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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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忍者漁村 シーン3 群れの意識



薄暗い寺子屋の天井からぶら下がった油皿の灯りが、


青白い炎を揺らしている。



畳の上の子供たちは誰一人として息を潜め、


座敷の最前で背筋を伸ばす佐平次の枯れた声に耳を傾けていた。



外では潮の香りを混ぜた夜の冷気が、


障子の隙間から湿った音を立てて吹き込んでいる。




「群れとは愚かだ。



 三匹集まれば猜疑心を抱き、三十匹集まれば暴徒と化し、


 三千匹集まれば己が何に怯え、何を憎んでいるかすら忘れる



 そして己で考えなくなり、”群れの意志”に従うだけとなる



 なので ”群れの意志” が狂えば、全員が狂う。わかるか?」




佐平次は竹光を床に突き立て、濁った眼光を子供たちの顔に巡らせた。



その皺だらけの顔は、長い年月の中で幾度となく他人の憎悪を煽り、


人知れず村落を内乱へ導いてきた闇の深さを刻み込んでいる。




「我ら忍者漁村の一族が代々担ってきた仕事は、刀を振るうことだけではない。



 この人間の群れという得体の知れない獣を、手綱一つで御することだ。



 ある時は架空の敵を仕立て上げ、


 恐怖によってバラバラの者たちを一つの塊に縫い付けた。



 ある時は特定の血筋や思想に『絶対の悪』の烙印を押し、


 村人自らの手で躊躇なく排除させた。



 今日、学ぶのは戦闘術ではない。



 人心という名の粘土をコネ、望みの形に固める泥の業よ」




子供たちの間で、ごくりと唾を飲み込む音が静けさの中に響いた。



佐平次は乾いた咳払いをひとつ挟むと、手元の古い地図を雑に広げた。



そこに描かれているのは、潮騒の絶えない


この忍者漁村と、隣接する周囲の漁村や魚市場を含む全景だ。




「群れを操る極意は、内部の不和にあらず。



 外から訪れた『異物』をどう毒虫扱いするかにある。



 人間はな、自分たちの平穏が脅かされる恐怖を覚えたとき、


 最も簡単に他者を排除したがる生き物だ。



 そして、毒虫を排除する事が共通の作業となって


 排除完了までは協調し協力する。



 わかるか、今回の御前等の課題は、



 隣り村に迷い込んだ一人のヨソモノを毒虫に仕立てる事だ」




佐平次は子供たちを鋭く見据え、低く呟いた。




「このあたりには時折、どこかで村八分になり

 行き場を無くした元漁師が流木のように流れ着く。


 お前たちは、隣り村の者どもを裏から煽り、


 そのヨソモノを 『村を滅ぼす災い』へと仕立て上げるのだ。



 影響力を持つ者、網元や、漁船の船長を


 どう唆すかが群れを操る極意の肝となる。よいな!」




教室の空気が再び張り詰める。



他の子供たちが「どのように村人を唆せば、いいか」



と頭を悩ませる中、俺は静かに立ち上がり、


佐平次を真っ直ぐに見据えた。




「――まずは私が行きます」




・・・




港の木陰。潮風が荒々しく波しぶきを打ち付ける岸壁に、


村一番の古株である漁船の船長が網を繕いながら座り込んでいた。



彼は長年海を渡ってきただけあり、村の中でも一目置かれる頑固者で、


並大抵の脅しや噂話ではびくともしない男だった。



俺は、たまに忙しい時に手伝いに来ていた隣村の子供を装い、


しかし不安感に囚われたような口ぶりで船長へと近づいた。




「こんな所で、何をフラついてんだ。


 早く自分の村の手伝いに帰らねえと、怒られるぞ」




船長は手元の網から目を離さず、豪快に笑いながら言った。


しかし、俺はその笑みをかき消すように、

あえて不安感を煽るような震える声で呟いた。



「船長……、さっき北の浜で、最近、この村に流れ着いたという

 ヨソモノの男を見かけました」



船長の手がぴたりと止まった。


ゆっくりと顔を上げ、眉をひそめる。




「あのヨソモノがか? 先日、嵐で難破したとか言って


 村長が一時的に漁師小屋に置いてやったあの男か。


 奴がどうしたって?」




「あいつ、ただの漂流者じゃないんじゃないですか?


