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第9話 一方その頃、かつての職場は……③

 ソルヴェイン王国内――帝国との国境沿いにある町、ブラッケス。


 交易の往来も多く、冒険者にとっても実入りの良い仕事の絶えないその町で、いまひとり、噴火寸前の火山みたいに苛立たしげに脚を揺らしている男がいた。


 かつてアイカが働いていた冒険者ギルドのマスター――ガルドである。


 その目の前では、一人の部下が報告書の束を手に、びくびくしながら内容を読み上げていた。


「本日も討伐で二件、護衛で一件の任務失敗となっております。負傷者は多数で、受注したBランクパーティーだけでなく近隣住民にも骨折などの重傷者が出ております。それと、昨日受理した採取依頼においても突如現れたモンスターの襲撃により――」

「……いい加減にしろっ!」


 バンッ、と机を叩く音が鳴る。

 男性職員はびくりと肩を跳ねさせた。


「失敗だの負傷者だの……毎回毎回、そんなつまらん情報ばかり並べおって! いいからお前らは冒険者どものケツでも叩いて、無理やりにでも依頼を成功させるよう言ってこい! それと、“もし次また失敗したら、今後はギルドの医務室の利用を禁止する”ともなぁ!」

「し、しかしギルド長……そんなことをしたら、余計に彼らは……」

「えぇい黙れ! ワシに口答えするんじゃない!」


 ガルドの顔が怒りでみるみる赤くなる。


「いいからとっとと出て行け! でなければワシが貴様を鞭打ちにするぞ!!」

「ひぃっ! し、失礼しました!」


 部下は顔を青くして頭を下げると、逃げるように部屋を出ていった。


 だが、静かになったところで怒りは収まらない。


「ったく、どいつもこいつも使えん無能どもが!」


 ガルドは舌打ちしながら、乱暴に椅子へ背を預けた。


 一番最初に「依頼の成功率が落ちている」という報告が上がってから、すでに二か月あまり。あれやこれやと思いつく対策は一通り試してみた。

 しかし状況は持ち直すどころか、むしろ坂道を転げ落ちるみたいに悪化し続けている。


 なかでも痛手だったのは、Sランクパーティー《金の盾》の失速だ。


 先日のタイラントベア討伐では全滅したとの報告がありながらも、実際の彼らはかろうじて一命をとりとめ生還はした。

 だがその敗走を皮切りに、その後の任務も失敗続き。現在は暫定的に低ランク任務へ回さざるを得なくなっている始末である。


 もちろん低ランク依頼でも金にならないわけではない。しかし、《金の盾》が本来稼いでいた額と比べれば、そんなものは雀の涙だ。

 そのためギルド全体の収益はみるみる細り、このところは過去の蓄えと細かい案件をかき集めて、どうにか食いつないでいる状態だった。


「くそったれめぇ……」


 こんなはずではなかった。

 あの貴族の小娘に己の罪をなすりつけてギルドから追い出した時点で、厄介事はなにもかも片付いたはずだったのだ。


 なのに現実はどうだ。


 依頼は失敗続き。負傷者は増える。収益は落ちる。

 職員も冒険者も、揃いも揃って泣き言ばかり。


「あの役立たずどもが……。どいつもこいつもワシの足を引っ張りおって……!」


 そのときだった。

 誰かがコンコン、と部屋の扉を叩いた。


「ちっ……!」


 さっき追い返したばかりだというのに、また無能が戻ってきたか。

 今度はなんだ、包帯が足りんだの、ポーションを買う金がないだの、そんな話か。


「おい誰だ!? 報告ならもういいと言っただろうが! とっとと失せ――」


 怒鳴りながら顔を上げた、その瞬間。

 開け放たれた扉の先に立っていた人物を見て、ガルドの声がぴたりと止まった。


「すまない、お取込み中のところ失礼するよ」


 現れたのは、従者を伴った高貴な壮年の男性だった。


 上質な衣服を隙なく纏い、品の良さと堂々たる威厳を自然に漂わせている。一目で上級貴族とわかる風格の持ち主だった。


「あ、あなたは……エルグラーデ卿!」

「やあ、これはこれはギルド長殿。突然押しかけてしまって申し訳ない」


 そう穏やかにほほ笑んだのは、シリウス・エルグラーデ。

 栄えあるソルヴェイン王国の侯爵にして、このギルドの顧客でもある人物だ。


 冒険者ギルドの収入源は、日々持ち込まれる個別依頼だけではない。

 貴族と専属契約を結び、護衛や領内のモンスター討伐、開拓地の調査などを請け負うことも珍しくなく、資産のある上級貴族は継続的に大金を落とす上客だ。

 だからこそ各ギルドは、日夜あの手この手で貴族に取り入ろうと必死になっている。


 その中でも、エルグラーデ家は別格だった。

 侯爵家という身分の重みはもちろん、資金力も影響力も桁が違う。


 つまりはガルドにとって、絶対に無下に扱うことのできない相手なのである。


(な、なんで侯爵が直々に……? しかもこんなタイミングで……!)


