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ゴールデン・ウイーク・シャッフル  作者: 中山恵一


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夏盆


ジリジリと蝉の声が蝉時雨となって窓の外から響く、8月の昼下がり。


狭いアパートのフローリングに転がり、冷房の効きが悪い部屋でスマホを眺めていた耳に、電話から、子供のころに見ていたドラマシリーズに出ていた子役が大人になったような声が飛び込んできた。


テレビから、高校野球の乾いた金属バットの音が響き、解説者の「――両校ともに投手を中心にした固い守りのチーム、ランナーを得点圏に送っても生還を許さず無得点」という実況がBGMのように重なっている。


電話の主は、中学の同窓生である桐島(きりしま)。地元では「進学高校から有名国立大へ、そして有名大企業の本社勤務か、上級国家公務員か」という、地方の親世代が涙を流して喜ぶような、完璧なエリートコースを歩んでいる男だ。


「おい、聞いてんのか?」


受話器の向こうの桐島は、相変わらず自信に満ちた、通りの良い声を響かせている。


『お前も首都に行って半年だろ? 元気にしてるかと思ってさ。

 こっちは盆休みで帰省してるんだけどさ、やっぱり地元の空気は落ち着くわ。

 で、本題なんだけどさ』



「……久方ぶりの電話だな。何だよ、本題って」



『冷たいなぁ。まあいい。実は今度、中学の同窓会組織というか、

 地元中学校を盛り上げるための、キャリア教育支援プロジェクト

 みたいなのを立ち上げることになってさ。

 いわゆる、地元出身の若手エリートによる講演会と連絡網の構築だな』


――出た。我が地元の中学校が誇る「スーパースター」の発想だ。自分が順風満帆だからといって、その成功方程式を後輩たちにも義務付けたいおせっかいの権化。


「俺は別にエリートでも何でもないぞ。首都で必死に消耗してるだけの小劇場の劇団員だし」


『謙遜するなって!

 一部の演劇マニアってか舞台ファンの間じゃ有名な劇団所属だろ?


 そして脚本家や構成作家の1人として、やっているっていう


 やっぱ、舞台演劇雑誌に期待の新鋭って名前が出るってのは凄いよ。


 地元じゃ『雑誌に名前が出た人』って事で有名人になってるんだからさ。


 我が中学校から、もっとお前みたいな人材も輩出したいってわけらしい。


 頼むわ、お前も尊敬される先輩の一人として影響力を発揮してくれよ』



テレビの向こうで「最終回、ツーアウト満塁、ここで代打の三年生、試合を決めるのか――!」とアナウンサーのボルテージが上がる。そんな熱いナレーションとは対照的に、心の温度は冷め切っていく。



数年ぶりの「あの頃の物差し」首都に来てからの数年、


「この同じ集団に所属していたのは同じじゃないか」


と学校内方言で語り掛ける世界の物差しから逃げるように過ごしてきた。



電車に乗れば自分より優秀な人間など山ほどいて、学歴なんて劇団の中でも、公演関係者の中でも関係ない、巨大な、モザイク・タイルが組み合わせを変えながら動いているような街。そこで自分の未熟さを必死に克服しながら、何とか生き延びていた。


もう忘れたはずなのに、電話を伝ってきたこの声は、一瞬で


「素晴らしき大きな集団に所属し、偉大なる我々の中で生きよう

 集団行動の中で自分が集団に必要とされる存在となれるよう努力しよう」


そんな掛け声を言い合っていた感覚へと引き戻す。


クラスカーストなどの力関係、差別アダナを言う側か言われる側か、親の所属する地域密着型同業者団体の力関係や家同志の交流、廊下に張り出されたテスト順位、抱えているコンプレックス、そして「誰が一番まっとうなレールを走り続けられるか」という、あの無言の序列。




「……桐島。お前さ、そんな言葉、誰に習ったんだ?」



『は? 何だよ。地元に残り地域のために生きる人との交流は必要だろ。

 お互い、大人になったんだからさ、こういう地域社会貢献も大事なんだって、だろ?』




「地元から離れて首都に来て、

 ようやく『村社会の掟づくりの世界』から逃れられたと思ってたんだよ。


 俺の親にしても御前の親にしてもさ

 地域密着型の同業者団体で立場を確立させて

 誰かの期待に応えるための人生で楽しいだろうな


 でもな?


 俺とかは、もう自分がいた村社会の掟に従えそうにない


 ずーっと遥か昔から村長や村三役をやっていて

 偉大な存在になっている地元権力者の指示や

 その一族の方針に相手にされるように

 空気を読んで何も言わずに黙っていられないと想う


 たぶん、いまだに


 あのぉ どういたしましょうか? と伺いをたてて


 は、わかりました! と盲従して作業をする手足だけなんだろ


 あそこらの一族が好んで必要とするのは?


 俺とかが関わって、余計な事を言ったら親まで村八分の仲間外れだろうよ


 村の掟を破ったとか言われてさ。


 そうなるのが目に見えているから、誰か他の人を仲間にしてくれないか?」



受話器の向こうが、わずかに静まり返る。

バックグラウンドの甲子園の実況だけが、やけにクリアに聞こえた。



『……お前、相変わらずだな。


 言って悪いか? 本当の事だろうが!


 って感じで言われた人間の心情を考えない性格なのが・・


 そういうところ、中学の時から変わってないなぁ


 いい大人なんだから、社交辞令ってもんを覚えろよ』



「御前を相手に社交辞令?言う気は無いな。


 聞こえの言い事実から、かけはなれた夢物語を言っても、


 いつかは夢から現実になると信じている人に賛同するふりをして

 社交辞令? とやらを言っても、嘘つきになるだけだからな


 俺は、そんな事を言う気は無い。


 変える気は無いぞ、言いたくなった事は言う。


 色々と違うから理解できない人と無理して関わるより

 嫌われて敬遠される方がマシだ!」



『まあ、そうだったな、思い出したよ。そういう奴だったっけ。


 いいさ。 もし気が向いたらでいいよ。


 連絡網のデータとして、とりあえずグループに入れておくから、

 気が向いたら連絡してくれ。


 たぶん君の存在は、”村長様”の思惑にあってるらしくて

 歓迎されると思うから


 じゃあ、御前の言う ”村長様” への報告があるから切るわ』


「じゃあな」


ガチャリ、とドライな電子音を残して、電話は切れた。


スマホの画面には、桐島から追加された

謎の「地元キャリア支援グループ」の通知が光っている。


ふう、と息を吐き出し、再びフローリングに寝転がった。


テレビでは高校までを過ごした地域代表高校の試合が

九回裏、劇的なサヨナラホームランで幕を閉じていた。


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