たまごのような恋8
今日は文化祭。予想以上にお客さんがたくさん足を運んでくれている。学校全体がいつも以上に賑やかで活気が溢れている。
「琴音、衣装可愛い」
「初美も似合っているよ。今日やることは違うけど、頑張ろうね」
「そうね」
ビラを配りながら宣伝をして、初美は接客をする。同じクラスの友達に呼ばれ、廊下へ出て行った。
先を進むと、随分人だかりができている。私は友達に背中を押されていった。
「あ!」
「琴音!」
「な、なんで髪の色が真っ黒なの!?」
人に囲まれているのは髪の毛を黒に染めた支樹だった。
「びっくりした?」
「そりゃあね・・・・・・」
「以前に琴音の好きなタイプを教えてくれたときに言っていたから」
うん。なんか話していたけど、なんで今なのだろうか。
「だってすぐに染めるより、忘れた頃にやったら面白いだろ?」
「なるほどね」
「衣装、似合っているな。あとで写真撮ろうな」
最初からそのつもりだったのだろう。しっかりとカメラを持参している。
なんかまわりの視線を強く感じる。そう思って見渡すと、まわりの生徒たちは好奇心に満ちた表情で私たちを見ていた。私たちの会話が途切れると同時に、質問攻撃が始まってしまった。
「あの、二人は付き合っているのですか?」
「学生ですか?」
「いつも一緒にいるのですか?」
支樹も質問されていたが、私もなぜ今まで教えてくれなかったのか、詳しい説明をしてとか、他にもたくさん要求された。
時間があるときに説明をする約束をさせられ、なんとかこの場はおさまった。こういうときの女の子のパワーは凄まじいと改めて思い知らされた。
支樹を自分のクラスに誘導するために立ち去ったが、女の子たちが後ろで羨ましいとかあとで教室に来るように何度も頼んでいた。
「予想通りの展開だね」
「俺は一番に琴音に会うつもりだったよ」
「あんな状態になっていたら、意味がないでしょ」
「できるだけ人目を避けてきたよ?」
「かなり注目されていたように見えたよ」
教室に入り、あとのことを初美にお願いをした。初美は苛立ちを笑顔で必死で隠している私と困り果てている支樹を交互に見て、微かに首を傾げた。
「それではごゆっくり」
「もう行くの?」
「はい」
そのまま振り返らずに、教室をあとにした。仕事に集中しなくてはいけない。
「御注文はお決まりでしょうか?」
「アイスコーヒーとワッフルをお願い」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
来て早々に喧嘩をするとは思わなかった。琴音、いつ戻るのだろう。さっさと教室に出て行ってしまったからなと、ドアの向こう側を見て溜息を吐く。
しばらくすると、注文の品を持ってきてくれた。
「初美ちゃん」
踵を返して離れようとしていたが、呼び止めた。
「な、何ですか?」
少し狼狽していたが、俺は笑顔で続けた。
「琴音がいつ戻ってくるかわからないから、琴音について話をしよう」
「話?でも、仕事の途中ですので・・・・・・」
別の場所にいた数人の生徒たちが教室に入ってきた。自分達の仕事をする時間まで、まだ早いが、客が多いため、手伝うとのこと。
「座って」
そう促すと、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
ちょうどそのとき、私はビラを半分配り終えていた。支樹と一緒にいたところを見ていた人もそうでない人も私にあれこれと訊いてきた。ほとんどの人達が期待を膨らませていたが、中には嫉妬をしている人もいた。
交代の時間まで、まだ一時間以上はある。先に時間を伝えておけばよかったと少し後悔していた。
支樹のことはひとまず置いておいて、宣伝を開始しようとしたとき、誰かに肩を掴まれた。そこには知らない上級生が二人立っていた。
「ちょっと来てほしいの」
「何の用ですか?忙しいので、後にしてください」
「いいから来て」
強引に私の腕を引っ張り、人気のないところまで連れてこられた。
「さっきの年上の彼氏とベタベタしていたでしょ」
「ねぇ、聞こえているなら、何か喋ったら!?」
「先輩方にとやかく言われる筋合いはありませんので」
いつまでもこんな人たちと一緒にいたくなんかない。
「話はまだ終わっていないわよ」
背中に強い痛みを感じた。両肩を掴まれ、そのまま壁に押しつけられた。
痛みで顔を歪めて気分が良くなったのか、二人は馬鹿にしたように笑っている。
「ごめんねー。痛かった?」
「そりゃあ、痛いだろうな。音がこっちまで響くぐらいだから」
声のする方向を見ると、支樹が歩いてきている。