 なんであれ、今この方を怒らせることだけは避けなければならない。


「おや、どうしたんだい? 顔色が優れないようだが。もしかしてお邪魔だったかな?」

「い、いえ! 滅相もございません! 少々別件で気が立っておりまして……ささ、どうぞこちらへ! おい、誰かいないのか!? さっさとお茶と茶菓子を用意せんか!」


 部屋の外へ向かって怒鳴りながら、ガルドは慌てて取り繕うような笑顔を浮かべつつ、応接用のソファへと促す。

 一方、そんな彼をシリウスは軽く手で制した。


「ああ、気遣いは結構。どうせ長居するつもりはないのでね」


 そう言って、「アレを」と従者へ目配せする。

 従者は無駄のない動きで一歩前へ出ると、一通の書状をガルドへ差し出した。


「……?」


 訝しみながら受け取り、封を切る。

 そしてそこに記されていた文面を読んだ瞬間、ガルドは目が点になった。


「……………………『()()()()の通告』?」


 そこに記されていたのは、エルグラーデ家がギルドと結んでいた屋敷周辺の警護を司る専属契約を破棄する旨だった。


 数秒遅れて意味を理解したガルドは、思わず声を裏返らせた。


「お、お待ちくださいエルグラーデ卿! 契約解除とはいったい……!? ど、どうしてです!?」

「どうして? 理由なら、すでに貴殿にも察しがついているのでは?」


 シリウスの声音はあくまで穏やかだった。怒鳴るでもなく、責め立てるでもない。

 けれど、その落ち着きがかえってガルドを追い詰める。


「はっきり言おう。このところの君たちの仕事ぶりは、さすがに目に余る。少し前からギルドで失敗が続いているとは噂で耳にしていたが、先日はついに我が屋敷の敷地内にまで魔物の侵入を許したそうじゃないか」


 それは数日前の一件。

 当主であるシリウスが不在だった折、エルグラーデ家の敷地内へモンスターが入り込み、庭師が負傷するという事件があった。


「幸い、我が家の私設騎士団がその場で対処したから最悪の事態には至らなかった。……が、こちらとしても大事な使用人が傷を負った以上、“次は気をつけてくれたまえ”で済ませられる話では到底ない」


 シリウスは静かに結論づける。


「ゆえに、ここらで契約そのものを見直そう、という判断を下したわけさ」

「し、しかし……! こんな突然、それも一方的に打ち切りだなんて、法が許すわけ――」

「いいや。契約書には安全保障における最低条件を取り決めた条項がある。屋敷内で負傷者が出た時点で、すでにそちらは契約違反を犯している。不当とはなるまい」


 なおも食い下がろうとするガルドに、シリウスはきっぱり言い放つ。


 そしてさらに追い打ちをかけるように、彼の従者がもう一通の書面を差し出した。


「ちなみに契約上はモンスターによって壊された塀や花壇などの損害についても、修繕費を貴ギルドが補填する取り決めとなっております」

「……は?」

「こちらはその請求書でございます」


 そこに並んだ数字を見た瞬間、ガルドは心底目を見開いた。


「こ、こんな額……!」


 払えるわけがない――凄まじい金額にガルドは青ざめた。


 だが、シリウスは狼狽するガルドを置いたまま、「では失礼するよ」とだけ告げて去っていく。

 あとに残されたガルドは、請求書を握りしめたままその場へへたり込んだ。


「う、うそだ……」


 エルグラーデ家との契約は、ただの一件ではない。

 金額も痛いが、それ以上に“侯爵家に選ばれたギルド”という看板を失うのがまずかった。

 もしここから他の貴族たちまで離れ始めたら……。


 いや、それだけではない。


 わがギルドは王国唯一の“Sランク”。

 その称号を与えているのは、もちろん国の頂点であるソルヴェイン王である。


 今はうまく誤魔化しているが、もしこの現状が陛下のお耳にまで入るようなことがあれば――。


「ど、どうする……どうするどうする……!」


 ふと視界の端の鏡に映った自分の顔は、ほんの短時間でひどく老け込んで見えた。


 そこへまたしても来訪者が現れる。


「マスター、大変です!」


 血相を変えて部屋へ飛び込んできたのは、ギルドの若手職員だった。


「またか……今度はなんだ?」


 さっきまでなら怒鳴り散らして追い返していたところだが、いまのガルドにはその気力すらなかった。


「い、いえ、それがその……先ほど()()から使者の方がお見えになりまして……」

「………………王都?」


 背筋がひやりとした。


「は、はい。なんでも、『国防に関する“重要事項”を確認するため、至急王城へ参上せよ』との通達が……」



 その瞬間、ガルドの顔からはついに血の気が消え、足は生まれたての小鹿のように震えた。


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