第12話 雑用令嬢、妖精に出会う③
河原には大きな鍋を囲むように旦那様と騎士団のみなさん、それにフロストーレ様がずらりと並んでいた。
こういうとき、いつもは決まって旦那様が最初のひと口を食べるんだけど――。
「いや、ここはやはりフロストーレ様からだろう」
「ぬ? よいのか!?」
「もちろんですとも。こういうのは年長者からと相場が決まっております。それになんといっても大妖精様ですから」
「おおっ、リスティンと言ったか! おぬし、話がわかるではないか!」
フロストーレ様は、見るからにわくわくした様子で身を乗り出した。
ついさっきまで「本当にモンスターを食すのか……?」と怯えていたのが嘘みたいな変わりようだ。
「う~かたじけない! ではお言葉に甘えて……」
贅沢に分厚く切られたデーモンフィッシュの白い身を、フロストーレ様が箸で持ち上げる。
ちなみに箸は小柄な妖精用に木の枝を削った専用のもの。それだけでなく、お椀も河原に落ちていた笹の葉らしき葉っぱで急きょこしらえた。
そして、フロストーレ様はふうふうと軽く息を吹きかけたあと――。
「……ぬおおおおおおおおおっ!!!! な、なんじゃこの身はああっ! 口に入れた途端、あっという間にほどけて消えおったぞ!」
ひと口含んで即、つぶらな瞳がカッと見開かれた。
「しかもじゃ! 消えたと言っても、ただあっさり消え失せただけというわけではない! 身がほぐれると同時に旨みを凝縮した脂がジュワっと内側から溶け出し、口の中いっぱいに芳醇な魚の味わいをぶちまけながらいなくなりよった!」
デーモンフィッシュ――あるいは前世で言うところのブリの身は、見た目のせいで白身魚と勘違いされがちだけど、実際はマグロやカツオと同じくれっきとした赤身魚に分類される。
白っぽいのは主に脂を多く含むから。ゆえにパッと見は白くて淡泊そうでも、その味わいはとても深くてジューシーなのだ。
ちなみに、逆にあれだけオレンジなサーモンが分類上では白身魚になるらしい。初めて知ったときは、私もちょっとびっくりした。
……なんて豆知識を思い浮かべているうちに、どうやら我慢の限界が来たらしい。
「こやつ……一見あっさりした味わいを想起させる見た目のくせに、なんという懐の深い味じゃ! 美味い! これは美味いぞ!」
ほふほふと頬張りながらなおもフロストーレ様が興奮気味に叫ぶ。
その様子に対し、それまで大人しく見守っていた団員のみんなも「なぁ、もういいよな……?」「ああ!もうガマンならん!」と一斉に鍋へ殺到した。
「なんじゃこりゃああああ!!!!」
「ほ、ほんとだ! 噛んだ瞬間にアブラがジュワッと広がって……!!」
「うおおおおお!!! うめぇええええ!」
あちこちから木霊する歓喜の雄叫び。各々がデーモンフィッシュの身に舌鼓を打つ。
さらには――。
「ぶはぁああああ!!!!」
「くぅ~っ、このスープも最高だぜ!!!」
「今日は散々川辺を歩きまわったからなぁ! こんな日は、あったかい汁が冷えた体に沁みるぜぇ……!」
「ああ、さすがアイカの姉御だ! 一気に蘇った心地だ!」
うんうん、やっぱりそうよね。
季節的にはまだ冬ってわけじゃなくても、川辺の空気はやっぱり少し冷える。