 普通の漁師だったら、普通の漁村だったら

 先祖代々、受け継いだ漁場を守るために

 色んな村の掟を言い聞かされているはずです


 少なくとも、商人のように口先仲介の話術で

 仲介手数料を取るような事はしないはずです


 なのに奴は、まるで商人街から来た行商のように

 あれこれを別の村で売りつけてました


 さらに近くの農村では、奴が近寄った田畑で

 害虫が発生して不作になったとも言われてます


 人相書きが回ってきましたが

 奴に間違いありませんよ


 更に、このあたりの漁船が漁場にしている虎の子を

 奴は話術巧みに聞き出していました


 おかしいと想いませんか?


 そんな奴が逸れ者になって村を追われるなんて?


 しかも、嵐で頭を打って昔を忘れているなんて?」




「ふむ、たしかに、そうだが……」




船長の目が険しく光る。だが、老練な漁師である彼はまだ半信半疑だった。




「馬鹿な。あんな人の好さそうな男が・・・そんなわけがねえ。



 村長も、ただの流れ着いた逸れ者だと言っていたのに・・」




すかさず、俺はさらに不安感を煽る言葉を塗り重ねる。


村の伝承で相手の心に不安感を植え付け

その不安感を解消するために行動を起こさせると

仕込まれた言葉を、丁寧に心に染み込ませるように。




「船長、おかしいと想うでしょう?


 先祖代々、この漁村を守ってきた村長すら

 たいした事の無い逸れ者だと油断させるような

 話術や態度をして騙されているのですよ。


 本当に、どこかの漁村の漁師だったなら、

 なぜ他の村では行商人だったり

 農村の河川普請を手伝いに来た人足だったりしたんでしょうね?


 今朝だって、近くを通りかかったら慌てて巻き物を隠してました。

 あれは……間違いなく、他藩の密偵です」




船長の表情が曇り、血管の浮き出た手で網を強く握りしめた。



彼は自分が「村の危機を見逃していた愚か者」


になるかもしれないという恐怖と、


漁師としての縄張り意識を刺激されたのだ。




「もしあいつが、次の嵐の夜に村中の舟を焼き払ったら……、


 この漁村は、年貢を納められなくなってしまいます。


 船長、あなたほどの男が黙っていては、みんなが不安で夜も眠れません。


 皆のために、あなたが行動を起こすべきでしょう」




「……ふん、何を言っているのだ小僧が、まあ、確かめてみるがな・・」




船長は立ち上がり、低く唸った。


瞳の奥に、見事なまでの「疑心暗鬼」の炎が灯っていた。



不安を煽り立て、正しき自分が害悪を排除したという

大義名分を得た事により、我等の正義のためには

暴力で害悪なヨソモノを排除する事が正しい


という、”群れの意識” を植え付けることに成功した瞬間だった。




その夜遅く。隣り村の集会所では、


船長の怒鳴り声と同じ村の男たちの荒々しい怒号が響き渡る。



「あのヨソモノを、とっ捕まえて吊るせぇ!!!」


「「「 おおー、そうだぁ、吊るせー!!!! 」」」




その様子を静かに眺めていた俺の背後で、


佐平次が満足げな、不気味な笑みを漏らした。




「見事だ。



 群れの恐怖と正義感を意のままに操り、


 獣の縄張り意識のような本能に呼びかけ

 村の皆が一丸となって生贄を滅ぼす


 という意識を植え付けた。上出来だ。



 群れを先導させる煽りの言葉は、



 たとえ言った時には、事実では嘘でも


 聞いた相手の心の中で真実になれば


 相手が、それを事実にしてしまう



 これが、”群れの意識” を操る基本だ……わかったな。



 これを忘れなければ、任務で大きな群れを揺さぶる時でも、

 十分に使い物になるだろう」




佐平次は細い目で俺を見据え、不気味に目を細めた。


灯りの消えかけた寺子屋への帰り道で、


俺の胸の奥には、人間の群れを操れた快感と、


黒い闇に蠢くような何かが静かに広がっていった夜だった。

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