第10話 雑用令嬢、妖精に出会う①
ノクターン帝国、アルグレイン領。
その領地を守る騎士団の詰所では、今日も今日とて次の任務に向けた作戦会議が開かれようとしていた。
そこには私――アイカ・フランベルも同席している。
無論、はじめの頃はやっぱりさすがに場違いなのではと思った。
森でのヒュドラ討伐しかり、さまざまな遠征を経てだいぶ騎士団内に溶け込めたとはいえ、まさか会議の段階から参加なんて……。
しかし、そんな風に考えていたのも今は昔。
回数を重ねるうち、今となってはむしろ参加するのが当たり前みたいな空気になりつつある。
だから、それ自体は別にいい。いいんだけど――
「おはようございます、姉御!」
「姉御、こちらお飲み物です!」
「へへっ、力加減はどうですかい、姉御」
「……う、うん。みんなありがとう」
最初に料理を振る舞って以降、どういうわけか私はすっかり団員のみなさんに懐かれてしまったようで……。
今では顔を合わせるたびに部活の先輩後輩のような挨拶は当然、飲み物を差し出されたり、頼んでもいないのに肩を揉まれたりと、妙に至れり尽くせりな扱いを受けている。
いやまあ、好意を向けられるのは嬉しいんだけどね。
でも、さすがにここまで露骨にかしずかれると、ちょっとばかし落ち着かない。
……しかも結局なぜか「姉御」呼びが定着してるし。いやほんと、どうしてこうなったの。
そして、困ったことはさらに他にもあり――。
やがて団員たちが全員そろい、会議が始まる。
壇上に立ったのは、もちろん騎士団長である旦那様だ。
「よし。では今日こなす任務について、皆に意見を募りたい」
領内の安全を守るための会議。
そう聞けば、普通の人はきわめて真面目な議論の場を想像するもの。
けれど、現実は少し違った。
「まず一つ目の候補はサラマンダーで、こいつはミソ焼きが絶品らしい」
「「「ミソ焼き……」」」
「続いてはベヒーモス、こちらは腕や足の“すじ”を煮込むとトロトロの食感になってオススメだとか」
「「「煮込み……」」」
「そして最後がデーモンフィッシュだ。この魚はおもしろくてな。生息地は川なんだが、味わいはどちらかと言うと海の魚に近く、ほどよく脂が乗っていて濃厚な味わいが楽しめるとのことだ。さて、どれがいい?」
…………。
「う~ん、あっしはサラマンダーがいいっすね~。ミソ焼きでご飯を書き込みたいっす」
「おい馬鹿なこと言うな! このラインナップなら煮込み一択だろう! なんのためにオレが今日、家から秘蔵の米酒を持ってきたと思ってる!」
「いやいやいや、それで言うならデーモンフィッシュっしょ! 米酒といったら魚……これ鉄板だから。ゼッタイ川だって!」
……なんか献立で多数決取ってる!!!
団員たちは真剣そのものの顔で、それぞれ食べたいモンスターについて熱弁を交わしていた。
作戦会議のはずなのに、場の空気はすっかり「次は何を食べるか」で盛り上がる食堂みたいになっている。
しかも献立がやけに具体的なのも気になる。
そういえば昨夜、旦那様からモンスターの一覧を見せられて、それぞれどう食べればおいしいかを聞かれたっけ。
てっきり単なる興味本位かと思っていたけど、今にして思えばあれはこのためだったのね。
とはいえ、理解はしたけど納得するかは別問題というか。
「……あの~、よろしいんですか旦那様?」
「ん? どうしたアイカ?」
「いや、こんな決め方で任務の内容を決めてしまっていいのかなと。こういうのって普通、もっとモンスターの危険度とか出現地域とかを吟味して、その上で領民の安全面から優先順位を決めていくものなんじゃ……」
我ながら至極まっとうな意見を言ったつもりだった。
もちろん食欲が旺盛なのは結構だが、それで民が傷ついたら元も子もない。騎士団としても名折れである。
が、旦那様は「なんだ、そんなことか」とでも言いたげに笑った。
「いやなに、その辺は心配ない。我々の任務は基本的に予防がメインだからな」
「予防、ですか?」
「ああ。ここ数年、ここのみんなで近隣のモンスターはかなりの数を討伐したからな。だから緊急案件でもない限り、そうそうすぐに街まで危険が及ぶこともない。多少後回しにするだけの融通は利くさ」
「ああ、なるほどそういう……」
つまり、きちんと守るべき安全はすでに確保した上で、その範囲内で少し遊び心を混ぜている、と。
う~~ん……それならまあ、いい……のかな?
