独白の残響 シーン2 救済という名目の支配
「……救済合併を受け入れるしかないようだ。我が社を売り渡す形で外資の傘下となろう」
選択肢など初めから用意されていなかった。銀行からの融資切り上げ、保証人たちの中で直接金融に携わる債権者の提案を受け入れるしかないという断腸の思い。西村が25年間かけて築き上げた会社は、「救済」という名目の支配を受け入れ、自社独立性を完全に失う事となった。
相手先は、アジア太平洋地域を統括するグローバル企業の日本法人子会社。過去のバブル崩壊時には、本社からの厳命によって国内だけで400名もの大規模なリストラを断行したという冷徹な血脈を持つ組織だった。当然、現在の役員たちも容赦のない業績管理と査定に晒されている。
「よく、こんな会社が我が社の買収査定を通ったものだな。文句は言わずに我が社の制度に従え」
そんな言葉を含んだ圧力が、西村が管理職をする社内の空気を支配していた。合併前の給与水準と比較され、西村の会社から受け入れられた社員たちの社内格付けは、一律で10%の賃金カット。長年に渡り会社を支え続けてくれた部下たちも、ゼロから再出発する勇気を持つ人間を除き、同じ労働環境に放り込まれた。
だが西村を精神的に追い詰めているのは、家庭の風景だった。
長年、会社の裏表を知り尽くし、社内管理会計を一手に引き受けて夫を支え続けてくれた妻。単なる事業部内の庶務待遇となった妻の顔を見るたびに胸が締め付けられるように痛む。新しい上司の指示を受けて立ち回る妻の姿を見るだけで、申し訳なさで言葉が出なくなる。自分の代で、25年の歴史だけでなく、家族の平穏までをも、すり潰してしまったという自責の念が、西村の心を内側から蝕んでいた。
・・・
新しく所属する事となった事業部で生き残るための「頼みの綱」は、アメリカのベンチャーキャピタル(VC)による投資だった。
しかし、その綱はあまりにも細く、脆い。米VC側も神経質になっており、投資資金回収の見込みが無いと判定されるような失態があれば、投資資金は一瞬で引き揚げられ、事業計画はすべて白紙撤回される。そうなれば、いま辛うじて保たれている社内での立場を西村は失う。
そんな環境の中で西村が関わる事となったプロジェクトは、特定の同業者団体に向けた新しいAI開発案件。そのAI開発から運用・保守フェーズへと乗せることが、今回の買収劇をメリットがあるものだったと本社の業績管理システムへと記録するために必要な事だった。話自体は、かなり前向きに進行しているように見えていた。
しかし、西村の長年の勘が警鐘を鳴らしていた。
「……何かが狂っている」
その勘は見事に当たっていた。
初期段階で引かれた開発計画には、ユーザーである同業者団体の業界常識から見れば「とんでもなく非常識なシステム常識」がまかり通っていた。ユーザーがサービスエリアとする国の文化や商習慣を無視し、最初に開発した国の同業種の業界常識が盛り込まれており、そのため現在は再検討の真っ最中。本格稼動のめどなど立っていない。
ユーザーの要求を完全に満たし、満足度を劇的に引き上げなければ、このプロジェクトは土台から崩れ去る。だが、本社のマネジメント層は、「売上シェア5%程度の国へ提供するAIに人とか金とかを割り当てる気は無い」とても言うかのように耳を貸そうとしない。
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「いまのところ、事態の収拾を静観する以外、打つ手はないんじゃないか……」
西村はデスクの椅子に深く沈み込み、ため息ともつかない息を吐き出した。自らの手でものを作り、荒波を乗り越えてきた。どんなに厳しい局面であっても、自ら動き、打開策を見出してきた自負がある。
だが、今の自分にあるのは「静観」という名の無力感だけだった。巨大な組織の歯車の一つに組み込まれ、異国の電子政府プロジェクトへも技術者を送り出したりもした。
だが、その現地でも、AIロボティクスなどによる自動化・機械化された電子政府の使い方が理解できない高齢者が多くて、結局は使い方の説明人員を増やさねばならず、プロジェクト立ち上げ時に目論んだ効率化は達成されていない。そして組合によるAIでの自動化による人材削減反対運動などのように、昔ながらの手法を好む管理職との対立や調整などについては何が起きているのか全貌すら見えない。
ITバブルが崩壊した時のように、このAIバブルも数年で崩壊してしまうのでは?ないだろうか?そんな切迫した危機感を抱いて業務にあたる日々を過ごす事となってしまっていた。
窓の外の夜空には、冷たい雨が降り始めている。遠く異国の空の下で、派遣された技術者たちは今、どんな思いでディスプレイに向かっているのだろうか。そして、明日になればまた、業績管理が示す冷徹な数字と、言葉では語られない不気味で不安感を煽るような圧力に向き合わなければならない。
時間は容赦なく過ぎ、自分の社会人人生を削っていく。
・・・・
「これってさぁ、モノローグってか、ナレーション多すぎね?」
『いや、この原案でOKって事になったら、セリフとして膨らまして、引き伸ばしますから』
「本当? 結局、舞台じゃなくて朗読劇に・・なんて事、ないよね?」
『そっりゃー、ないですよー、はははははー』
「だよねー、わははー。というか導入部が2つ続いたけど、次は展開部だよね?、起承転結の承」
『そう、なりますかね、うん、そうです』




