第11話 雑用令嬢、妖精に出会う②
「………妖精?」
初めて見た。とってもキレイ。まるで雪の結晶が人の姿を成したかのよう。たぶんだけど男の子っぽい。
ただ、今は見惚れている場合じゃない。
その妖精は河原の石陰にうつぶせに倒れ、見るからに弱りきっていたのだ。
「大丈夫ですか!? どうされました!?」
もしかしたらどこか怪我でもしているのかも。だとしたら早く助けないと!
慌てて駆け寄ると、妖精は弱々しい声でこう訴えてきた。
「おなか……すいた……」
「お、おなか……?」
あれ? なんか既視感……?
いつぞやの旦那様との出会いが思い出される。というか、妖精ってお腹とか空くんだ。
……ま、まあでもいいか。怪我よりはずっといいし。
「ちょっと待っててくださいね。今、何か食べる物を……」
私は魔法袋からおにぎりを取り出し、妖精へと差し出した。
お昼に持ってきた残りで、ちなみに具は“ごま昆布”と“アサリの佃煮”の二種類。
「おお……! かたじけない……!」
さっきまでふらふらだったのが嘘みたいに妖精の瞳が輝く。
そしてそのまま彼は飛びかかるようにかぶりつくと、自分の身の丈くらいもあるおにぎりをガツガツと夢中で食べ始めた。
「すごい勢いだな……」
「よほど空腹だったんでしょうね」
旦那様とそんな会話を交わしているうちに、妖精はあっという間におにぎりを平らげる。そして「ふぅ」と満足げに息をつき、すっかり元気そうに胸を張った。
「いやぁ、助かったぞ。こんなウマい握り飯を食べたのは初めてだ。礼を言う」
「い、いえ。ご満足いただけたようで……」
「うむ、なにか望みがあれば聞いてやろう。遠慮なく申せ」
なんというか、妙に尊大な態度だこと。
子どもっぽい見た目の割に、口調も老獪というか。
けど不思議と嫌味はない。
むしろ小さな体で偉そうに腕を組んでいる様子は、ちょっと愛嬌すらある。
そこで私たちは、ここまでの経緯を手短に説明してみることにした。
川に来たのはデーモンフィッシュを討伐するため。でも、いくら探しても全然見つからなかったこと。
すると妖精は、大したことでもないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「なんじゃ、それならワシに任せるがよい」
そう言って小さな指をひと振りする。
次の瞬間――川面が一瞬で凍りついた。
「なっ……!?」
「川が……!」
ひんやりとした冷気が河原を包み込む。
先ほどまでさらさらと流れていたはずの水が、まるで時を止められたみたいに静止している。
「ほいっと」
妖精がさらに指を一振りする。
すると凍った水面に無数の白いひびが走り、さらにピシピシと大きな亀裂となって深く広がっていった。
やがて川底から浮かび上がってきたのは、探し求めていた巨大な魚影で――。
「あ、あれは……!」
「デーモンフィッシュだ!」
青銀色の鱗に覆われた大ぶりの魚体に、鋭い背びれと不自然なほど大きな牙。
ついに姿を現したデーモンフィッシュは、もがく暇すらなく氷の中で絶命していた。
あまりにも一方的で、あまりにもあっけない決着。
騎士団のみんなはそろって呆然とし、しばらく誰も言葉を発せない。もちろん私も。
そんな中、妖精だけが得意げに胸を張っていた。
「ふふん、驚くことはない。これくらい、ワシにとっては朝飯前じゃ」
まあ食後なんですけどね……というツッコミはさておき、さらに妖精は衝撃の発言を重ねる。
「なにせワシは――“氷の大妖精”だからな」
「氷の大妖精!?」
その一言に、旦那様の表情が変わる。
「まさか……あなたは、あのフロストーレ様か」
「ほう。知っておったか」
「ええ、もちろんです。氷の大妖精“フロストーレ”様と言えば、数多いる妖精種の中でも最古参とされ、我々人間からも広く崇められる存在ですから」
たしかに私も聞いたことがある。昔、子どもの頃に読んだ絵本のおとぎ話にも出てきていたもの。ほんとに実在したんだ……。
でも、そんなまさに伝説級と言っていい方が、どうしてこんな河原で空腹のあまり行き倒れていたのかしら?
