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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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忍者漁村 シーン7 滅びの火種



「……待て、それだけじゃない」



井戸の陰へ去ろうとしたクノイチの背中に向け、俺は声を潜めて呼び止めた。

クノイチが面倒くさそうに足を止め、冷ややかな横顔を向ける。



「なんだ、まだ何かあるのか? 急いで戻らなきゃいけないんだけどねぇ」


「ただ毒を盛るだけじゃ、『一族の不幸』で終わっちまう。

 目的は御家騒動からの改易、御家断絶だ。

 そのためには藩の重鎮の耳にまで届くレベルの『お家騒動の種』が必要」



俺は木負子の脇にしゃがみ込み、周囲に警戒の目を配りながら手招きした。


クノイチは警戒しつつも数歩戻り、木陰に身を隠しながら低い声で応じる。



「……で、何を調べろって言うのさ」



「あの家と、この町の連中との関係だ。教えてくれ。


 この村で、日頃から重い年貢や理不尽な差配に、

 一番不満を抱えている水飲み百姓は誰だ?


それと、米の取引であの統括武家に利権を奪われて

 歯ぎしりしている米問屋はどこにいる?」



クノイチはフッと鼻で笑い、さすがにその辺りの内部事情は

すでに把握していたのか、淀みなくスラスラと答え始めた。



「水飲み百姓なら、川沿いの小屋にいる孫兵衛ってじいさんさ。


 今年の収穫をほとんど持って行かれて、

 上の連中を毎晩呪い殺してやりたいって。


 米問屋なら、街のはずれにある『近江屋』の旦那。


 あそこの主は、あの武家が勝手に決めた

 買い上げ価格のせいで大損こいて、


 いつか目算を狂わせて苦しめてやりたいと息巻いてたからねぇ」



「よし……その連中だ。そいつらを『火種』にする」



俺は頷きながら、計画の全貌を組み立てる。



「俺たちが直接、武家の悪口を触れ回るわけじゃない。

 そんなことをすればすぐに藩の隠密に嗅ぎつけられる。


 そうじゃなく、孫兵衛のような不満分子の百姓や、

 近江屋のような恨みを抱えた米問屋の酒の席で、

 『あの統括武家のやり方は酷すぎるが、それ以上に……』と、

 巧みに巧妙な嘘や不満の噂を零させるんだ。


 不満を持つ人間の口から出た噂は、

 真実味を帯びて勝手に肥大化していく」



「なるほどね……不満を増幅させるってわけ。


 で、それだけじゃただの村のいざこざだろ?


 どうやって藩の重鎮の耳まで届かせるのさ?」



クノイチの鋭い問いに、俺はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

前世の会社で、無能な上司の失態をうまく利用して

派閥抗争を裏から操っていた悪知恵が、ここで最高のかたちで蘇っていた。



「そこが肝心だ。ただ悪評を流すだけじゃ、

 あそこの当主がしっかり者なら『愚民の戯言』で片付けられる。


 だからこそ、あの家を内部から完全に腐らせる『起爆剤』が必要なのさ」



「内部から腐らせる……?」



「ああ。あの武家の中で、一番偉そうにしているが中身が伴っていない、

 いわゆる『無能で見栄っ張りな働き者』は誰だ?


 余計なことばかりして、周りの足を引っ張る、

 あの家にとって最悪の癌細胞はどいつだ?」



クノイチは少し考え込むように視線を宙に泳がせ、

やがて「あぁ……」と納得したように小さく呟いた。


「いるね。当主の甥っ子で、次席の物頭を務める馬鹿息子さ。


 名前を……何だったか、いや、『直盛(なおもり)』って男。


 あいつは自分で何かを成し遂げたいって見栄だけは一人前なんだけど、

 肝心の頭が空で、やることなすこと全部裏目に出る間抜けさ。


 おまけに『俺はこの家を支える最大の功労者だ』って顔して、

 あちこちに余計な口出しをして回ってる筋金入りの穀潰しだね」



「それだ……そいつが最適だ」



俺は低く唸るように頷いた。



「無能で働き者ほど、組織にとってタチの悪い害悪はない。

 俺たちは、その直盛の『良い評判』を、逆に徹底的に流すのさ」


「……良い評判? あんな役立たずの馬鹿の?」



「そうだ。


『あの直盛様は、実は領民の暮らしを心から案じておられ、

 密かに不正を働いている上の連中を告発しようと

 一人で動いている素晴らしいお方だ』


ってな。――もちろん、そんな事実はない。すべては大嘘だ」



クノイチはわずかに目を見張り、それからゾッとするような笑みを浮かべた。



「……なるほどね。そんな噂が広まったら、あの家の中でどうなるか。


 身内にそんな正義感面した『裏切り者に見える馬鹿』がいたら、

 他の真面目な一族や当主は一気に疑心暗鬼になるね。


 『あいつは裏で何を企んでいるんだ? 我が家を売り渡す気か?』って」



「その通り。無能で見栄っ張りな男が『俺って凄いだろ』と調子に乗り始めたところに、

 良い評判という名の重い十字架を背負わせる。


 周囲は勝手に『あいつは謀反のつもりだ』と勘ぐり、

 家中は内紛でズタズタになる。


 その醜態が、やがて藩の重鎮たちの耳に


 『あの統括武家の一族は内輪もめで腐りきっており、

 藩の統治を揺るがす大悪党の温床となっている』


 として轟く仕組みだ」



外からは不満分子の火種と悪評で炙り出し、

内からは無能な身内の「良い評判」による疑心暗鬼で腐敗させる。


クノイチは感心したような、あるいは気味の悪いものを見るような目で俺を見た。



「……あんた、見かけによらず、結構えげつない頭をしてるんだね。

 相模の村でただの干物売りをさせるには、もったいないねえ」



「まあ、村の迷信で言われるところの、”夢見”ってやつだ


 夢で、色んな武家の御家断絶を見た事があってな


 こういう『群れを内側から腐らせる方法』にかけては、


 忍者村に伝わる伝承より場数を踏んでるのさ」



俺は乾いた笑いを浮かべ、木負子の肩紐をグッと締め直した。



「毒の件は任せた。


 俺たちはこの街で『滅びの火種』を巻くとしようか」



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