狂信 シーン1 洗脳
「ジロー物語と同じような原案を書いてみてくれないかな?」
そんな一言で、AIとかも使って原案を書いてみた
・・・
「何も起きていない一日」を正しく愛せる人間は、案外少ない。
伊地知誠は、その数少ない、
いや、正確には「そうあろうと自分に言い聞かせてきた」人間だった。
外資系ITコンサルティング大手『アペックス・グローバル』のシニア・アナリスト。
それが誠の肩書だった。都心のハイグレードオフィス、洗練されたカフェテリア、
多国籍な同僚たちが交わす英語と日本語が入り交じるスマートな会話。
30代半ばにして平均以上の報酬を得て、首都のマンションに一人で暮らしている。
側から見れば、彼は「成功した側」の人間だった。
しかし、誠の胸の底には、いつからか冷たく澱んだ泥のようなものが溜まっていた。
「伊地知さん、次のQ3のQBR(四半期ビジネスレビュー)の資料、
業績数字の整合性だけ確認しておいて。
ユーザーの満足度や目標達成率はクリアしてるから
余計なイノベーションは起こさなくていいよ」
上司のカタカナ混じりの指示に、
誠は「承知しました」と完璧なビジネススマイルで答える。
完璧な資料。完璧なデータ。完璧な売上予測。
だが、その完璧さの裏で、誠は強烈な虚無感に苛まれていた。
自分が明日死んでも、この会社のシステムは1秒の遅延もなく回り続けるだろう。
自分がやっているのは、巨大な資本主義の集積回路の中で、
摩耗した小さなハブを磨き直す作業に過ぎない。
自分は何のために生きているのか。
この「正解」とされる人生の先に、何があるのか。
転機は、雨の降る木曜日の夜に訪れた。
誠は、今年度の新規システム投資案件でアサインされた、
新しい外部協力者とのキックオフミーティングを終えたところだった。
相手は、中東系の血を引く若きネゴシエーター、タリク・アルハッサン。
タリクは優秀だったが、社内の他の人間とは根本的に異なっていた。
彼の瞳には、社内の人間が誰も持っていない、奇妙なほど澄んだ「熱」があった。
オフィスの1階にある静かなカフェで、誠は何気なく尋ねた。
「タリク、君は、なぜこのプロジェクトを引き受けたんだ?
報酬も、君のスキルからすれば決して高くはないはずだが」
タリクはエスプレッソのカップを置き、静かに誠を見つめた。
その眼差しには侮蔑も哀れみもなく、ただ深い「理解」だけがあった。
「伊地知さん。あなたは毎朝目覚めたとき、
自分が今日生きる理由を心の底から確信していますか?」
突如投げかけられた問いに、誠は言葉を詰まらせた。
「それは……仕事だし、生活もあるからね。プロフェッショナルとして——」
「プロフェッショナル。」
タリクは小さく笑った。怒らせる風でもなく、ただ哀しそうに。
「その言葉は、現代の人間が『自分には魂の目的がない』
と認めないための美しい盾ですね」
誠の背中に、冷たい汗が伝った。
長年、自分でも見ないように蓋をしてきた心の傷口を、
見知らぬ青年に指で直接触れられたような感覚だった。
「私たちは、業績数字をクリアするために生まれたのではありません」
タリクは声を潜め、しかし確信に満ちたトーンで続けた。
「この世界は病んでいます。真実の光を見失い、偽りの豊かさに溺れて死んでいく。
ですが、本当の法則を知れば、すべての迷いは消えます。
……伊地知さん、あなたにはその光を受け取る準備があるように見える」
タリクはポケットから、装丁のない小さな黒い手帳を取り出し、テーブルの上に滑らせた。
「ここに書かれているのは、教義ではありません。『世界の本当の構造』です。
もし今夜、いつものように虚しさに苛まれたなら……
最初の数ページだけでいい、開いてみてください」
カフェの窓の外では、冷たい雨が街のネオンを滲ませていた。
誠はその黒い手帳を見つめた。
それは、彼が築き上げてきた平穏で退屈な日常が、音を立てて崩れ去る最初の引き金だった。
黒い手帳を開いた夜から、伊地知誠の「現実」は静かに、しかし不可逆的に歪み始めていた。
最初は小さな勉強会だった。
郊外の雑居ビルの一室、冷たいパイプ椅子に座り、タリクたちの話に耳を傾ける。
彼らの提示する論理は、誠が長年グローバル企業で叩き込まれてきた
「合理性」の枠組みを鮮やかにハックしていった。
「なぜ世界は不条理なのか」
「なぜ真面目に生きる者が報われないのか」
明確な「絶対的真理」と「悪の定義」。曖昧な現代社会で摩耗していた誠の精神にとって、
二元論で世界を割り切る教義は、あまりにも魅惑的で、心地よい解毒剤だった。




