狂信 シーン2 訓練
「——目を開けろ、マコト」
激しい怒声と同時に、バケツ一杯の冷水が誠の顔面に浴びせられた。
そこは、日本から数千キロ離れた乾燥した山岳地帯にある、荒廃したトレーニングキャンプだった。
オフィスで着ていた高級スーツはとうの昔に奪われ、泥と汗に塗れた粗末な迷彩服を纏っている。
息を荒らげる誠の前に立っていたのは、組織の幹部であり、指導者のアブドゥルだった。
彼の足元には、両手を縛られ、膝をつかされた見すぼらしい男たちが並べられている。
隣町で拘束されたという「異教徒」の住民たちだった。
「お前はまだ、かつての過ちを引きずっている」
アブドゥルは冷徹な眼差しで、誠の手元に一丁の自動小銃(AK-47)を押し付けた。
「彼らがなぜ生きているか分かるか? それはお前たち『目覚めし者』の試練となるためだ」
誠の手が微かに震えた。
「私には……彼らがただの農民に見えます」
「それが悪魔の毒に侵された目だ!」
アブドゥルが叫んだ。
「彼らは真理を拒み、偽りの秩序に従い、神の法を汚して生きている。
彼らの存在そのものが、この世界を腐敗させる病原菌なのだ。
病を治すには、何をしなければならない?」
「……膿を、切除すること」
誠の口から、暗記させられた教義の言葉が漏れる。
「そうだ。そしてお前の使命は、単に敵を倒すことではない」
アブドゥルは誠の肩を強く掴み、その顔を覗き込んだ。
「お前が引き金を引く姿を、世界に見せるのだ。
不信仰者どもには最上の恐怖を、そして迷える同胞たちには『真の覚醒』の光を示せ。
見せしめの血こそが、正義の証明だ。
恐怖によって目覚めた者だけが、我らの聖なる列に加わる。
お前はその導き手となるのだ」
アブドゥルの言葉が、脳内で反復される。
恐怖を与えること=救済。見せしめの処刑=同胞を増やす使命。
歪んだ論理のピースが、洗脳によって疲弊した誠の脳内で奇妙な噛み合いを見せた。
そうだ、自分は摩耗したサラリーマンではない。
世界を浄化し、人々を真理へ導く「選ばれた存在」なのだ。
「……理解しました」
誠の瞳から、人間的な躊躇や迷いが消えた。
代わりに宿ったのは、かつてタリクの瞳に見たものと同質の、
底知れない冷たい「熱」だった。
誠は銃の安全装置を外し、洗練された動作で構えた。
グローバル企業の研修で学んだ「タスクの最適化」と同じ精度で、引き金に指をかける。
銃声が轟き、乾いた大地に血が滲む。
血の匂いの中で、誠は生まれて初めて、強烈な「生の充足感」と「使命感」を覚えていた。
自分はこのために生まれてきた。
この愚かな世界に恐怖を叩き込み、すべての不信仰者を平伏させ、
真の信者を増やすための「剣」となるために。
かつて優秀なアナリストだった男は、
冷酷なテロリストとして、人格を再構築されていた。