でも旦那様がそう言うなら実際大丈夫なんだろう。他のみんなも、さすがに領民の安全より自分の食欲を優先するような人たちではないし。
などと考えているうちに、どうやら意見が出そろったらしい。
各モンスターの名前と票数が書かれた黒板の前で、旦那様が一同に向かって高らかに告げる。
「よし! では多数決の結果、本日の任務はデーモンフィッシュの討伐とする。残った食ざ……モンスターは明日以降とし、直ちに川へ出発だ!」
「「「おう!」」」
川か。なんだかんだ、久しぶりに行くなぁ。
……というか今、食材って言おうとしなかった?
そんなわけで、私たちは意気揚々とデーモンフィッシュの目撃情報のあった領内の河原までやってきた。
澄んだ水が流れる川辺は見晴らしもよく、風も気持ちいい。
普通なら任務先としてはむしろ当たりの部類に入る景色だろう。
しかし、到着から数時間――。
「ダメです団長! この辺りにはどこにもいやがりません!」
「上のほうも空振りでした!」
「下流も同じくっす!」
散開していた騎士たちの報告が次々と飛んでくる。
肝心のデーモンフィッシュが一向に姿を現さないのだ。
浅瀬も深みも、岩陰も流れの緩い場所もひと通り確認した。
それなのにそれらしい影すら掴めず、現場の空気はだんだん微妙なものになりつつあった。
「なかなか見つかりませんね。ここまで探して見つからないとなると、もしかしたらもう川を下って海まで逃げちゃったんでしょうか」
「……かもしれん」
川面を見つめながら呟いた私に、旦那様が渋い顔で頷く。
周りを見れば、他の団員たちにもじわじわと焦りや苛立ちが滲みはじめていた。
「ま、まあ、それならそれで良かったのではありませんか? 少なくとも、このあたりの危険は去ったということですし……」
もし本当にこの場から離れてしまったのなら、それはそれで住民の安全は守られたということになる。
ひとまず前向きに受け止めるべきでは。
そう思って口にしたのだけど――
「良いわけがないだろう!」
珍しく旦那様が声を荒げる。
「なあアイカ、俺たちがここへ何をしに来た?」
「えっと、デーモンフィッシュの討伐、でしょうか……」
「違う!」
え、違うの?
「魚を食べに来たんだろう! それなのに、このまま何も食べずに帰るなんて……それじゃあ俺たちは、いったい何のためにはるばるここまで来たと言うんだ!」
ええ……。
欲望を一切包み隠さない、あまりにも堂々たる宣言に思わずたじろいでしまう。
けれど一方で周囲の団員たちは「そのとおり!」とでも言いたげに大きく頷いていた。
いやいや、違いますよね? 領内の安全を守るために来たんですよね?
とはいえ、ここまで露骨に落胆されると多少の同情も湧いてくる。
たしかにあれだけ出発前にあれやこれやとご飯の話で盛り上がっておいて、結局何も食べられず解散――というのは気の毒っちゃ気の毒ではある。
せめて普通の川魚でも釣って口を満たせれば少しは違うのだろうけど……。
が、空を見上げれば、すでに日差しは傾きかけている。
今から釣りの準備をしても、まともな収穫があるかは怪しい。帰りの時間だって考えないといけない。
「どうする……?」
「このまま撤収か……?」
「いやでも、魚が……」
途方に暮れたような空気が、河原にじわりと広がる。
そのときだった。
――うぅ……。
どこからともなく、苦しそうに呻く人の声が聞こえた気がした。
「……今の声、聞こえましたか?」
「ああ。あっちだ」
急いで声のした方へ向かう。
……が、そこにいたのはなんと人間ではなかった。
手のひらに乗りそうなほど小柄で、背には羽がある。
あれは――。
「………妖精?」




