サードワールド・ドライブ シーン10 リカバリ
静まり返った会議室。壁には南アフリカの地図、
プロンプターが白いスクリーンに映していたのは
今年1月から8月までのNYプラチナ価格が3000から1500の暴落
それに引っ張られるような暴落を示す無慈悲な折れ線グラフが描かれていた。
プロジェクターの青白い光が、疲労の色を隠せない現地責任者の顔を照らし出す。
その隣で、ジェイが冷めかけたコーヒーを一口飲み、流暢な日本語で口を開いた。
「いやあ、見事なまでに『高値掴みと塩漬けの教科書』通りの負け方ですね。
南アフリカの現地スタッフからヒアリングしましたが
今までも同じような事があったけれども、誰かの責任にするだけで
全く何も対策をたてていなかったから、高値更新している間は良いけど
一たび相場が反転したら、ヘッジ無しなので綺麗にハメられる
誰もが、そう思っていたけれど決定権のある貴方が黙らせていた
そう言っていました。事実そうなんでしょう」
ジェイの口調はいつも通り涼しげだが、その瞳の奥は冷徹な光を帯びていた。
シリコンバレーで鍛えられたデータ分析力と、現地に食い込むスワヒリ語の交渉術が、
今回の監査で隠蔽されていた事実をすべて暴き出したのだ。
腕を組み、向かい側に座る男――現地責任者を見据えた。
「……説明してもらおうか。
今まで失敗の責任を先月までいた関係会社の人間のせいにするために
全ての書類の名前を、その人間の名前にして
内部報告を捏造して損失原因を隠蔽し続けたのかだ」
男は脂汗を浮かべ、机の下で拳を固く握りしめている。
声が出ない彼に代わって、口を開いたのは隣に座る三好だった。
彼女は穏やかな微笑みを浮かべているが、その目は一切笑っていなかった。
社内で“ヒアリングの達人”と恐れられる彼女の尋問が始まる。
「緊張なさることはありませんよ。ただ、事実を確認したいだけです。
例えば…この…『プラチナ相場はいずれ反発する』という社内向け報告。
本当に現地からの客観的なデータでしたか?
それとも、あなたが信じる楽観論、いや個人的な『祈り』を、
さも分析結果であるかのように偽装しただけのものですか?」
三好の静かな、しかし核心を突く声が会議室に響く。男の喉がゴクリと鳴った。
「そ、それは……! エージェントから、すぐに相場は戻ると……」
「エージェント?」
ジェイがすかさずアフリカなまりの英語のアクセントを微かに含んだトーンで遮った。
「そのエージェントって、例のプラチナ鉱山を保有する
現地サプライヤーの息がかかった人間じゃありませんでしたっけ?
貴方が去年の失敗で責任を負わせた人間の上司ですよ?
現地で直接やり取りしましたが、
『馬鹿の一つ覚えなブレイクアウト狙いで高値で買う
何度、同じ失敗をしても誰かのせいにして同じ失敗をしてくれる』
って、もはや笑い話になってましたよ。
1月にあなたにプラチナを買わせた鉱山会社と、
7月の底値圏で『もうダメだ早く手放せ』と買い叩いてきた金属商社……
この2社は裏で繋がっていたんですよ
その両者に責任をかぶせた貴方の元部下がいました、深く恨まれていたんですね」
「っ……!」
男の顔から血の気が引く。
儲かったのは1月に高値で売り抜けた鉱山会社と、
7月の暴落底値で安く買い叩いた金属商社。
その2社にグルになって綺麗に嵌め込まれ、
それを自らの保身のために隠蔽し続けた末路が、この惨状だった。
三好が冷ややかにトドメを刺す。
「嘘や隠し事は、だいたい『自分のプライド』と『失敗を認めたくない恐怖』から生まれます。
でも、あなたのその隠蔽のおかげで、会社は取り返しのつかない傷を負いました。
人の嘘を嗅ぎ分けるのは私の仕事ですが……
ここまで見事に自滅していくケースは、さすがに珍しいですね」
会議室に重苦しい沈黙が落ちた。息を吐き出し、決定を下す。
「……話はここまでだ。
今回の7月から9月の四半期決算において、この未実現だった巨額の評価損は
すべて時価会計に基づき特別損失として一括計上する。
そして、担当者である君には、相応の処遇を下す。以上だ」
男はうなだれ、もはや反論する気力すら残っていないのだろう。
冷め切ったコーヒーを見つめながら、ジェイが肩をすくめて言った。
「さてボス、傷口の消毒(損切り)が遅れた代償は高くつきましたが……
ここからどうやってリカバリするかのミーティングを始めましょうか。」
・・・・
「さてと、一旦は、こんなとこまでで、いいんじゃないかな」
『え? これからでしょ?』
「いやー、なんてかなー、働く人物語としてはね
働く人が、ちょっとしたトラブルに巻き込まれて救出されるってな
ちょっとした出来事の中で、感じた事をモノローグで語るってのはいいけど
こう、産業用金属相場での巨額損失リカバリをする人々の会話劇ってのは・・
なーんか ちょっと違うってかな・・その、ぶっちゃけ ウケねーと思う」
『そうっすかぁ・・・』
「相場とかの勝ち負けとか市場環境要因とか人的操作要因とか
わかりにくい用語がダラダラ並んでいるのを面白いと思う人は少ないよ」




