第89話 雑用令嬢、出廷する
第二章ラストです
あの《冥禍の笛》事件から、かれこれ数週間が経った。
アルグレイン領では、今もなお壊れた町の修復作業が続いている。
広場にはまだ瓦礫がうず高く積まれ、ベヒーモスに踏み潰されてしまった建物もたくさんある。
それでも朝から協力して復興に励む人々の表情が明るいのは、あれだけの被害がありながら死者が一人も出なかったことが大きいだろう。
あとはもしかしたら、あの夜食べた焼肉パワーのおかげもあったりして。
――その一方、遠く離れたソルヴェイン王国の王都。
私と旦那様が通されたのは、王城内にある裁きの間。
正面の玉座にはソルヴェイン王が座り、その両脇には宰相をはじめとした王国の重臣たちが並んでいる。
そして、中央の罪人席にいるのは。
「…………」
両手両足を縛られ、自由に身動きの取れない状態で跪くガルド。
加えて背後には《金の盾》のディック、アマンダ、ドドリゴの三人も控えていた。
やがて裁判が始まると、まず読み上げられたのは先日の収穫祭襲撃についてだった。
国家間で禁具に指定されている《冥禍の笛》を使い、アルグレイン領の町中に大量のモンスターを生み出したこと。
さらに証拠を消すため笛を飲み込み、その結果現れたベヒーモスによって町に甚大な被害を出したこと。
旦那様やフレット様の証言、帝国側から提出された報告書などもあり、もはや事実関係に疑いの余地はない。
静寂に包まれる室内に、陛下の低く重い声が響く。
「亜人種を含む多くの者たちの尽力のおかげで無事に鎮静化できたからよかったものの、一歩間違えばどれほどの犠牲が出ていたか分からぬ。そもそも他国の領内で禁具を用いて民間人を襲わせるなど、断じて看過できぬ大罪だ」
「へ、陛下! それについては――」
ガルドが慌てて抗弁のために口を開こうとする。
しかし陛下は片手を上げ、それを制した。
「まだ終わっておらぬ。ガルドよ、そなたにはもう一つ、見過ごすことのできぬ罪がある」
「も、もう一つ……?」
「アイカ・フランベルに横領の濡れ衣を着せ、不当に国外追放へ追い込んだ件だ」
「っ……!」
予想外の指摘に、ガルドのみならず私まで驚いてしまった。まさかその件までこの場で追及されるとは聞かされていなかったからだ。
「ご、誤解です、陛下! あれは正式な裁判でした! 決して不当などでは……!」
「ほう、まだ言うか。ならば、直接関わった者に聞くとしよう」
陛下が視線を向けると、横の扉が開かれた。
……ま、まさか。
衛兵に連れられて入ってきた一人の人物を見て、私は思わず目を見開いた。
忘れるはずがない。その男は、かつて私に国外追放の判決を言い渡した裁判官だった。
「この者はすでに先行して尋問を受けておる。そして、そなたから賄賂を受け取り、アイカ・フランベルを追放するため不正な判決を下したことを認めた」
「そんな……!」
ガルドが勢いよく裁判官を睨みつける。けれど男は諦めたように顔を伏せたまま、目を合わせようともしなかった。
……でも、どうして?
