126 不可抗力という名の処刑
ここは竜蛇山から少し離れた場所に建てられた仮設施設。
その中では、炎翼のアスカと魔翼のクロメが戦況を見守る。刹那、二人が見つめるモニターが真っ赤に染まり、一瞬で真っ黒になった。
「どうやら固定カメラに内蔵していた魔石が暴走したようですね。よかったです。アスカさんが私の部下に命令し、付与させた特級の火魔法の魔導回路がちゃんと起動したようで……」
クロメが妖艶な笑みをアスカに向ける。アスカも先ほどの会話で、彼女がカメラの仕掛けを把握していることは分かっていたので、驚くことはなかった。
だが、入念に口留めした宮廷魔導士が、いとも簡単に裏切り、クロメに告げた事実は、かすかに彼女に動揺を与えた。
「……ふん、人の口に戸は立てられぬ、か。まあ、いい。それより、これでソウガたちの優勝はなくなったな。あの炎には魔力が込められている。確実にダメージを与え、どこに付いていようと判定用の魔導具は赤く染まる。例え、巨大な盾で守っていてもな」
アスカはそう言いながら、部屋の隅から席に戻った学園総体の関係者たちを睨む。すると、ひとりの壮年の男性が口を開いた。
「は、はい、ご安心ください。審判長には事前に手を回しております。運営側は不慮の事故と処理し、試合を続行する手はずです」
顔中に冷や汗を流しながら告げたのは、今年の学園総体の総責任者だった。彼が周りの関係者に目配せすると、全員が何度も頷いた。
その瞬間、真っ暗だったモニターに炎の壁に囲まれる三体の機人の様子が映し出された。
竜蛇山の頂に二体の機人に挟まるように小型の漆黒の機人が立っている。ソウガとナツメとハンナだ。
山頂付近に設置された固定カメラの中の一台が三体の機人を捉え、随時映像を送っていた。自然と部屋の中にいる全員の視線がモニターに集まる。
そのとき、屋外からアナウンスが、わずかに届いた。
<現在発生中の火災について通知します。本件は機材故障に起因する『不可抗力の環境変化』と認定されました。規約に基づき、競技は中断せず続行。火災によるダメージも、敗退の対象となります。各自、速やかに競技を再開してください>
その内容にアスカは笑みを深め、総体関係者たちは安堵の息を吐く。
そして、クロメは何も言わず、ただ『燃える山頂』ではなく、炎の向こうの一点――ソウガだけを見つめていた。
◆
突如、あちこちから火柱が上がり、一瞬で俺たちを包囲する紅蓮の壁となった。揺らめく炎の向こう側に、シンヤさんの紺碧の機人が見える。
どうやら山頂にいる俺たちだけが取り残されたらしい。だが、炎が上がった理由は分からないものの、いくら何でも、これで試合は終了だろう。
ポイント差で勝っている俺たちの優勝だ。そう確信したとき、アナウンスが流れて眉を上げた。
大会本部は試合続行を伝え、炎によるダメージも判定対象とし、魔導具が赤く染まれば敗退となると告げた。
俺は絶句する。規定には目を通していないが、これは競技とは関係なく発生した山火事だ。この炎でダメージを受けて敗退になるなんて、信じられない。
唇を噛み、ゆっくりと近づく紅蓮の壁を睨む。そのとき、ナツメの声が届いた。
『少しきな臭いね。この時期の竜蛇山の木々は梅雨のおかげで、大量の水分を含んで燃えにくい。それに多くの木が魔法耐性を持った魔樹だ。だから、この競技の会場に選ばれているんだ。実際、今まで山火事なんて起きたことがない』
その言葉に息を呑む。いくらカメラが故障して暴発したとしても、威力は中級の火魔法程度だ。あんな天を衝くほどの火柱にはならない。
ナツメの言う通りだ。作為的なものを感じる。だが、いまだにテッペイさんの魔法の影響で、すこぶる体調が悪く、思考がまとまらない。
思わず頭を押さえ、首を振ると、純白の聖導機人のスピーカーからハンナの声が聞こえてきた。
『おそらく大会本部もグルですね。こんな大掛かりな仕掛けに気づかないはずがありません。それにこれほどの山火事を<不可抗力の環境変化>と済ませ、試合を継続させた――間違いありません!』
珍しく怒りを露わにするハンナに驚く。だが、気持ちは俺も同じだった。悪寒が走り、吐き気を堪えながら、モニター左下の魔力残量を見る。
『78/140』。残りは半分程度。これなら五大機能<地>を起動しても大丈夫だ。カジコさんから起動するための言葉は聞いている。
機能を解放するためのキーワードは『兵法の利を知り、直道に歩む』。これは前世の五輪書『地の巻』に綴られた一説だ。
だが、今回はこの言葉と起動コードは関係なかった。カジコさんは、このほかに僅かに解読できた部分を俺に伝えた。
そして、その中には起動するための言葉と、簡単な機能が含まれていた。
カジコさんは五大機能<地>は付与魔法と言っていた。そして、起動する言葉――方言も同じ意味を示していた。
俺は疲労困憊の体に鞭打ち、気力を振り絞ってナツメとハンナに告げる。
『ナツメ、ハンナ。二人に俺の魔法を付与する。今の俺に魔法を発動する気力も集中力もない。だから、二人とも腰を落とし、なるべく俺に近づいてくれ。もし付与が成功したなら、迷わず魔法を撃て。ナツメは西側、ハンナは東側だ。これほどの山火事だ。広範囲の強力な魔法でなければ鎮火できない!』
苦痛に顔を歪めながら俺が叫ぶと、二人とも機人に膝をつかせ、俺を挟むように背中合わせになった。
俺は五大機能<地>を起動するための方言を言い放った。
『やる――ばい』
俺の言葉に呼応するかのように、モニターに浮かぶ『地』の文字が黄色く輝き、『10』の魔力を奪った。
視線を落とし、武蔵零式の掌を見る。その真ん中の宝玉は青く光り、魔法陣が浮かんでいた。
俺は大きく息を吸い込み、紺碧の機人――ナツメの魔導機人にそっと触れて、再び方言を発する。
『やる――ばい、さむか』
刹那、言いようのない喪失感が襲う。思わず魔力残量を確認するが、変わっていなかった。
とりあえず安堵して魔導機人を見上げると、その砲口の前に浮かぶ魔法陣から青き巨大な氷の虎が現れ、咆哮を上げた。
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