サードワールド・ドライブ シーン9 モラル
不思議なもので、人間の適応力とは恐ろしいものだ。
死にかけた昨夜の恐怖が嘘のように、日曜昼過ぎの車中では
「いやあ、生きて帰れて本当にいい思い出になったな」
「話のネタとしては最高だよ」などと、すっかり現金な笑顔で談笑していた。
プレトリア市内まで戻ってきた俺たちは、まず中華レストランで遅めの昼食を胃に流し込み、さらにサニーサイドのコーヒーハウスへと移動した。注文したケーキとコーヒーが届くやいなや、俺は昨日の極限状態のストレスと疲労を癒すために、お気に入りの『ステイベサント』の箱から一本抜き出し、ジッポで火をつけた。
「三好には少し刺激が強すぎただろけど、これで一生ものの武勇伝ができたな」
なんて軽口を叩きながら、南アフリカ共和国の首都での穏やかな午後を満喫していた。午後3時を過ぎたあたりで現地を出発し、現地法人があるヨハネスブルクのローズバンクへ向けて車を走らせた。幹線道路のN1に入り、俺はアクセルを踏み込み、一気に5速までシフトアップして快調に飛ばし始めた。
ユニサ(UNISA:南アフリカ大学)のキャンパスを過ぎたあたりで、ふと一昨日の凄惨な交通事故の光景が脳裏によみがえり、「少しスピード出しすぎか……」とアクセルから足を緩めかけた、まさにその瞬間だった。
「――っ!!」突然、道路脇の茂みから警官が飛び出してきた。
「まじか……っ!」
完全にやられた。スピード違反の「ネズミ捕り(スピードトラップ)」だ。メーターを見る暇もなかったが、おそらく時速170キロ近く出ていたに違いない。道路脇に車を寄せさせられ、屈強なアフリカーナーの警官が窓越しに窓を叩いた。ひどく巻き舌のアフリカーンス訛りが混じった英語で、トツトツと責め立てるように言った。
警官: 「おいおい、出しすぎだろ。制限速度を50キロ以上もオーバーしてるぞ」
俺: 「……す、すみません。で、罰金はいくらになるんですか?」
警官: 「そうだな……500ランドはくだらないな」
俺: 「……えっ? 500ランド!?」
レート感覚で言えば、500ランドは出張者の財布にとって決して無視できない金だった。通常のスピード違反なら100ランド程度がせいぜいだと聞いていただけに、思わず唖然とした。青い顔をして固まっていると、警官は周囲をチラリと見回し、急に声をひそめてニヤリと笑った。
「まあ、どうしてもって言うなら……。
君が今すぐ俺たちに『寄付金』を用意できるなら、
今回の違反は見なかったことにしてもいいがね?」
……つまり、ワ・イ・ロ(賄賂)の要求だ。
一瞬ためらったが、正式に500ランドの切を切られるよりは、その場で現金を渡したほうが結果的に安上がりで済む。悪魔の誘惑に負け、財布から50ランド札をそっと抜き取ると、窓の隙間から警官に差し出した。警官は素早くそれを受け取ると、親指を立てて満面の笑みでウインクした。
: 「サンクス! グッドラック!」
彼は受け取った50ランド札を手際よく自分の制服の胸ポケットへと押し込んだ。
その瞬間、ボタンの隙間から彼の胸ポケットの中がチラリと見えた。
そこには、すでに厚さ1センチほどにもなる札束が、先客としてズラリと収まっていた。
公務員ですら、こんな感じで不正が当たり前な感覚
ひょっとして、現地法人は・・・と考えると週明けからの仕事が大変な物に感じられた。




