独白の残響 シーン4 何かに壊された男
昨年12月に本社クリスマス・パーティに招待されたアジア太平洋事業部の関係者間で、社内での闘争は激化の一途をたどっていた。その渦中でソフト部品の品質劣化問題を起こした協力会社社長が、ついに致命的な一線を越えた。ユーザー先に対する社内秘情報の保護違反。それに激怒したユーザー側に訴えられ、あろうことか警察沙汰となったのだ。
「奴は、何に憑りつかれたんだ?……」
自分が関わったプロジェクトの関係者が、なぜこんな泥沼に沈んでいったのか。一昨日の夜、その社長に直接会って話を聞いた西村は、言い知れない戦慄を覚えた。目の前にいたのは、かつての生真面目な経営者ではない。完全に心を病み、現実と虚妄の境界を見失った精神異常の状態だった。初めて顔を合わせた彼の妻のやつれ果てた姿を思い出すだけで、胸が締め付けられた。
セールスサポートをしていた幹部たちの陰謀に陥れられたのか、それとも偶然の連鎖が生んだ悲劇なのか。確たる証拠などどこにもない。だが、日本法人内で決められた人員構成計画指示によって、西村はこのマイナス人的資源清算と言えるような裏業務の渦中へ引きずり込まれていくことになった。
・・・
金曜日の朝一番。
西村は会社で「お詫び」の書面を整え、まずはユーザー先へと向かった。覚悟していた空気とは裏腹に、意外にも客先の担当者は冷静で、かつ好意的だった。その予想外の寛大さに、西村は心の底から救われる思いがした。
だが、地獄はそこからだった。
待ち合わせの市営住宅の前で延々2時間。ようやく姿を現したその男の風貌に、西村は息を呑んだ。
黒いスーツにオールバック、しかしネクタイは胸のポケットに無造作にねじ込まれ、まるで暴力団関係者のような異様な佇まい。同行した妻の顔は青あざで激しく腫れ上がり、昨日何が起物語ったかを雄弁に物語っていた。本人は担当者からの申し入れなど一切聞き入れようとしない。その後、信用破産したと言えるような元協力会社の事務所へ赴き、作成した書面をもとに客先の動向を伝えると、同行していた担当者は数字の束を眺めながら、青ざめた顔でこう呟いた。
「……これはひどい」
あまりにも協力会社に対する配慮に欠けていた現実。どんな案件も容赦ない競争入札にかけられ、一円でも安ければそちらへと発注され続けた血も涙もないコストカット。その果てに真面目だった協力会社社長の人格そのものが破壊されていったという残酷なシナリオが、鮮明に浮かび上がってきた。
夕方、海外にいるボスとの電話会議で最終決定と言える指示が通達され全てが決まった。
「日本には、ハラキリとか、切腹とかいう風習があったそうじゃないか? この世に情けない存在として生きる ”生き恥を晒す” より、潔く天国か地獄へと去るために自殺する ”切腹する” 風習。彼にとっては社会的に死んだ方が、恥の文化とやらの中で生き延びるより幸せなんじゃないのか? 我々も慈善事業をしているわけではないのだ。 ユーザーから信用されて売り上げや営業実績を挙げるどころか信用を失うような真似をするとは、強制回収の方法は追って通達する。その関係会社の国内清算処理は西村が実行しろ。切腹する時の介錯人とやらをやって昔ながらの儀式をしてくれたまえ」
冷ややかな現実を電話会議出席者に思い知らせるような、一切の感情を削ぎ落とした冷酷な宣告だった。
電話を切り、西村は手元の資料に視線を落とした。
その社長は、酒も飲まなければギャンブルも一切しない。女性は妻ただ一人という、絵に描いたような真面目な男だった。慣れない巨大IT投資の荒波に放り込まれ、自分のキャパシティを超えたプレッシャーに耐えかね、心の逃げ場を失い、自らの内側から崩壊していったのだ。
――彼の人生は、もう終わってしまったのだろう、いや私が引導を渡す事となったのか・・
共通の利害を抱える関係者であった彼を社内から消す指示をされ実行しなければならない事への罪悪感と、もし責任問題の対外的な報告を間違えれば破滅が待っている事への危機感が心の中で渦巻いていた。
・・・・
「え-、ハラキリ切腹ショーって感じで派手に社会的に消す。派手な見せしめ ザマァ シーンとかじゃないの? 最近の流行でウケる感じな ザマァ シーンのために、その腹黒オッサンの内輪で無策な間抜けが自分の発言で自分のクビを絞めて、悪意を抱えられて消されるって感じなのが面白いと想うんだけどな」
『ざまぁ っすかー。我ながら、ちょっと、そういうのって下手なんすよねー』
「でも、表現力の練習だと思ってさ、この切腹に追い込まれたオッサンは、真面目な人じゃなくて・・・そうだなあ・・・『成功した?俺様のおかげだ! 失敗した?御前等のせいだ!!』って感じの、しょうもない存在だったって事にすりゃ、自分以外の誰かの社会的破綻は娯楽って感じを引き立たせるんじゃないのかな」
『そういうもんですかね』
「そういうもんだよ。なんかの歌にも、あったじゃないの、”人間の死は、その人間以外が生を確かめるための儀式であり娯楽ですらあるのかもしれない” みたいな」
『えー、そういう人間性を描くんすか?』
「そういう事」