しかも夕方ともなればなおさらだし、おまけにあれだけ歩き回ったあとなら、温かい汁物が身に染みるのも当然だ。
他にも、出汁をたっぷり吸った白菜はくったりと甘くしなり、豆腐や長ねぎ、えのきといった具材たちも負けじと存在感を放っている。
「うぅむ、まこと魚の旨味がよう出ておる良い料理じゃ。たしか“ナベ”……と言ったか。実にあっぱれじゃ。最初にモンスターを食べると言い出したときはギョッとしたが、まこと恐れ入ったぞ」
そう満足げに語ったのは、すっかりお鍋の虜になったフロストーレ様だ。
ただ、そうしてしみじみ頷きながらも、箸を動かす手が止まる気配はまったくなく……。
「ちょっ! フロストーレ様、それもう四切れ目じゃないっすか! ズルいっすよ!」
「うるさい! 誰が釣った魚じゃと思っておる! ワシに一番たくさん食べる権利があるに決まっておろう!」
咎めた団員の一人に、フロストーレ様が噛みつくように吠える。
ここだけじゃない。ふと視線を巡らせれば、あちこちで「あ、それ最後の豆腐!」「待て、そのデカい身は俺が狙ってたんだ!」などと取り合いが発生している。
その様はさながら歳末のバーゲンセールのよう。こらこら、みんな喧嘩しないの。
ほどなくして、あれだけたっぷりあった鍋の具材はきれいさっぱり消え去った。
「……ふぅ、食った食った」
「うまかったぁ……」
「ああ。体もポカポカだぜ……」
「もうこのまま河原で寝たいくらいだ……」
食後、みんなそろってすっかり気の緩みきった表情を浮かべる。
美味しいものをたらふく食べて、体も温まって、お腹いっぱいで幸せ。そんな空気が河原いっぱいに広がっていた。
……が、しかしだ。
あいにくお開きにはまだ早い。少なくとも、私はこれで終わらせるつもりなど毛頭ない。
だってそりゃそうでしょう? むしろお鍋と言ったら、ここからが醍醐味なんだから。
「おや? もしやみなさん、もう満足してしまったのですか?」
「「「え?」」」
どこか意味ありげにほほ笑んだ私に、ぽかんとした顔が並ぶ。
そんな彼らを前に私が魔法袋から取り出したのは、細長い束だった。
「あ、アイカ……それはいったい?」
どこか恐る恐るといった顔で旦那様が尋ねてくる。
「“小麦麺”です。鍋と言ったら、やっぱり〆でしょう?」
「こ、小麦麺……!?」
驚愕する旦那様。一方、私の視線は鍋の中へ。
たしかに具材はすべてなくなってしまった。
けれどその代わり、ここには魚の旨みや野菜の甘みが丸ごと溶け込んだ極上の汁が残っている。これを使わない手はない。
「ん、おいし」
温め直すついでに、私もちょっとだけ味見。そうそう、これこれ。最初のひと口とはすっかり別の味わいになってる。
そこへ小麦麺を投入し、麺がほぐれたところで、仕上げに細く刻んでおいた柚子の皮と絞った果汁を軽く落とす。
すると先ほどまで立ちのぼっていた濃厚な魚介の香りに、今度は澄んだ爽やかさが重なった。う~ん、いい香り。
「できました!」
これこそ鍋として楽しんだデーモンフィッシュの旨味を、最後の最後まで余すことなく味わうための一杯。《デーモンフィッシュの絶品ウマ塩鍋》、改め……
――《デーモンフィッシュの絶品柚子塩ラーメン》の完成です!
