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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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サードワールド・ドライブ シーン6 スクウォッター・キャンプ


無情にもカフェの重い扉が閉ざされ、カチャリと鍵がかけられた。

俺たちは完全に、南アフリカの漆黒の夜の闇へと放り出された。



その瞬間、闇に潜んでいた黒人たちが、まるで獲物を見つけたハイエナのように

スルスルと寄ってきた。迫りくる死んだ魚の目


「……来たな」


俺たちは拳銃なんて持っていない。丸腰だ。


「ボス……」


ジェイが小声で呟く。


「最初は気楽なもんですって。タクシー代に5ランドくれとか、

 タバコくれとか、その辺の『無難な要求』から入ってくるのが連中の常道ですから」


案の定、男の一人がニヤニヤと近づいてきて、片手を差し出した。


「タバコをくれよ。一本だけでいいんだ」


南アの修羅場では、タバコ数本でその場を無傷でやり過ごせるなら圧倒的に安い。

俺はダウンタウンでの経験上、ここで突っ張るのが一番の悪手だと知っていた。


「ほらよ」


俺は酒の飲みすぎで顔が青ざめかけている男に、

ポケットから『ステイベサント』の箱を取り出し、3本ほど引き抜いて渡した。


だが、それが致命的な失策だった。


「もっとくれ! 金もだ!」


タバコで味をしめた男たちが、次々に要求をエスカレートさせてきた。まずい展開だ。


(ここで下手に突っ張ったら、冗談抜きで命がない……!)


俺は冷や汗を流しながら、頭をフル回転させた。


以前、ヨハネスブルク中央駅の近くで、現地人のタバコ無心を邪険に断ったせいで、

危うく集団でボコボコにされそうになったトラウマが脳裏によみがえる。


しかも、今の状況は最悪だった。


日本人の三好はもう恐怖で涙ぐんで完全に萎縮としているし、

マイ・インディアン・フレンドのジェイは、なぜか無視を決め込んで

スポークスマンの役割をすべて俺に丸投げしている。


ジェイもまた、目の前の連中が先ほどのガソリンスタンドの連中とは

比べ物にならないほど危険だと察知しているのだ。


目の前に群がってきた5、6人は、都会の不良どもとは違う。

もっとプリミティブで、野生の暴力性が剥き出しになった連中だ。


言葉すらまともに通じない。英語がほとんど理解できない者が2、3人混じっており、

ソト語(Sesotho)か何語だか分からない土俗的な言葉と

ブロークンな英語をちゃんぽんにして何かをまくしたてている。


「お前ら、金を出しな! 家に帰るバス代がないんだ!」


酒臭い息を吐き出しながら、黒人のオバサンまで加勢してきた。

その口からは強烈なアルコールの臭いが漂っている。


周囲を完全に囲まれ、俺たちは完全な無防備のまま、彼らの気まぐれと悪意のるつぼにさらされていた。

――ここで財布を出して現金をばらまくべきか? それとも、ここで一線を引いて拒絶すべきか?