そもそも王国は、私がギルドの資金を横領したものと信じていたはずだ。だからこそ、私が罪人として国外追放になっても誰も異を唱えなかった。
それなのに、どうして今になって裁判官の不正まで突き止め、あの事件の真相を知るに至ったのだろう。
そう思ったところで、ふと隣にいる旦那様と目が合った。
……あ。
「もしかして……」
「ああ、そういうことだ」
やっぱり。
小さく微笑んだ旦那様を見て、私も全てを察した。
そういえば旦那様は以前、私の濡れ衣を晴らすため、王国へ人を送り込んで調査を進めてくれていた。
あのとき集めた証拠が、王国側にも渡されていたんだ。
「お、お待ちください!」
逃げ道を失ったガルドが、今度は必死に身を乗り出した。
「たしかに多少の行き違いはあったかもしれません! しかしワシは長年、王国最大級の冒険者ギルドを率いてきた男です! 王国へどれだけ貢献してきたと思っておられるのですか! 弱小貴族の小娘一人とは、背負っているものの重みが違う!」
その言葉に、ディックたちも続く。
「そ、そうです、陛下! 僕たちだって王国唯一のSランクパーティーとして、数え切れないほど依頼を成功させてきたんですよ!?」
「オレらの活躍がなけりゃ、王国は今頃モンスターだらけだったはず!」
「そんな私たちを裁くなんて……!」
しかし、陛下の表情は変わらない。
「ほう。王国唯一のSランクパーティーとしての貢献、か。だが、その輝かしい実績を支えていた者こそ、そなたらが追放したアイカ・フランベルだったはず。違うか?」
「なっ……!?」
陛下の鋭く見下すような視線を受け、ガルドだけでなく《金の盾》の三人まで揃って顔色を変えた。
彼らが私のモンスター料理の効果に気づいていること自体は、私も知っている。だからこそ以前、わざわざ帝国まで私を連れ戻しに来たのだから。
けれどガルドたちは、その事実を王国には伏せたまま、虚偽の報告で乗り切ったつもりだった。
それゆえに、かつてのギルドの躍進が私の料理のおかげであったと陛下が気づいていることに驚愕しているのだ。
もっとも、それは私とて同じ。だから彼らと同じくびっくりしていたのだけれど。
「な、なぜ……」
「当然であろう。あのときすでに失敗ばかりであったそなたの報告を、余がそのまま信じると思うたか」
震える声で呟いたガルドに、陛下があっさりと言ってのける。
……なるほど。そういうことか。
あとで聞いた話によると、陛下はガルドからの報告を鵜呑みにせず、独自にアルグレイン領について調べを進めていたらしい。
その結果、私がモンスター素材を料理し、その力で騎士団や領民を支えていること。
そして、かつてブラッケスのギルドが躍進できたのも、その料理によるところが大きかったことまで突き止めていたのだとか。
「つまり、そなたらが今なお誇る地位も功績も、元を辿れば彼女の力に支えられて得たものだ。それを棚に上げ、自らの価値を主張するとは笑わせる」
「そ、そんな……」
今度こそ、ガルドたちは何も言い返せなかった。
「皮肉なものだ。そなたらが価値なしと見下し追い出した相手こそ、この国が失ってはならぬ人材だったということだ」
陛下はそれ以上の弁明を許さず、そのまま判決を言い渡した。
まず、不正な裁判へ加担した裁判官。それと以前、帝国内で私を力ずくで連れ去ろうとしたディック、アマンダ、ドドリゴの三人には、それぞれ地下牢での禁固刑が言い渡された。
加えて。
「《金の盾》からは“Sランク”パーティーの称号を剥奪し、“Fランク”への降格を命ずる」
「Fランク!?」
「う、嘘でしょ……!?」
「それってオレらがその辺の新人並になるってことか……!?」
「そうだ。一兵卒として出直すがいい」
陛下がはっきりと言い切ると、三人は愕然とした。
彼らにとってSランクという肩書きがどれだけ大きなものだったのかは、これまでの態度を見ていれば分かる。
それが今この時をもって、完全になくなったのだ。
ディックは「そんな……」とその場に膝をつき、アマンダとドドリゴも真っ青な顔で俯いている。隣では、裁判官の男も力なく項垂れていた。
「そして最後に――ガルド・バルディオス」
「……は、はい」
ガルドがゴクリと唾を飲む。
「まずはそなたをブラッケスの冒険者ギルドのマスターから解任し、それに伴ってそなたの持つギルドマスターの資格も剥奪とする。並びに、そなたが所有する土地や屋敷は売却し、隠し持っていた財産も併せて全財産を没収。それらは帝国へ譲渡した上で、アルグレイン領の復興費用に充てることとする」
「なっ……!?」
無論、それだけではない。
「そしてそなた自身は罪人として――”北方開拓地への流刑”とする」
「北方の開拓地!?」
その瞬間、ガルドの顔色が一気に青ざめた。
「お、お待ちを、陛下! あそこだけは……あんなところで働いたら死んでしまいます! どうかご再考を!」
北方の開拓地……私も名前だけなら聞いたことがある。
王国北部のさらに奥にある、ノクターン帝国とは別の国との国境沿い。ほとんど一年中雪に覆われた山岳地帯で、罪人たちが開拓や採掘に従事させられる場所だったはずだ。
