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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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サードワールド・ドライブ シーン2 両替所の列にて


O・R・タンボ国際空港の到着ロビーの一角にある両替所。

南アフリカ・ランドへの両替を求めて、俺たちは数人の列に並んでいた。


周囲からは、さまざまな言語と行き交う人々の足音がごった煮のように聞こえてくる。

南半球の冬の冷気が、ガラス張りのターミナルを伝って微かに肌寒さを運んでいた。


「にしても、今年の相場の乱高下は凄まじいですね」


ジェイがスマートフォンで最新の金属市場のチャートを確認しながら、小さく舌を巻く。


「1月にゴールドが史上最高値を更新して下げ相場に転じてからというもの、

 連動する産業用金属の先物も狂ったような値動きをしている。


 現場のネゴシエーターが頭を抱えているのも無理はないですが……」


「その『頭を抱えている』のが、単なる苦悩なのか、

 それとも損失の隠蔽工作なのかを見極めるのが私たちの仕事よ」


三好が腕を組みながら、両替所の電光掲示板に走らせる。


その時だった。


「――あの、失礼ですが」


背後から声をかけられ、俺たちは振り返った。


そこに立っていたのは、頭を短めに刈り込み、

パリッとした背広に身を包んだ、上背のある一人の日本人男性だった。

年齢は三十代半ばといったところか。


精悍な顔立ちだが、その目はどこか焦燥と緊張の色を帯びていた。


「もしかして、日本のビジネスマンの方々ですか?」


そう言って男はスーツの内ポケットから

すっと名刺入れを取り出し、一枚のカードを差し出した。


日本国大使館 経済公使館(または参事官・書記官など) 二等書記官


「あ、どうも……」俺は名刺を受け取り、思わず身なりを正した。「出張でこちらに」


二等書記官と名乗った男は、周囲を軽く見回してから、少し声を潜めて早口でまくし立てた。


「お気をつけてください。一つ、強く忠告しておきたいことがあります。


 ここから市内へ移動される際、リムジンバスで

 ヨハネスブルク中央駅(パーク・ステーション)には絶対に行かないようにしてください」


「中央駅ですか? ホテルへのルートとして検討しているわけではないですが……」


とジェイが首を傾げると、書記官は強い口調で遮った。


「ダメです。絶対に。それから、もし宿泊されるなら、

 治安が良い郊外の『サントン』地区に限定してください。

 中央駅周辺やダウンタウンは、外国人が足を踏み入れていい場所ではありません」


ただならぬ剣幕に、三好の眉間がわずかに寄る。


「そこまで警戒しなければならないのですか?」


書記官は苦渋に満ちた表情でうなずいた。


「ええ。最近、バスから降りた東アジア系の観光客やビジネス客が、

 近隣の貧困国から流れてきた失業中の連中に目をつけられ、

 白昼堂々ナイフを突きつけられて全財産を奪われる強盗事件が多発しているんです。


 空港から出てすぐのところでね」


書記官はちらりと俺たちの背後にある自動扉の向こう、

アフリカの大地へと続く外の景色に目をやった。


「我々としても、空港や主要な動線で見かけた邦人には、

 こうして声をかけて水際で注意を促すのが精一杯でして……。


 どうか、くれぐれも大使館へ緊急避難するような事態にはならないように、

 十分に注意して行動してくださいね」


そう言い残すと、彼は別の到着客を見つけたのか、

「失礼します」と足早に人混みの中へと消えていった。



書記官の背中が見えなくなると、しばらくの間、俺たちの間に重苦しい沈黙が落ちた。


「……大使館の現職職員が、空港のロビーまで降りてきて直接注意を促すなんてな」


俺は手元の名刺を見つめながら呟いた。


「外務省の人間がここまで切羽詰まったトーンで警告してくるなんて、

 今までの海外出張では一度も経験がないぞ」


「ですね……」


ジェイが普段の軽口をぴたりと止め、ゴクリと喉を鳴らした。



「アメリカの治安が荒れているところは知ってますけど、


 国家の外交官が直接『避難するな』


 って釘を刺しに来るレベルの場所は、そうそうありませんよ」



三好は冷ややかに鼻を鳴らしたが、その瞳には明らかな警戒の色が宿っていた。



「映画やニュースの世界の話じゃなくて、これが南アフリカの現実ってことでしょ。」



三好が俺に視線を向ける。



「出発する前、アフリカ資源国への出張が多い知り合いが言ってたな


 『南米のリオデジャネイロを軽く抜いて、

  ヨハネスブルクは世界一の治安の悪さだから、冗談抜きで命の心配をしていけよ』


 って言われたときは、少しは大げさに盛ってるんだと思ってたんだがな」



世界一の金産出量を誇る国の世界一治安の悪い街。


AIバブルの巨額資本が流れ込み、ゴールドの史上最高値に沸く金満都市は、

裏社会にも資金が流れ、揉め事を暴力で解決する世界が存在しているかのようだった。


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