答えを一つでも誤れば、確実に致命的な展開が待っている。


アフリカの土着の迷信やサンゴーマ(呪医)の呪いを本気で信じ、

何の躊躇もなく人間を殺めかねない、あの死んだ魚のような、

充血した瞳の無法者集団を目の前にして、心臓が激しく鳴り響いていた。




「――そうだ!」


周囲を取り囲む無法者たちから逃れるように視線を彷徨わせたとき、ガソリンスタンドの脇に併設された

整備工場(ガレージ)の明かりが目に入った。中にはまだ人がいる。

車のパンク修理くらい、何とかしてもらえるかもしれない。


「おい、二人ともこっちだ!」


俺は恐怖で足がすくんでいる三好とジェイの腕を引っ張り、ガレージの強化ガラス窓を激しくノックした。


中で何事か話し合っていた中年の白人男性二人が、こちらに視線を向けた。

しかし、ドアを開錠する気配は微塵もない。

俺たちが必死の形相でガラス窓越しにトラブルを説明し、

助けを求めても、その白人男性はただ冷酷に、首と手を横に振るだけだった。


――あの目だ。農村部の目。


非白人や、トラブルに巻き込まれた外国人に助力することを完全に拒絶する、あの拒絶の視線。


南アフリカ人は一般的に親切で、営業時間外であっても話くらいは聞いてくれることが多い。

だが、それが全く期待できないケースがある。


それが、保守的アフロフカナーが支配するトランスヴァールやフリーステイト農村部だった。

あの瞬間ほど、白人の青い目が冷たく、鋭く感じられたことはなかった。


「……くそっ、ダメか」


まあいい、そろそろレンタカー会社の手配した代車が到着する頃合いだ。

……いや、それにしても遅すぎるが。


周囲では、さっきの連中が相変わらず「金くれ、タバコくれ」とまとわりついている。

かなり酒が回っているようだから、銃でも出されない限り突発的な殺意まではいかないだろう。


だが、俺の神経を逆撫でしていたのは、

少し離れた交差点の角にたむろする別の数人の人影だった。

さっきからこちらをじっと見据え、何かをひそひそと話し合っている。


「気のせいか……? いや、少しナーバスになりすぎてるか……」


「いや、ボス」


隣に立っていたジェイが、引きつった声で小声で言った。


「気のせいじゃないです。あいつら、明らかに狙ってますよ」



父親がダーバン出身のジェイには、肌感覚でそれが分かっていた。


ナタール州ではインド系住民とズールー系住民の間に

深い確執があり、決して安全な街ではない。


以前、ジェイの父親が経営する雑貨店が、わずか一週間のうちに

二度も武装強盗に押し入られたトラウマが、

彼の警告に現実味を持たせていた。


「……とりあえず、こいつらをなんとかするか」


目の前にしつこくまとわりついていた連中には、

持ち合わせがないことを必死で説明し、

タバコを3本ずつ渡すと、連中は満足したのかどこへともなく去っていった。


ひとまずの安堵に包まれ、俺たちはその場でタバコをふかした。

しかし、その直後だった。

さっきの交差点にいた男たちのうちの一人が、こちらへフラフラと歩いてきた。


「まずい……っ」


「ヘイ、ブラザー。ルステンブルクへの道を教えてくれ」


男が話しかけてきた。ほっと胸をなで下ろす。思い過ごしだったのか。

ジェイと俺であやふやな英語を総動員し、ルステンブルクへの道を説明しようとしたが、

男は「方向が分からない、地図か何かで道案内してくれ」と食い下がってきた。


「仕方ない……」


俺たちはその男に連れられ、少し離れた交差点のほうへと歩み寄った。


その時だった。


「きゃあっ――!!」


背後から、聞いたこともないような絶叫が響いた。

振り向くと、そこには信じられない光景が広がっていた。

男三人が、三好の持っていたウェストポーチを力任せに引っ張り、

彼女が地面を引きずられながら必死に抵抗している。


「三好っ……!!」


脳内で何かがプツンと切れた。

俺は反射的にポケットに突っ込んでおいた

催涙スプレー(ペッパースプレー)を引き抜き、ジェイと共に叫び声を上げて突進した。


「離せ、この野郎!!」


俺は跳び蹴りで男たちのうち二人を吹き飛ばし、

ひるんだ顔面にめがけて催涙ガスを思いっきり噴射した。


「ゴホッ! ゲホッ!」


隣ではジェイが何か異国の奇声を上げながら、

もう一人の男の顔面を素手で滅多打ちにしている。


ジェイを「危ねえ!」と引き剥がし、そいつにも追加の催涙ガスを浴びせた。


視線を戻すと、さっきまで道案内を乞うていたはずの男の姿が消えていた。

逃げたのか? それとも仲間を呼びに行ったのか?


「くそっ、長居は無用だ!」


警察を呼ぼうにも、この暗闇に公衆電話などない。

スプレーの効果が持続するのは精ぜん十数分だ。

連中が正気を取り戻したら、今度こそタダではすまない。


「ショックで腑抜けになっている三好を起こせ! 走るぞ!!」


俺は震えて動けなくなっている三好の腕を引っ張り、

ジェイと三人で「走れ!」と叫びながら、一目散にその場を逃げ出した。

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