仮設施設の一室。そこに備えられた巨大なモニターに映し出される幻想的な映像に、全員が言葉を失い、じっと見つめていた。
紺碧の機人――ナツメが放つ魔法は氷虎となって燃え盛る炎に突っ込み、すべてを喰らい尽くし、周囲を凍らせる。
そして、その機人に背中合わせで立つ純白の機体――ハンナの前には、白く美しい天使が佇む。
彼女が翼をはためかせるたびに氷雪が舞い上がり、辺り一面に広がる炎を白銀へと変えていった。
特級すら超えた規格外の二つの魔法。どれほど高性能な魔法増幅装置を用いても、実現させるのは不可能だと誰もが悟る。
一瞬で炎は消え去り、山火事は鎮火した。だが、氷の猛虎と氷雪の天使は消えることなく、すべてを凍らせ、木々を薙ぎ倒していく。
次第に深緑の森が白銀の世界に変わっていく。幻想的ではあるが、恐ろしい。部屋にいる全員が、そう思った。二人の女性を除いては――。
「なんなんだ、あの魔法は! ふざけるな! きっと、あの二体は不正な改造をしているはずだ。すぐに調べろ!」
大声で叫ぶ炎翼のアスカは、その声とは裏腹に顔が青ざめていた。だが、誰もそのことを笑うことはなかった。ただひとりを除いては――。
「ふふ、いくら威勢よく言っても、その顔じゃ説得力がないですよ、アスカさん」
微笑みながら告げる魔翼のクロメに、アスカは鋭い視線を向ける。だが、彼女は一切気にした様子もなく受け流した。
「そんな顔しても無理ですよ。さっきまであんなに怖がっていたんですもの。いくら魔法食いの魔剣でも、あれは切れない――そう思ったのでしょう?」
その言葉に部屋の空気がピンと張り詰める。睨むアスカと笑顔を崩さないクロメ。そんな二人を黙って見つめる大会本部の幹部たち。全員が口を閉ざした。
刹那、済聖光学園の武導機人に襲いかかる氷の猛虎の映像が、モニターに映し出される。
深紅の機人は迫る氷虎にボウガンを放つが、紺碧の体に弾かれ、一切傷をつけることができない。
まっすぐに突っ込む氷虎。たまらず深紅の機人は背を向け、逃げ出す。だが、遅かった。右腕は鋭い爪に引き裂かれ、左腕は獰猛な牙に砕かれた。
両腕を失い、体勢を崩した武導機人はそのまま地面に突っ伏し、傾斜を滑り落ちていく。それをじっと見つめる氷の猛虎は、突然、口を大きく開いた。
直後、紺碧の光が迸り、機人の頭部を貫いた。頭部と両腕を失った済聖光学園の武導機人。その胸部には判定用の魔導具が青く光っていた。
シーンと静まり返った部屋に観客席のどよめきが、壁越しに届いた。
「おい、この映像は観客席のスクリーンに映し出されているのか!?」
大声で確認したのは、今年の学園総体の総責任者の男だった。彼が焦るのも無理はなかった。
あれほどの攻撃を受けても、判定用の魔導具はダメージを示す――赤には変わらなかった。
レプリカなのだから仕方ない。しかし、そのことを観客に知られるわけにはいかなかった。
再び青ざめる大会本部の関係者たち。その表情が、この映像が観客席にも映し出されていることを物語っていた。
冷えた静寂が部屋中に落ちる――そのとき、モニターが切り替わる。
画面にはシンヤの魔導機人に手をかざす氷雪の天使が映し出される。直後、彼女の手から目に見えるほど大きく、美しい雪の結晶が放たれた。
優雅に舞いながら迫る雪の結晶。それは空を飛ぶ魔導機人の四肢に触れると、一瞬で氷に変えて砕く。
胴体のみとなった紺碧の機人が頭から地面に突っ込む。だが、シンヤは両肩の魔導砲から突風を放ち、機体を制御しながら無事に着地し、傾斜を滑り落ちた。
もはや、誰の目から見てもベアモンド学園――ソウガのチームの優勝は明らかだった。
その映像を見たアスカは力なく椅子に座り、頭を抱える。周囲の男たちも似たようなものだった。
そんな中、クロメだけは山頂で膝をつき、二体の機人に守られる漆黒の機人――ソウガを、恍惚の笑みを浮かべてじっと見ていた。
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