さっきまで逃がさないように力を込めていたが、今は完全に緩んでいる。すぐに手を振り払い、支樹の傍に駆け寄った。
「俺の可愛い女の子に何をしていた?」
「えっと、話を・・・・・・」
「ふーん、乱暴な話し方だな」
思ってもみなかった訪問者が来て、頭がいっぱいのようだった。今にも泣きそうな顔をしている二人に対し、支樹は睨みつけた。
「次に何かしたらどうなるかわかるよな?」
「は、はい」
「ごめんなさい」
二人はもと来た道を全速力で戻って行った。
「支樹、教室にいたよね?」
「お前が連れ去られるところを友達が見ていたらしく、急いで俺に言いに来たから」
「琴音、大丈夫?」
初美がそっと労わるように、背中を撫でた。
「くすぐったい」
「お前は・・・・・・」
支樹は呆れ顔で、初美は苦笑いをしていた。
「何か食べに行くか?」
「うん。もうとっくに交代の時間だしね」
「じゃあ、楽しんできてね」
「初美は食べたの?」
「うん。少しね」
一緒に行こうと誘ったけど、邪魔をしたくないからと断られた。
「明日は一緒に店を回ろう」
「うん。いいよ」
初美が立ち去ったあとを見計らって、こっちを見た。
「少しも目が離せないな」
「さっきのこと?それならもう大丈夫だよ」
「強がるな。ほら!」
いつの間にか抱きしめられてしまった。こんなところを人に見られたらどうしよう。支樹のにおいがする。ゆっくりと瞼を閉じた。
数分間そのままでいて、その後パンフレットを見ながら店を回った。
「何が食べたい?」
思いつく食べ物を言うと、ストップがかかる。
「待て、お前わざと言っているだろう」
「ごめん、ちゃんと言うから」
昼ご飯を食べてからゲームをしに行ったり、展示物を見たりした。
「懐かしいな」
「そう?」
「あぁ。大学祭はもう少し先だから、その違いに驚くだろうな」
「支樹は何かするの?」
「いや、何もしない。ただ楽しむ」
「そっか」
「琴音と」
「行ってもいいの?」
「当たり前だろう。反対するわけない」
今の気持ちをたとえるなら、なんの変哲もない箱の中に可愛らしいお菓子をみつけたような感覚だった。
「そういえば、ワッフルを食べた?」
「あぁ、美味かったよ」
「よかった。それが気になっていたの」
何を商品として出そうかと、クラスのみんなで考えたときにワッフルを提案してみたら、思っていた以上に賛成してくれる人が多く、それが決定された。
「接客してくれたら良かったのに」
「仕方ないよ。前から決まっていたことなのだから」
「あ!忘れ物」
「何?」
パシャッとカメラのシャッターを切る音が鳴った。
「いきなり撮らないで」
「琴音も見るか?ほら」
カメラを覗くと、自分の無防備な姿が写っていた。
「一緒に撮る予定じゃなかった?」
「もちろん。どこで撮ろうか?ここだと邪魔になるから、あっちに行こうか」
そこはまだ人通りが少なく、店から少し距離がある。
近くにいた人に写真撮影を頼んで、二、三枚撮ってもらった。
「写真ができたら頂戴ね」
「あぁ、どこに飾ってくれる?」
「薄いアルバムがあるから、そこにしまうよ」
「俺は写真立てに飾ってほしい」
「私は大切な写真はそうするの」
その言葉に支樹がピクッと反応した。
「そんなふうに思ってくれていたのか」
私の手を取り、自分の頬に導いていくので、どうしたらいいのかわからず、ただ見ることしかできなかった。私の手で頬を撫でるようなしぐさに思わず、どきどきした。
「どうした?抵抗しないのか?」
「て、抵抗してもすぐに捕まえるくせに」
「ふふっ、わかっているじゃないか」
満足そうに口元に手を当てて笑う姿はなんとも様になっているから、余計に腹立たしい。
そろそろ手を離してほしいと思っていたところ、音を立てず、唇に持っていかれた。目を見開いていると、支樹は目を閉じた。
「支樹」
「ん、もう少し、このまま・・・・・・」
いつからなのだろう。支樹にこんなふうに触れられるようになったのは。ぼんやりとした頭の中でそう考えていた。
「さてと、もっとこうしていたいが、そろそろ時間みたいだ」
ついさっきまで、賑やかな音や声が学校中に響き渡っていたのに、今ではそれがほとんどなくなっている。
「俺は帰る。お前も教室へ戻れ」
歩いていく支樹の背中を見つめた後、自分の左手に視線を向けた。
「支樹の手、やっぱり大きい・・・・・・」
誰の耳にも届かないくらいか細い声でそう呟いた。
教室へ戻ると、クラスメイトがこっそりと教えてくれたことに私は小さな不安がよぎってしまった。
支樹と初美が私のいないときにずっと一緒にいたことに。