一部ではそのあまりの過酷さから、「極刑の方が遥かにマシ」と恐れられているとも聞く。
けれどそんなガルドの嘆願には一切反応せず、代わりに陛下はこちらへ顔を向けた。
「だそうだが……アイカ・フランベルよ。今回の処分について、そなたから何か意見はあるかね?」
「え……」
不意に意見を求められ、少々面食らってしまう。
ふと視線を巡らせると、ガルドも私を見つめていた。
その目はなんとか情けを求めて縋っているようにも、あるいはこんな状況になったのはお前のせいだという強い恨みが込められているようにも感じた。
少し前までなら、あの視線を向けられただけで身体が固まっていたかもしれない。
でも今は――。
私は陛下へ向き直り、そして答えた。
「ありません」
そのひと言を合図に、控えていた衛兵が動き出す。
「ぐおっ! や、やめろ……やめろぉおおおおおおおっ!!!」
力づくで取り押さえようとする兵士たちに対し、ガルドは必死にもがいた。
けれど抵抗虚しく、彼は《金の盾》や裁判官の男ともども両脇を抱えられながら無理やり退出させられていく。
こうして、彼らを裁くための裁判は決着した。
やがて重臣たちも退出したあと、ソルヴェイン王が改めて私へ声をかけてきた。
「それにしても驚いたぞ。報告には目を通したが、モンスターを料理し、傷や疲労まで癒やすとはな。本来であれば、特別待遇を用意してでも王国へ戻ってきてもらいたいほどだ」
そう語る陛下の口調は、先ほどまでと打って変わって穏やかなものだった。直接話すのは初めてだけど、たぶんこっちが素なのだろう。
思ったより親しみやすく話しやすい印象でちょっとホッとする。
「だが、知らなかったとはいえ、国として不当な追放処分を認めてしまった以上、今さら戻れと言うのも虫が良すぎる話であろうな」
「……陛下。私は、なにも王国そのものを恨んでいるわけではありません」
ガルドがやったことを、この国に住むすべての人へ重ねるつもりはない。そのくらいは私にも分かっている。
「ただ、たとえ貴族の地位を取り戻したとしても、かつてのように務めを果たすことは難しいと思います。それに私はもう……帝国で新しい居場所を見つけましたから」
「そうか。そなたの意思はよく分かった」
陛下は静かに頷く。
「王国を代表し、改めて不当な処分を詫びよう。今後、王国がそなたの意思に反して連れ戻そうとすることもない」
「……はい。ありがとうございます」
私がお礼を述べると、隣にいた旦那様が一歩前へ出た。
「そのことですが……ソルヴェイン王、私から一つお願いがあります」
「なにかな、アルグレイン卿。そなたにも多くの迷惑をかけた。なんなりと申したまえ」
「アイカがモンスター素材を調理できることについて、王国内では伏せていただけないでしょうか。これが広く知られれば、必ずアイカの力を利用しようとする者が現れます。いろいろなことがあったからこそ、しばらくは穏やかに過ごしてもらいたいのです」
「旦那様……」
私が思わず呟けば、陛下も事情を察したように頷いた。
「うむ、それももっともだ。承知した。今回の調査に関わった者にも口止めを命じ、必要以上にその力が広まらぬよう取り計らおう」
「感謝いたします」
旦那様が深く頭を下げる。
そうしてすべての用事を終え、私たちは王城の外へと出た。
「やっと終わったな」
「……はい」
旦那様の言葉に頷きながら、私は麓の景色へ目を向ける。そこには久しぶりに見る王都の街並みが広がっていた。
私にとって、この国には楽しい思い出より苦しい思い出の方がたくさんある。
とはいえ、ここが生まれ故郷であることには変わりない。これでもう帰ってくることはないのだと思うと、全く寂しくないと言えば嘘になる。
それでも――。
「…………」
私は隣に立つ旦那様の横顔を見つめる。すると、その視線に気づいた旦那様が不思議そうに小首を傾げた。
「どうかしたか、アイカ?」
「いえ、なんでもありません」
私は少しだけ笑い、遠く山向こうへ視線を移した。
「帰りましょう、旦那様。私たちのアルグレイン領に」
ここまでお読みいただきありがとうございます。これにて二章完結&王国側との問題は一段落です。
ちなみに最初は金の盾も流刑にしようかと思いましたが、明らかにガルドと同格の罪は重すぎるのでFランク落ちにしました。それでも冒険者としては最底辺なので、禁固刑を終えて釈放された彼らにはきつい毎日が待ってると思います。(なにげにこの作品を書いてるとき、彼らをいじるのが料理パートの次くらいに楽しい)
なお、今後についてですが…………正直迷ってます。怪しい人物とかリスティンの謎とか残しておいてなんですが、我ながら思ったより今回のラストが大団円な気がしてしまい、続きを書くべきかどうか。。(一応構想はちゃんとあるので、もうちょっと悩んでみます。続ける際はしれっと投稿するか、事前に活動報告で告知するかもしれません)
ともあれ、ひとまず改めてお礼を述べさせてください。ここまでお読みいただきありがとうございました。
もしよろしければ、
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