「ぐ、ぐおおおお……!」
「やべぇ……! さっきまで、もう食えねぇってくらいギチギチの満腹だったはずなのに……!」
「ちくしょう! ヨダレが止まらねぇぜ!」
お腹はもういっぱい。なのに、それ以上に本能が訴えてくる。
早く寄越せ、今すぐ食わせろ、と。
そんな色めき立つ空気に押されるようにお椀へよそえば、あとはもう瞬殺だった。
「くぅあああ! 鍋も最高だったが、こっちもうめぇええ!!!!」
「具材のうまみが全部溶け切ったスープと麺が絡んで、絶妙すぎる!」
「そんで最後に入れた柚子がまたいい味出してやがる! 後味がさっぱりだから、いくらでも入っちまう!」
「ああっ! こいつぁ、まさに〆にピッタリだ!」
さっきまでの満腹そうな様子はどこへやら、誰も彼もが一心不乱にズルズルと小麦麺をすする。
しまいにはスープまでも最後の一滴が惜しまれるように飲み干されていった。
やがて空になった鍋の底。
そこに寝転がったフロストーレ様が、のぼせたような顔で呟く。
「……うむ。結構なお手前だったのじゃ」
はい、お粗末様でした。
これにて正真正銘ごちそうさま。任務も無事終了し、新たなモンスター料理のファンまで増えてめでたしめでたし。
――というところで。
「そういえば今更ですが、フロストーレ様はなぜあんなところで行き倒れていたのですか?」
ふと旦那様が尋ねる。
するとフロストーレ様は「ああ、そのことか」と、緩みきっていた顔を少しだけ引き締めてこう言った。
「実はの、もともとワシはソルヴェイン王国におったのじゃ。だが、わけあってこっちに逃げて来たんじゃよ」
え、王国から? どうしてですか?
「ここ最近、やたらとモンスターの数が増えたんじゃ。もっと正確に言えば、以前なら難なく駆除できていた魔物が駆除できず、対応が追いついておらんようなのじゃ」
無論、大妖精の力をもってすれば、並のモンスター相手に後れを取ることはない。けれど元来、妖精は不用意に俗世へ干渉するものではないという習わしがあるらしい。
だから襲われても必要以上に手は出せず、結局は棲み処を移すことにしたのだとか。
でもいざ移住を決行したら、想像以上に山越えが大変だったようで……。
「お腹が減り過ぎて途中で力尽きてしまった――というわけじゃ」
「なるほど……」
たしかに山の中ってモンスターに食い荒らされるせいで、普通の木の実や果物なんかが少ないものね。
「ちなみに、王国ではどのあたりにいらしたんですか?」
私が何気なく尋ねると、フロストーレ様はあっさり答えた。
「ブラッケスじゃ」
「え」
その名前に、私は思わず目を瞬かせる。
――そこって、私がいた町だ。
「そこには優秀なギルドがあってな。数年前からメキメキ力をつけ、今じゃ王国最強のギルドなんて呼ばれておる。だからワシも、ここならゆっくりできそうじゃと気に入って近くの森に住んでおったのじゃ」
が、そこでフロストーレ様は残念そうに大きく溜め息をついた。
「しかし、あるときから急にダメダメになってしまっての」
「あるとき?」
「うむ、だいたい二ヶ月くらい前からかの。任務は連戦連敗の失敗続き。出向いても出向いても、増えるのはモンスターの死骸どころか自分とこの負傷者ばかりじゃ。おかげでワシもあっけなく安住の地とおさらばよ」
「それは災難でしたね。フロストーレ様さえよければ、しばらくうちの領でゆっくりしていってください」
旦那様が同情するようにそう声をかけると、フロストーレ様はありがたそうに頷きながら私の方を見た。
「ああ、そうさせてもらおう。ここは王国に比べれば穏やかじゃし、なにより“素晴らしい料理人”もおることだしの」
「……そんな。私なんてただのメイドですよ」
「そう謙遜するでない。ワシゃ何百年も生きておるが、今日おぬしが作った料理よりうまいものなど食べたことがないぞ」
「ああ、そうだともアイカ。君の料理は最高だ。俺も保証する」
力強く言い切る旦那様に、他の団員さんたちもぶんぶんと頷いている。あらまぁ、みんなして。
うふふ、褒めてもこれ以上は何も出ませんよ。
でも、いつの間にか王国がそんなことになっていたとは。任務が失敗続き……何があったんだろう?
しかも二ヶ月前からといえば、ちょうど私が追放された直後くらいだし。もしかしてだけど、それって私がいなくなったから?
……ふ、なんてね。さすがにそんなわけないか。




