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ジロー物語 シーン2 当たり前だった日常


ジローは、その日、夢を見た

母が病に倒れる前の日常である夢だった。


「ご飯だよ。」


朝日が差し込む中、ジローが人気のない座敷に腰をかけ、

庭石を見つめていると食卓の方から母の声がきこえる。


しかし、彼は動きたくなかった。


「毎日、毎日、マナーとか礼儀作法とか面倒だなぁ

 いいじゃないか、もう好きな時間に食べれば

 別に家族一緒に朝食を食べなくても

 別に、いいよね。僕一人が食卓にいなくても」


同じような礼儀作法教育に、会食時の常識について語る

母の説教を聞くのが面倒に思えたジローは動かない。


やがて、家の者全てが食卓に集まったらしく、

話し声が賑やかになり、食器のふれる音などが聞えて来た。


ジローは、誰かが自分がいないのに気づいて

自分を呼びに来るのだろうと待っていた。

嫌だけど呼びに来たら仕方ないから行くか、と思っていた。


ところが、十分経っても、二十分経っても

誰も彼を呼びに来なかった。


そして、そのうちに、兄と弟は朝食をすましたらしく、

彼のいる部屋へと来た。


「ご飯を、なんで皆の者と一緒に食べないの?」


兄はジローのそばまで来るとたずねる。


「別に、いいじゃないか、気が向かないんだ」


ジローは庭の方を見ながら言い

兄の方を振り向きもしなかった。


「みんなと一緒に同じ事をしないの駄目だよ

 同じ時間ご同じ事をしないのは馬鹿なんだよ」


良い子ぶって大人にウケる言葉を覚えだした弟の声。

ジローは默って聞いていたが何も言い返さなかった。


すると弟は寄って来て、

うしろから片手をジローの肩にかけ、その耳元で、


「俺は御前等とは違うって

 偉大なる俺様を気取ってんじゃないよ、ばぁーか!」


と言った。ジローは弟を突きとばした。

体格差のある弟はヨロけて躓き仰向けに倒れた。


そして痛さに泣き喚きだす

彼の泣き声は家の中に響き渡った。


母が出て来て、兄に聞く。


「どうしたの?」


「ジローちゃんが突き倒したんだ。」


「ジローが? どうして?」


「わかんない。なんでだろうね」


 兄は母とジローとを見比べながら答えた。


母は、しばらくジローを睨めつけていたが、

何と思ったのか、弟を抱き起こし茶の間の方に行ってしまった。

兄も、すぐ後を追った。


ジローには、また一人で考えるだけの空間に戻り庭を眺めた。

そのうちに寝不足のため、眠気に襲われだし。

とうとう庭に面した縁側から地べたにすべり落ちてしまう。


幸いに大した痛みを覚えなかった。

起き上ってあたりを見まわしたが、誰もいない。


そして、裸足のまま植込をぬけて、

隣との境になっている藪に這入り寝こみ。

そこで涼しい風に吹かれる。


その藪から抜けて部屋へ戻ると昼過ぎを時計が指し。

腹が減っている。それに何よりも喉が乾いていた。


起き上ると、八方に眼を配りながら、座敷の縁に忍びよった。

そして縁板に足のよごれをにじりつけてから、

足音を立てないように食卓の方に忍び寄る。


そこには誰もいなかった。もう昼飯がすんだあとらしく、

ちゃぶ台の上にはヤカンとオニギリだけが残されている。


あたりを見まわしてから、ヤカンから口づけに、冷えた茶を飲んだ。

それからオニギリをとって口の中へ抛りこんだ。


「誰?」


だしぬけに台所から母の声がきこえた。

ジローは、びっくりしてオニギリを口に押しこみながら

庭に面した座敷の方に逃げ出そうとした。


しかし、もうそれは遅かった。

座敷の敷居をまたぐか、またがないかに、

彼は襟首を母につかまれていたのである。


「お前は、お前は……

 何故、一族の皆と一緒に過ごそうとしないの?」


母の声は、怒りとも悲しみともつかぬ感情で、ふるえていた。


それからジローは、ちゃぶ台の前に引き据えられて、

ながいこと母と対坐しなければならなかった。


「お前は、この国の貴族家である領主一族の男子なのだよ」


 説教は、彼が昨夜来何度も聞かされた言葉で始まった。


「ここの家はね、王都から離れた田舎に存在しているが

 れっきとした貴族の一族なのだよ?」


これもジローが聞きあきるほど聞いた説教文句であった。


だがジローは、母が語る。


 貴族とは、かくあるべきとか

 領民に存在感を示さねば成らないとか


という格言めいた言葉の意味を、ジローは理解できていない。



「貴族の子である貴方が、何故に家族との集団行動をしないの?


 ……自分だけが好きな時間に好きに食べるつもりなら、

 いっそ二日でも三日でも食べないで、いればいいじゃない


 ご飯時には寄りつかないで、竹藪の中に寝たりして

 こっそり忍んで来て食べるなんて、


 貴方は餌を食べて農作業をするだけの

 農作業用として生きる魔物ですか?違うでしょう?


 貴方は、そんな生き方をする魔物では無いんですからね」



ジローは、何かを言い返したいが

何を言い返せばいいのかが自分でも、わからないままに

ふてくされたような表情で何も言い出せずにいた。



「自分で、わけのわからない

 自分勝手な真似をしているって理解できないの?


