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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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忍者漁村 シーン5 潜入


翌日の未明、まだ夜の帳が下りる薄闇の中、


相模の冷たい潮風が吹き抜ける浜辺に、二人の「干物売り」が立っていた。



垢抜けない麻の着物に、ボロボロの草鞋。



背中には干物を詰め込んだ重い木負子を背負い、


一見するとどこにでもいる貧しい行商人の姿だ。



しかし、その首筋に走る緊張感は、ただの村人とは一線を画していた。



監督役として俺に同行するのは、


中忍の階級を持つ男――名をゲンゾウと言った。



顔半分に浅黒い火傷の痕があり、普段は無口で不気味な男だが、


任務の途端に妙に細かい煩いオッサンへと変貌する。




「小僧。耳の穴かっぽじってよく聞け」




歩き出した山道の前方から、


ゲンゾウが振り返りもせずに低い声で釘を刺してきた。




「まずは、上役であるワシの言う事は絶対だ。



 道中、お前が下手を打って捕まるような事があれば

 見捨ててワシは逃げる。


 もしくは口を封じるために殺す。


 我等の存在を語られても困るからな。


 それくらいの事は、承知しているな?」




「……承知しています」




「それと服装だ。なんだその着物の裾の折り返しは。



 同じ物売りと同じような、どこを切り取っても特徴のない、


 道中に一番多い服装に寄せろ。



 目立たない事が何より大事だ」




ゲンゾウは一度立ち止まり、鋭い目で


俺の全身を品定めするようにねっとりと見据えた。




「とにかく地味に、目立たないように動く習慣をつけろ。



 どこにでもいるような、



 道端の石ころのように存在感の無い行商人と同じ態度をとれ。



 もっと言えばだな……」




ゲンゾウは声を潜め、じっと俺の目を覗き込む。




「できれば、お前と会った次の日に、


 客商売をする人の顔を覚えるのが得意な宿屋の主人でさえ



 『あれ、昨日のあいつ、どんな外見だったか?』



 『どんな態度をとっていたか?』



 と思い出そうとしても、一切記憶に残らない――そんな



 『印象に残らない空気のような態度』をとれ。それができれば一人前だ」




”群れの意識操作” の伝承で



自分達は悪目立ちをしないようにして、



同業の他藩の忍びが、自分の言った事で


自分のクビを絞めるような発言をするようにした裏工作や、



商人街で共通の利害のある商店に有利な評判を広める



そんな群れ記憶に関する知識が、なぜか活きる。



要するに、印象を極限まで薄くする

「無私」の存在に見える態度だなと内心で妙な納得をした。




「……記憶に残らない通りすがりの行商人に徹します」



「ほう、その覚悟ならよろしい」




ゲンゾウは鼻を鳴らし、再び歩き出す。



二人は山道を進み、やがて隣接する藩との


境界にそびえ立つ、厳重な関所へと差し掛かった。



巨大な丸太の柵と、厳めしい陣幕。



関所の門の前では、藩の役人や足軽たちが


通行人一人ひとりを鋭い目で検分している。



少しでも挙動不審な者がいれば、


即座に手形や荷物が引き剥がされる緊迫した空気が漂っていた。



関所の直前、ゲンゾウが足場を止め、


木負子を下ろすふりをして俺の耳元に囁いた。



「いいか。これから関所を越える。


 怪しまれないための極意を教えてやる」



俺は息をひそめ、耳を傾けた。

相模の荒波に鍛えられた下忍の冷徹な眼差し、準備は整った。



「一つ、役人と目を合わせるな。

 だが、怯えているように見えてもいかん。


 『生活に疲れ、何も考えなくなった生きながらにして死人の目』だ」



ゲンゾウは冷たく笑う。



「二つ、荷物の重さに耐える『苦痛の顔』を常に作れ。


 隠密としての緊張感ではなく、足腰の痛みに顔を歪めろ。


 いいか、お前は明日の米にも困っている干物売りだ。


 ……行くぞ」




役人たちの視線が、こちらに向いた。


ゲンゾウは一瞬で背中を丸め、いかにも卑屈そうな、

しかしどこにでもいる田舎の行商人の顔へと変貌を遂げる。


俺もそれに倣い、「魂の抜けた顔」を全開にして、重い荷物を背負い直した。



「おい、そこの者。どこから来た、何を売る」



関所の役人の厳めしい声が響く。

ゲンゾウが泥臭く、愛想笑いともつかない歪んだ笑みを浮かべて頭を下げた。



「へへっ、お侍様。鰯の干物を仕入れに参りやした……」



俺もそれに合わせ、ただ地面の泥を見つめながら低く小さくうなずく。



役人は面倒くさそうに俺たちの顔をちらりと一瞥すると、

一瞬で「どうでもいい貧乏行商人」と判断したのか、

手元の木刀で荷物を軽く突いて、あっさりと手を振った。



「……通れ。」



「ははぁ、ありがとう、ございます」



冷や汗が背中を伝う中、俺とゲンゾウは

足を引きずりながら関所の門をくぐり抜けた。



重厚な関所の柵が背後に遠ざかり、

視界の端に隣接藩の広大な漁村の景色が広がる。



上忍たちの密命を胸に秘め、


「印象に残らない干物売り」として、


敵地へと静かに足を踏み入れた。


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