気になることは多々あるが……。
「さて、どうする? 察するに、お主たちがコイツを探していたのは危険を排除するためであろう? であれば、このまま粉々に砕いてしまってもよいが?」
フロストーレ様は、念動力みたいなものでデーモンフィッシュを持ち上げながら軽い調子で言った。
自分の何十倍ものサイズのモンスターを小魚のように扱う姿は、まさしく大妖精の勇姿。
……って、ちょっと待った。それは困る。
「いえ、それについてはお待ちくださいフロストーレ様。その子にはまだ使い道がありますので」
「む? どうするのじゃ?」
きょとんと首をかしげるフロストーレ様に、私はさも当然のように答えた。
「もちろん、食べるんです」
「………………は?」
***
それからほどなく、調理が始まる。
川辺には団員の皆さんがせっせと石を積んで作ってくれた即席の竈が組まれ、その上には相撲部屋にでもありそうな大ぶりの土鍋がデン!と居座っている。
私は慣れた手つきでデーモンフィッシュを解体すると、まずアラの下処理から始めた。
熱湯をさっと回しかけて霜降りにし、浮いてきた血や汚れを丁寧に洗い流す。そうして臭みを取ったアラを出汁の張った鍋へ入れ、弱火でじっくり炊いていく。
その様子を見ていた旦那様が、興味深そうに声をかけてきた。
「ほう、今日はスープなのか? てっきり丸焼きにでもするのかと思ったが」
「スープというより、“お鍋”ですね。今の時期のデーモンフィッシュは脂がよく乗っていますから。鍋にするとその脂が出汁へ溶けて、魚の旨味を丸ごと味わえるんです」
「……ほう?」
あ、そっか。この世界の人たちからすれば、お鍋自体が初なんだ。
先日前世の記憶を思い出した際に分かったことだけど、この世界は総じて料理文化があまり発達していない。
だからモンスターうんぬんを抜きしても、私の作る料理はちょっと異端に映るらしい。
そしてもっと言うなら、この世界では“出汁を取る”という考え方すらもさほど一般的ではない。
そのせいか、さっきから騎士団のみなさんもそろって興味津々といった様子で鍋を覗き込んでいる。
「おい、あの鍋の中にある木の皮みたいなのはなんだ?」
「コンブ……って言うらしいぜ。海藻の一種なんだと」
そんな声が背後から聞こえてくる。
「ところで、魔物にも旬ってあるんだな。オレはそっちにビックリだぜ」
「ええ、ありますよ。個体差にもよりますけど、脂の乗り方は気候とか時期でだいぶ変わるので」
ちなみにこのデーモンフィッシュ、前世の味でたとえるなら大体“ブリ”に近い。だから鍋との相性も抜群というわけ。
そんな説明をしながら火加減を確かめていると、そのそばではフロストーレ様が妙に落ち着かない様子でふわふわ宙を漂っていた。
「な、なぁ。本当に食う気か……?」「どうなってもワシは知らんぞ……」
しきりに私の頭上を旋回しながら、ブツブツと呟く。さっきからずっとこの調子だ。
聞けば、氷の大妖精として長い時を生きている彼にとっても、魔物の実食は初体験らしい。
さっき一応、旦那様や騎士団のみなさんも交えて「ちゃんと調理すれば問題なく食べられますから」と説明はしたのだけど、培った長年の常識はそう簡単には覆らないみたいで、まだ半信半疑といった顔をしている。
もっとも最後には、「まあ……あのウマい握り飯を作ったおぬしなら……」と、やや渋々ながらも納得してくれていたけど。
「さて」
私は出汁を取っているあいだに、今度は背身の処理に移る。
分厚い身を二センチほどの厚さに切り分け、軽く塩を振ってしばらく置く。下味をつけると同時に、余分な水分を引き出すためだ。
やがて鍋の中では、アラから脂がじわりと溶け出し始める。
透き通っていた出汁は少しずつ旨味を含み、わずかに白く濁りはじめた。
それを見た騎士団員たちの目の色が変わる。
「やべぇ、なんかすでにウマそう……!」
「ああ……! 脂の香りがホワッとして、こう……食欲を掻き立てられるっつーか……!」
「な、なあ……ひとくちでいいからそのスープ飲ませてくれないか……?」
「ふふ、ダメですよ。お楽しみは後に取っておかないと」
一方、いつの間にか不安より興味が勝ってきたのか、フロストーレ様も全身に湯気を浴びながら興奮したように目を細めている。
「ふ~む、たしかにこりゃ格別じゃ。これがあの凶悪な魔物から発するニオイとはのぅ。カラダはこんなにも熱いのに、ちっともこの場から離れる気になれん……これぞさしずめ、出汁のロウリュじゃ!」
出汁のロウリュ!? 何を仰っているんですかフロストーレ様!?
……とまあ、そんなこんなありつつ十分に旨味が出たところで、私はアラと昆布を引き上げ、塩と酒で味を整えていく。
続けて、具材として屋敷から持参した白菜、長ねぎ、豆腐、えのきを投入。
今回は事前に献立を決めていたから、準備もばっちりだ。
「そして最後にお待ちかね――」
野菜が少ししんなりした頃合いを見測って、ここでデーモンフィッシュの身を鍋の中へ。
身は煮すぎると固くなるので、弱めの火で静かに熱を通す。
分厚い切り身は徐々にゆっくりと白く変わり、自然にほろりと割れはじめる。周囲からまた「おお……!」という声が沸いた。
そして。
「できました!」
――《デーモンフィッシュの絶品ウマ塩鍋》の完成です!




