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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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際会


夏場特有の、アスファルトから立ち昇る熱気がまだ残る夕暮れ時。


小劇場の立ち並ぶ駅前の場末感漂う居酒屋、行けば誰か知り合いがいるだろうと出かけると鴨宮がカウンター席に座っていた。ゴールデンウイーク前に劇団のドサ回りで地方へと旅立って以来、顔を合わせるのも久しぶりだった。挨拶をして注文した生ビールが届き、乾杯を済ませたあと、自分の仕事について堰を切ったように話したくなって語った。



「――マジメな話、もう限界だ。あんな映像現場だとは思わなかった


 もう、やめる。いや、何か他の金になる仕事を見つけたら、すぐに、やめる」



枝豆の皮を雑に千切りながら、ぐちぐちと捲し立てた。



「あの現場さ、前評判通りすげえ現場だった。


 パワハラは日常茶飯事だし、怒号が飛び交うせいで、


 入った若い人が数週間で飛ぶようなブラック映像現場でさ。


 そこに元劇団員だった人の紹介で構成作家として入ることになったんだ……


 というか俺みたいなのを使ってくれる映像現場なんか


 そんな誰もが嫌がる現場くらいしか無かったんだけどさ」



「はは、また最初の仕事現場として凄いとこ行ったねぇ」


鴨宮はグラスを傾けながら、面白がるでもなく、かといって冷たくあしらうわけでもなく、ただ淡々と相槌を打つ。自分のドサ回り話は語ろうとせず聞き役に徹していた。


「昔ながらの、ステレオタイプな『職人親方』なディレクターのオッサンが。


 『お前ら俺を舐めてんのか!仕事を なめてんのかどっちだぁあ!』


 『そんなもんを映像に映して面白いと想うのか? なら映像作家じゃねえ! 客に戻れ!』


 って、毎度毎度、過激な言葉で人格否定で追い込むんだ。追い込まれた人間の狂気が人の情動を動かす映像を作り出せるのだとでも思い込んでいるのかな、あの追い込む言い方の嫌さ、分かるか? コンプライアンスのコの字もない精神的にすり減る空間。ほんと呪いの呪文か呪縛みたいな言葉の暴力を浴びせられながら、なんとか言われたくない一心で何かを捻り出して、それを整理して何度も書き直すのは、ほーーーーんとーに、きっつーい!!」


首を振ってため息をつくと、鴨宮はふっと小さく笑って、ビールを一口飲んだ。



「でもさ」



と、鴨宮は、じっと見つめて言った。



「そういう、エグい現場ってことは、そのぶんギャラもいいんでしょ?

 あの有名な映像製作会社さんだし、金にはなってんだろ、ちゃんと」



「……いや、あまり仕事が出来ないと、御前の仕事は趣味レベルだから金を払えないってなんだよね。契約書にも書かれているんだぁ・・・やりたがるだけの下手くそが、どんなに労力をかけても何も製作作業に貢献しなかったら、報酬は払わないのが当たり前ってね。昔、よっぽどな、やりたがるだけの下手がいて予算泥棒したせいで、そこらへんはシビアなんだ」



気まずそうに目を泳がせた。



「まあ俺とか、採用されるアイデアを出せない時も、最低限のほら。人手不足だし、誰もやりたがらないADみたいな?作業とかもやってるから、その作業に対する報酬は払ってもらっているって感じ。みたいな?


 そんなワケで金にはなるから生活自体はなんとかなるけど。精神的にキツイ、毎回、ここまでカッスカスに罵詈雑言を浴びせられると、本当にキツイ


 仕事だから、やれって言われている事のレベルが低いんだから仕方ないだろ。と働く誰もが言うけど、正論で言い返せないしな


 文句を言ったら


 いや、ここで働きたがる人なら、いくらでもいるから

 嫌なら、いいよ。来なくて、代わりなら、やりたい人なら、いくらでもいるから


 てな冷たい言葉が返ってくるのは眼に見えているし


 劇団の脚本を書くための原案検討会とかだと、気が向いたら話せばいいし、別の黙って聞いているだけでもよくて、自分にアイデアが湧いた時だけ言えばいいし、厳しいシビアな指摘とか入らない感じで趣味の延長みたいな? ゆるーい。のほほんとした空気だったけど、そういうのじゃないから最初は驚いたし異常な緊張感があるんだよね。


 やっぱ、メイン構成作家として稼げるようになったら、入ってくる金額が金額だから、全員が競争相手って感じで、なーんか、むっちゃ、ギスギスした緊張感みたいなのがあるんだわ。いる人間の全員が、自分だけが生き残りたいって感じで必死だと、ここまで空気が重苦しくなるもんなんだってね。なんか、やっぱ仕事って何にしても厳しくて辛くてキツイもんなんだな、なんか映像製作現場とか現実を見るまでは夢みたいな何かを作り上げる楽しい現場みたいな、馬鹿げた夢物語を脳内で抱えてたけど。まあ、木っ端みじんに吹っ飛ばされた」



鴨宮は納得したように「なるほどねえ」と小さく頷いた。

それから、少しだけ目を細めて私を見た。



「映像製作現場かあ。……金を稼げるようになったんだ。すごいなぁ。


 でも、そういえばっさぁ? 役者は完全に諦めたの?」



その問いかけに、持っていたグラスを指で拭いながら、少し視線を落とした。


「諦めたって言うか……」


苦笑いを浮かべ、首を横に振った。


「いや、別にさ、最初から『天下の千両役者』って存在に成りたかったわけじゃないし。

……なんていうか、夢に破れて絶望して、みたいな劇的なもんでもないんだよ」


「じゃあ、なに?」


「首都に来てからの半年で、自分の表現力の低さを身にしみて想い知らされたからさ


 自分で、こういう演技がイイと思って自分が表現しようと想っても


 自分が表現したい100分の1も表現して伝えられないほどに

 役者としての表現力が無いんだよね


 なら、表現力のある役者様に表現してもらうシーンを考えた方が自分も楽しいし

 そういう役者に演じてもらえるものを書いてみたいと思うようになったんだよね



 舞台の真ん中に立って、お客さんを惹きつけるだけの『何か』を持ってなかった。


 役者として食っていくなんて、どうあがいても無理なんだよ。


 ……『現実的な身の程、自分の器の大きさ』を理解したってやつかな」



そんな独白を聞き終えると、鴨宮は特に慰めの言葉をかけるでもなく、

ただ「そっか」と短く呟いた。そして、空いたグラスを掲げて店員を呼んだ。


「すいません、ビールもう二つ」


喧騒に包まれた居酒屋の店内で、二敗目の乾杯のグラスが、乾いた音を立ててぶつかった。

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