独白の残響 シーン3 静寂の断崖絶壁
アメリカ西海岸に本社を置くこの企業にとって、10月は新しい年度期のはじまりを意味する。そして今、年度末である9月が過ぎようとしていた。かつて自分の会社を率いてきた西村が、この巨大組織の管理職として組み込まれてから初めて迎える「年度末」だった。
社内は奇妙な静けさと背反するような喧噪に包まれていた。原因は、国内取引を共同で請け負っていたパートナー企業にあった。彼らが責任範囲として請負った成果物の検証結果が、性能測定でも各種試験でも不適格と判定されるような完成度だった事が明らかになったからだ。
今週の火曜日、そのパートナー企業社長が事業部へ謝罪と挨拶に訪れた。「今後の仕事については前向きに進めたい」という枕詞を皮切りに、自社だけの責任ではなく隣接ソフト部品にも責任があると含ませたような虚勢の混じった前向きな言葉を30分ほど語って帰っていった。奇妙なことに、西村の胸には不思議なほどの静けさがあった。驚きはない。目先の自社利益のために無謀な責任範囲を抱えた会社が、こうなる事は予期できていたからだ。
「……さあ、どうしたものか」
金曜日が終わり、週末の土日を迎える。関係会社や事業部の親睦会などで、責任問題を被る「我々の面子のための生贄」を決める内輪の非公式な会議の始まりだ。
・・・
細かく細分化されたシステム投資案件の項目のうち、
7000万円分が文字通り「消える」かもしれない。
システム投資案件全体の総額である3,000万ドル(約45億円規模)という巨額なパイプラインから見れば、日本円で7000万円という金額は小銭に過ぎないかもしれない。しかし、数字の大小ではない。本社システムの投資案件管理部が「品質管理体制の不備」として怒りを抱き、血眼になり責任を追及して再発防止策を要求するには十分すぎる金額だった。西村たちの背負う責任の重さが、また一段と増していく。
遡ること8月末、品質劣化問題を起こした会社の社長から関係者各所へ、一通の長い謝罪メールが送信されていた。今、思えば、そのメール内容の要約は、こういうことだった。
8月末を予定していたシステムの核心部分。それを担当していた我が社の協力会社が、「虚偽の進捗報告および品質報告」を続けており、それを自社で見抜けませんでした。申し訳ございません。
しかし、悲観する必要はありません。独自開発は間に合わなくなりましたが、こういったソフト部品でに業界標準トップでは無いにしろ2番手なシェアを獲得している企業から、同じ機能を持つモジュール提供を受ける契約準備をしております。
今回のバージョンでのモジュール独自開発、およびは特許権取得による知的財産所有は断念せざるを得ませんが、その代替モジュール流用でプロジェクト全体に迷惑はかけません。
その8月の終わり頃のメールで関係者は胸をなで下ろしたものだった。
――なんとかなるんだろう、と。
だが、特許をとれば今後数年の間、同じようなAI開発企業で利用され、巨額の特許料を自社にもたらすコア・モジュールに関する世界は甘くなかった。9月に入り状況は一転。その「外部企業からのソフト部品提供」契約が、突如として白紙撤回されたのだ。
理由は国境の壁だった。国が違えば、特許に関する法律も、商法も、国家戦略も違う。業界標準を獲得しかけていたその企業に対し、「国の産業振興機関」からストップがかかったというのだ。経済安全保障と自国産業団体保護いう名の見えない壁が、民間同士の契約を無慈悲に引き裂いた。自社開発は嘘の報告によって頓挫し、最後の頼みの綱だった外部調達も国家の論理によって塞がれた。
その一件以来、9月の事業部内は澱んだ空気に支配されている。ランチタイムのコーヒーサーバーの周りでも、フロアの隅のミーティングスペースでも、もっぱらの話題は一つしかなかった。
「10月から始まる来年度システム投資案件のうち、最初の四半期の12月までの実験的調査段階で、どのシステム投資案件の投資金額が削られるのか?」
そして、
「どの案件が『投資資金 回収不能』と判断されて損切り撤収となるのか」
誰もが次の「切り捨て」の標的が自分の部署にならないよう、互いの顔色を窺いながら、冷ややかな憶測を囁き合っている。西村は手元の資料から目を外し、窓の外の秋晴れの空を見上げた。数年前まで過ごした国内企業だけに国内特定地域密着型の同業者団体に閉じた世界が牧歌的で平穏な世界に思えるほどに、損得勘定と利害関係だけな世界での新しい年度が始まった。
・・・・
「展開が弱いよねー」
『そうですか?』
「いっその事、この無能だった品質劣化責任問題を起こした会社の社長が、我々の信用のための生贄になる残虐な世界で、それを先導する悪魔のような本社業績管理部のマネージャーって感じの、腹黒いオッサン・ナンバーワン決定戦ー、ってな展開にして派手にデフォルメした方が面白くね? 地味すぎ」
『あーんまり、派手でケバケバしい展開にしすぎると、嘘くさくなりません?』
「いーんだよ!! 会話劇小劇場舞台だよ? 大きな声で派手な演出でのセリフを言う役者さんとかが多いだろ? それに悪役と、それと戦う人って感じの奮闘劇っぽい部分が無いとさー、つっまんねーじゃん」
『そうっすねー、まあ、この原案が通って、セリフ構成とか登場人物キャラとかを仕上げる時に、そういった派手な心に刺さりそうなセリフとかは考えましょう』




