初週(鴨宮のドサ回り日記2)
最初の週、ゴールデンウイークという事で客も多い
ほとんど、こういった健康ランドが
地元の知り合いとの集会所と化していて
年がら年中、入り浸っている常連お年寄りに加えて
学校が休みな子供連れの家族とか
仕事が休みで帰省をする途中とかに
一泊してみようかな、安いし24時間営業だし
といった感じの20代くらいの若い人々
ゴールデンウイークが終わったら
常連お年寄りだけになってしまうのだろうが
この時期だけは多種雑多
なので、こうしたら客にうけるかなとか
劇中の、お笑いパートな部分を担当している
面白村人役な人がアドリブで実験をしまくる
客が多種多様な内に試してみて
すべったら、当日だけでやめて
うけたら、アドリブを定番にするらしい
息のあった人でアドリブでボケても
上手に突っ込んでくれる二人組でやっているので
自分が出番の時は、やらないでくれている
台本、稽古通りにやるのがやっとな
客演な数人に振っても、アドリブで返すのは
無理だというのが、わかってくれているからなのだろう。
と思っていたら、初週の三日目
「ツカミとオチは決まっているからさ
お笑いパートへ試しに客演さんも混ざってみて
適当に振って、順繰りに3段ボケして
最後に、お前ら、何をいうとんねん
ってな感じで突っ込むから
その場の空気で思いついたボケを言うてみて」
いきなり、お笑いパートに参加する事になった。
結果は・・・ドンすべった。
やっぱ、お笑いのセンスとかは無い。
その代わり、同じ客演の自分の次にボケた人が
メチャうけてたからOKって感じにはなったが
四日目からは、お笑い実験アドリブパートな
村の週シーンには参加しないで
普通のミュージカルな場面で歌うだけに戻った。
・・・
そして、初週の最終日の公演も終わり
翌日は移動日という事で
一緒に昼夜公演をやっていた劇団の人との飲み会
大衆演劇が娯楽として定着した1947年頃から
戦場から帰ってきた座長が
”戦争が終わった後に心に描いた美しい夢”
というものを抱え
戦前に一緒にやっていた役者仲間
戦死せずに帰国できた人々に声をかけ
立ち上げた劇団という事らしく。
その初心な
”戦争が終わった後に心に描いた美しい夢”
というものを飲み会の席でも語る。
そう言われてみれば
後学のために見た時代劇も
そういった事なのだろうテーマが
繰り返しセリフの中に入っていたなと思い起こす。
武士だけど、生き恥を晒すより
御家のために切腹するなんて嫌だ
死にたくない
みたいな死生観を語るセリフとか
勧善懲悪で悪を滅ぼす正義の味方は カッコイイ
でも本当に、これって正義? 善悪って誰が決めている?
神なんてものがいて、全ての善悪を決めているとして
何故に、その善悪を決める偉大な神に近い存在に
なりたがる人間がいるのだ?
みたいな善悪って何だろうねってなセリフとかが
大衆演劇なのに混ざっていたのは
そういった戦争が終わって軍から解放された時に抱えた
そういった感覚によるものだったのだろう。
自分が客演した劇団のやる演目
江戸時代から続く農村が農協になって
一緒に野良作業をする村人の、ほのぼの日常
ってのが劇の舞台になっている自分たちの劇には
絶対に出てこない武士が主人公な時代劇
特に子供の頃に幕末生まれが、まだ生きていて
親戚の爺様婆様として生で触れた事のある世代な
お年寄りに絶対的にうけていた。
最後は毎度、おなじみのパターン
悪代官とか極悪商人を正義の侍様が成敗して終わる
という定番時代劇な物語は、
常連の明治生まれや大正生まれな世代にうけていた。
子供のころに植え付けられた感覚や
馴染んだ世界観というのは
死ぬまで薄れはしても消えないものなのだろう。