 貴方一人で生きていけるワケでは無いのですよ?


 虫けらのように一匹で生きて

 交尾するためだけに他の虫と関わり

 卵を産んで死んでいくわけじゃないのですよ?


 領内の者への示しというものもあるのに


 自分でも恥ずかしいと思うでしょう?


 自分勝手で誰にも相手にされないのは恥だと

 恥というものを知る年齢に成っているんですから


 恥知らずと呼ばれたく無いでしょう?」


 ジローは何と思ったか、手を動かすのをやめてしまった。


「お前はね……」


 と、急に母の声がやさしくなった。


「丁度、名月が輝く夜に生まれたので、

 きっと兄よりも弟よりも偉大な存在となるだろうって、

 お父さんはじめ、みんなが、おっしゃっているんだよ」


ジローは、これまで祖母が人の顔さえ見ると、

よくそんなことを言っていたのを思い出した。


そして彼は、そんな話が出ると、いつも内心得意になっていたが、

母の口から、今はじめて、それを言い聞かされると

急に偉大な存在になる事が、誰かに促された結果なように思えて

面白くないことのように思えだした。


同時に、彼は親離れをするために子供の頃にいた乳母の部屋が

無性に恋しく懐かしく思えて来た。


「偉大な存在になんか別に成りたくない」


そんな感情からの言葉が、彼の心を支配し口から零れる。


「偉大な存在と賛美する領民と、一人で向き合きあい

 統治するために別格な存在として振る舞わなくてはならない

 誰に頼るわけでもなく様々な事を自分一人で自分の責任で

 決めていかなくては成らないのですよね?


 失敗すれば


 それまで偉大な存在と賛美されていた領民重鎮や

 王都での貴族が集まる社交シーズンに会う同格貴族は


 生きている間、ずっと、昔は偉大な存在であったのに

 今では偉大とはいえない存在に落ちぶれたと

 過去の存在として蔑まれだすのでしょう


 そういった領主である父や祖父

 その周囲にいる同じ貴族の日常が

 自分が偉大な存在である事を証明するために

 少しでも隙を見せた者を蹴落とし淘汰する世界が

 僕は嫌で、たまりません。」


「領民である乳母と、その回りにいる人の噂話が

 刷り込まれてしまったのだね


 あんな者どもの所へは、どんな事があっても帰さない。


 こういった事を語るのは

 お前には幸せな生き方をして欲しいと思うからなのだけれど


 ……この親心が、ジローには、わからないの?」


そしてジローは、もう乳母のところに帰れない

子供として扱われる事は無い

そういう事を想い知らされる言葉を聞かされた。


彼は最早、二度と自分には手に入らない

無くしてしまった何かを悔やみ悲しくなって、

涙が頬をつたい膝の上に落ちた。


母は、久しぶりにジローの涙を見て、

それを自分の説教の効果であると信じた。

そこで、簡単に説教のしめくくりをつけると、

すぐ立ち上って、ジローのために昼食を用意した。


ジローの涙は容易にとまらなかった。

彼はオニギリを食べながら、しきりに息ずすりした。

袖口と手の甲が、涙と鼻汁とで、ぐしょぐしょに濡れた。


母は、その間そばに坐り、

ジローの口から出る呟きともボヤキとも言える言葉を

何も言い返さずに聞いていた。


それは家族との日常とは、こう一緒に過ごすべき

という彼女が抱えるイメージを刷り込むためでもあった。


だが、しかしジローからすると、

それは毎日の単なる同じ事の繰り返しで

家で決められた退屈な恒例行事でしかなく


家族との日常を一緒に過ごす事に

なんの、ありがたみも感じていなかった。


なぜなら、それは当たり前な事であり

いつまでも続いていく平凡な日常なのだから


何故に母が、そんな日常を大事にするかが

ジローには全く理解できなかった感覚が夢の中で蘇る。




そこでジローは眼を覚ます。


しばし夢想光景が脳裏に残る中

その母が大事にしていた日常が二度と再現されないものであり

たとえ無理やり誰かと再現してみたとしても

決して同じものでは無い事を想い知らされる


無くしてみて始めて、当たり前だった

日常の有難味を知るものな事をジローは知る。


もはや、母は、この世に、いない。


兄弟も日々の公務が忙しく日常的に会う事は無い。


一族の集まりたる年中行事で顔を合わせる事はあるものの


もはや、共通の話題として何を語れば良いのか、わからず

形式的で儀礼的な挨拶をするだけな存在でしか無かった。


・・・


「身近な存在の死っていうシーンの後に

 当たり前な日常シーンかぁ

 でも、当たり前な日常が家族との食事

 その日常を大事にしない主人公ってのは・・


 なんか違くない?」



『家族との日常シーンの定番と言ったら

 一緒に食卓を囲むシーンでしょ? 違うか?』


「違わないけれども・・」


『じゃっ、他に家族との日常って感じがする

 シーンって何がある? 言ってみな?』


「またぁ、言えるものなら言ってみろ

 ようするに黙って言う事を聞けって事でしょ

 わかりましたよ。いいんじゃないですか


 シーン2は、当たり前だった日常って事で

 母子の食事シーンね」



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