忍者漁村 シーン2 子供組
薄暗い寺子屋の天井から吊るされた古い油皿の灯りが、
煤けた畳の上でゆらゆらと影を揺らしていた。
窓の外では、荒海が地響きのような低音を立てて浜辺を打っている。
畳に正座させられた子供組の面々は、
誰一人として音を立てず、ただ目の前に立つ一人の男を見据えていた。
男の名は佐平次。
村の行政と実務を取り仕切る村三役の一角であり、
子供たちに忍びの理と表の顔を叩き込む「仕込み役」だった。
顔に刻まれた深い刀傷が、彼の語る言葉の重みを嫌でも物語っている。
「いいか、お前たちが握りしめているその手裏剣は、お前たちの物ではない。
この村の、そして上忍様が率いる一族の所有物だ」
佐平次は低く湿った声でそう言い放つと、竹刀を床に叩きつけた。
子供たちが一斉に背筋を凍らせる。
「我が村の掟は絶対だ。上忍の命は天の声、中忍の差配は地の理。
これに背く者は、この世から綺麗に消えることすら許されん」
彼は冷たい目を子供たちの顔に滑らせ、ゆっくりと歩き出した。
「掟を破った者は、まず村八分に処される。
それは単の仲間外れではない。
誰も口を利かず、物の売り買いもせず、
村の誰もが存在すら認めることのない真空の孤独だ。
そして、そのまま村から放り出される。
『ヨソモノ』となって、行くあてもなく山野を彷徨い、
飢えと寒さと孤独と不安に襲われながら野垂れ死ぬ。
それが第一の地獄だ」
小屋の中の空気が、さらに冷たく張り詰める。
子供たちは息を潜め、佐平次の次の言葉を待った。
「だが、そいつらは、苦しまずに死ねるだけ
まだ救いがある人生なのかもしれん。
……おい、お前ら。
漁師としての網さばきもままならず、忍びの術の才もない、
使い道のない穀潰しはどうなるか知っているか?」
佐平次はフッと鼻で笑い、教壇の脇に転がる縄を蹴飛ばした。
「天下普請で人足として、江戸へ行かせる。
将軍家の城の石垣を積む土木人足として、
あるいは普請奉行様の使い捨ての道具として
過酷な重労働に慣れる生活をさせられる。
だが、ただ土木人足として、働くだけだと思うな。
我が村における『出稼ぎ』とは、
幕府の要人や他藩の屋敷の裏に潜り込み、
大名の動向、城の構造、密談の匂いを嗅ぎ取る
『密偵』の役目をも背負うことを意味する。
一歩間違えば、徳川の御庭番に捕らえられ、
二度と故郷の海の匂いを嗅ぐことはない」
生き延びるための選択肢のいくつかが、
最初から生き地獄へと繋がっている。
「そして――」
佐平次の声が、一際低く、底冷えするものに変わった。
子供たちが思わず肩を震わせる。
「身の程を弁えず、自分が忍びであることも忘れ、
江戸の街や他国で派手に目立った愚か者がどうなったか。
お前らに教えておいてやる」
彼は懐から、血と油で汚れた
一枚の古い布切れを取り出し、畳の上に放り投げた。
「数年前、この村に生まれながら身の程を知らぬ愚か者がいた。
里の忍びの技を隠れ蓑にして、江戸の町人かぶれの博打場で大勝ちし、
己の武勇を誇ったのだ。
『俺は隠密だ、お前らとは違う』とな。
町のゴロツキ相手に派手に立ち回り、
あろうことか、己の見得で我等の存在を周囲にひけらかした
町人は御上の決めた事や天災には文句を言わないが
影で何かを動かしている異質な存在がいて
自分達の平穏が脅かされるかもしれない事を知ると
絶対と言っていいほどに警戒心を抱くし
排除しようとするもの
この愚か者は、それを忘れ、村の掟を破った。
決して目立っては成らぬ。という掟を」
佐平次は冷酷な笑みを浮かべ、その結末を語る。
「どうなったと思う?
調子に乗りすぎたその男は、目立ちたがりな性格のせいで
町方の役人に目をつけられ、あっさり隠れ家を割られ
江戸、所払いの刑を受け、二度と江戸に行けなくなった。
だが、それだけでは済まない。
村の掟を破り、里の存在を危険に晒したのだ
その罰として、村の処罰部隊が奴を追った。
抜け忍となった奴が
どうやって処刑されたか想像がつくか?
当然、二度と、こんな愚か者が出ないように
村の皆の心に入れ墨のように刻まれるような
見せしめ処刑が行われた。」
小屋の中の誰もが唾を飲み込んだ。
「まずは村の衆、全員を集めた辻で、
大勢が見ている前で手足の腱を一本ずつ断ち切られた。
『隠密』として闇に生きるべき男を、
望み通り『見世物』として衆人環視のさらし者にした。
最後に手足と首を5頭の馬につなげ
バラバラに引きちぎられ、
その生首は、我が村の隠し集会所入口の木に吊るされた。
奴は望み通り目立つ事ができた、
その見せしめ処刑によって
村の衆に孫子の代まで語り継がれる存在となった事でな」
静まり返った小屋に、波の音だけが虚しく響く。
「肝に銘じておけ。
お前らは海に潜む魚であり、闇を這う影だ。
自我を捨て、命令に従い、ただ村のために生きろ。
目立つな、知られるな、疑われるな。
それが、この村で生きていく第一の掟だ」
佐平次はそれだけ言い残すと、足音を立てて暗い夜道へと消えていった。
冷え切った畳の上で、俺は胸の中で小さく息をつく。
命に直結する恐怖。
生存本能を脅かす事で、この理不尽な村の掟は、
村人の骨の髄まで叩き込まれていた。




