忍者漁村 シーン4 初任務
油皿の灯りが消えかけた寺子屋の薄闇の中で、
佐平次は冷ややかな視線を子供組の列の端へと向けた。
「……さて。お前らには村の伝承を教えるだけ教えた
だが、実際に、やれと言われた事が出来なければ、
御前等が存在する意味は無い。
まずは、順番に『任務』を言い渡す」
佐平次は懐から取り出した二つ折りの巻物を、畳の上に放り投げた。
乾いた音が静まり返った小屋に響く。
「お前らの中で、一番余計なことを考えず、
ただ命令を遂行しそうな奴を選んだ。
……群れの意識操作が一番上手だった御前だ。
次の『任務』に加われ」
・・・
「俺たちの任務はこうだ」
佐平次が低く静かな声で、語り始めた。
「表向きは、干物を売り歩く行商人として関所を抜ける。
あちら側で干物を仕入れ、こちらで売りさばく行商人としてだ。
向かうは隣接する藩の領内。
あちらの領地にある目的の町は、とある一族の武家が統括している。
だが、その一族が実に有能でな。
民の人望も厚く、我が村の利権を脅かす邪魔な存在となっている。
上忍様のご意向は一つだ。あの家を取り潰し、御家断絶に追い込む」
「……御家断絶、ですか」
思わず口をついて出た俺の問いに、佐平次は不敵な笑みを浮かべた。
「そうだ。真っ向から斬り伏せる必要はない。
武家にとって最も致命的なのは『改易』だ。
武士の身分を剥奪され、領地や屋敷などの財産を没収したうえで、
取り潰す最大の刑罰だからな。
その中でも、一番、理不尽な、引責による改易を仕込む
藩内で重大な不祥事や失政、内紛などが起きた事により、
その責任を取る形で行われる御家取り潰しと領地没収を
仕込み通りに起こせば、今回の任務完了だ。
お前たちは行商のフリをして村々を回り、
不平不満を抱えている領民に
全ては村々を統括する武家のせいで
奴等が改易となって他の家になれば
我等に平穏が訪れると思い込ませるように
”群れの意識”を操れ。
噂は尾ひれをつけて勝手に広がる。
藩主の耳に入るくらいに、疑心暗鬼に陥らせるのだ」
佐平次はさらに身を乗り出し、冷酷な瞳で俺の目を射抜いた。
「そして、もう一つの重要な任務がある。これが本命だ。
現在、その漁村を統括する武家の屋敷には、
我が村から送り込んだクノイチが『飯炊き女』として潜り込んでいる。
お前は行商の荷物に紛れてその屋敷の近くを通り、
あらかじめ決められた合図で接触しろ」
「……接触して、何を伝えるのですか」
「『毒を盛れ』とな」
佐平次は短く、しかし重い一言を吐き捨てた。
「屋敷の台所を預かるクノイチを使い、
その家の当主、あるいは家政を切り盛りする最も重要な存在の食事に、
じわじわと効く痺れ薬と毒を盛らせる。
病死に見せかけ、屋敷内を混乱の極みに叩き込むのだ。
悪評で外堀を埋め、毒殺で内側から崩壊させ御家騒動を起こさせる。
家中不取締り、家を統率できていないという事でも
引責という形で改易されるからの
この一連の流れを滞りなく繋ぐのが、お前の初陣の役割だ」
佐平次は立ち上がり、低く唸るような声で締めくくった。
「干物売りとして歩きながら、裏では武家の転覆と暗殺の糸を引く。
いいか、少しでも怪しまれたり、余計な行動で計略を狂わせたりしたら
前に言ったかと思うが、村の掟によって、
お前は『ヨソモノ』として野垂れ死ぬか、
見せしめに処されて見世物として晒しものになる。
……明日、夜明けと同時に出発だ。下がって準備をしろ」
佐平次はそれだけ言い残すと、闇の中へと消えていった。
静まり返った畳の上で、俺は渡された巻物を拾い上げる。
これには、今回の任務に必要とされた
村に伝わる、”夢見の伝承”が書かれているのだ。
今夜中に心に刻み覚えなければならない。
「……やれやれ。初仕事は御家断絶工作か」
今までの自分を見た仕込み役が
誰かを陥れる事に長けていると判断したという事なのだろう。
冷たい潮風が吹き抜ける小屋の中で、
明日からの過酷な行商の旅へ向けて、静かに覚悟を決め
”夢見の伝承” の巻物を開いた。




