サードワールド・ドライブ シーン5 ポルトガル・カフェ
店の中には、運良く一台の公衆電話が設置されていた。
俺は震える手で受話器を掴み、レンタカー会社『BUDGET』のコールセンターへとダイヤルした。
(コール音……ガチャ)
オペレーター: 「はい、BUDGETです」
俺: 「あの、タイヤがパンクしたので代車を送ってほしいのですが……どれくらいかかりますか?」
オペレーター: 「かしこまりました。お客様、今どちらにいらっしゃいますか?」
俺: 「わからないですが、ルステンブルク(Rustenburg)の近くです! 国道の……」
俺は近くにいたカフェの兄ちゃんに正確な現在地を聞き出し、
受越しにオペレーターに伝えた。
オペレーター: 「分かりました。すぐに代車を手配します」
俺: 「あの……どれくらいで来ますかね?」
オペレーター: 「そうですね、13、4時間ほどかかります」
俺: 「…………は?」
絶句した。耳を疑うとはまさにこのことだ。
俺: 「13、4時間って……おいおい、ヨハネスブルクからだったらせいぜい2時間でしょう!?」
オペレーター: 「あー……ここはケープタウン支店ですので」
俺: 「……え? ケープ?」
頭が真っ白になり、俺は手元にあったBUDGETのチラシに目を落とした。
――『021-XXX……』
本当だ。パニックを起こしていた俺は、
うっかりケープタウンの番号に電話をかけてしまっていたらしい。
「おいおい、冗談だろ……!」
しかし、このオペレーターの女も信じられないことに、
「ヨハネスブルクから手配する」という選択肢が頭になかったのか、
それとも遠く離れた東洋人を面白がっておちょくっていたのか。
俺: 「ふざけるな! すぐにヨハネスブルクの支店に連絡して、そこから代車を送るよう要請してくれ!」
オペレーター:
「あ、はい、分かりました……。急行させますね。
ヨハネスからなら2時間くらいでしょうけど……では、ヨハネスのほうから折り返し連絡させます」
ガチャリ、と無慈悲に電話が切られた。
「……どうだったんですか?」
ジェイが青い顔をして尋ねる。俺は脱力して受話器を置き、大きく息を吐き出した。
「……ケープタウンにつながっちまってた。今、ヨハネスブルクに回し直させたところだ」
「マジかよ……」ジェイが天を仰ぐ。
その時、カウンターからカフェの兄ちゃんが心配そうに歩み寄ってきた。
「おい、電話の様子じゃすぐには助けは来ないな。
外の連中は酔っ払っててキマッてるから、
代車が来るまで絶対に出ていっちゃダメだ。この店の奥で待ってな」
言われるまでもなく、外の闇にうごめく連中の危険さは見ていれば痛いほどわかる。
俺たちは、見ず知らずのポルトガル系青年の厚意に心から感謝しつつ、
埃っぽいカフェの奥のテーブルへと身を寄せ合い、
漆黒の夜のなかで地獄のような救援待ちを始めるのだった。
時計の針は午後6時を回ったところから進み、すでに夜9時を指そうとしていた。
パンクした車を路肩に放置し、カフェに駆け込んでから3時間が経過した頃だ。
カウンターの向こうで片付けをしていたポルトガル系の兄ちゃんが、
申し訳なさそうな、しかし逃れられないといった表情で俺たちのところにやってきた。
「……悪い。そろそろ店じまいなんだ。君らには気の毒だが、店の外に出て行ってくれ」
「……は?」
俺は思わず耳を疑った。
「外って……お前、冗談だろ? 外を見ろよ、まだあの連中がうろついてるぞ!」
兄ちゃんは困ったように肩をすくめた。
「ルールなんだ。悪いけど出てくれ」
窓の外に目をやると、珍客を面白がるような好奇心と、何かを物色するようなギラついた眼差しで、
スクウォッターたちの集団が相変わらずガラス越しにこちらを覗き込んでいるのが見えた。
「……どうするの?」
後部座席から引きずり出されるようにして一緒に出てきた三好は、すでに半ば涙目になっていた。
「これ、本当に大丈夫なの……?」
「……だといいけどな」
俺のあまりに無責任な返答に、三好の顔面からサーッと血の気が引いていくのが手に取るようにわかった。
はっきり言って、治安が悪いことで有名な
ヨハネスブルクのヒルブロウやベレアの街中よりも、
この野原の真ん中のほうがよっぽど恐ろしい。
都会ならまだ警察や逃げ込む場所の選択肢もあるが、
ここは文字通りの「原始の世界の闇」だ。嘘はつけなかった。




