第8話 雑用令嬢、遠征に同行する
私が旦那様の屋敷に来てから、およそ二週間が経った。
あれからも掃除はちょこちょこと進み、荒れ放題だった生活エリアも少しずつ範囲を拡大中。
食事については旦那様が討伐したモンスターを私が調理して振る舞い、それに旦那様が舌鼓をうつという日常が続いていた。
そうして新しい日々を過ごす中、今日は朝からお出かけ。
普段は人手不足もあって単独行動が多い旦那様だけど、今回は彼のまとめる騎士団が総出で動く大規模な遠征があるそうな。
というわけで、私たちはその集合地点にやってきた……んだけど。
「…………」
……こ、こわい……!
率直に言うと、第一印象はそれに尽きた。
そこにいたのは、すでに集結している騎士団の皆々様。
どこを見渡しても体格のいい人ばかりで、鎧の隙間から見える腕も顔も傷だらけ。いかにも“猛者”といった人々が勢ぞろいしていた。
「ん? どうしたアイカ?」
「いえ、その……これって私、場違いじゃないですかね……?」
「はは、大丈夫だ。全然気にすることはない。ああ見えて、みんな気の良い連中だから」
「はぁ……」
まあ、旦那様がそう言うなら……。
でも、やっぱり内心は気後れしてしまう。
こんないかにも歴戦の兵士ばかりが揃う集団にあって、ただの給仕服の私が混ざっちゃっていいのかしら……?
そんな中、ふと集団の中から一人の騎士がこちらへ歩み寄ってきた。
「おう、団長。全員準備万端だぜ」
現れたのは、スキンヘッドをした男性騎士だった。騎士団の中でもひときわ大柄で、迫力もさらにすごい。
そして彼は旦那様と軽く言葉を交わすと、おもむろに私のほうへ視線を向けてきた。
「へぇ~、この娘が例の新しく雇った給仕ですかい」
じろじろと上から下まで見られて、思わず身が縮こまる。
「おい、嬢ちゃん」
「は、はいっ!」
太い声で呼びかけられ、反射的に背筋が伸びた。
思わず脳裏に浮かんだのは、かつてのギルドでの日々。
クエスト出発前の空気はいつもピリピリしていて、理不尽に怒鳴られることも珍しくなかった。
だから、今回もきっと――
「あんた、その格好じゃちょっと心もとねーぞ。春とはいえ森は日影が多くて少し冷えるからな。寒いなと思ったらこいつを使いな」
「……え?」
差し出されたのは、厚手の毛布だった。
多少使い込まれてはいるけど、きちんと手入れされているのが分かる、柔らかそうな一枚。
「あ、あの……ありがとうございます……。えっと……」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺の名前はムルウジだ。副団長をやってる。よろしくな」
「あ、はじめまして……。アイカです。こちらこそよろしくお願いします」
……あら?
予想外の対応に困惑する。
すると、今度は他の騎士たちもぞろぞろと集まってきて……。
「おっとぉ、なんなら手袋もあるぜぇ~」
「ククク、それと今日の討伐対象はヒュドラだからなぁ。うっかり毒を浴びねぇよう、くれぐれも近づきすぎんなよぉ?」
「ヤバいと思ったら遠慮なくオレらを盾にして引っ込むんだぜ。じゃねぇとケガじゃ済まねぇからなぁ~……ケケケッ!」
「あ、はい……どうもご親切に……」
ち、違った~! どうしよう、みんなすごく良い人たちばかりだったんですけど! 疑ってごめんなさい!
「つーかよ団長。この嬢ちゃん、マジでいっしょに連れてく気なんです?」
「そーそー。せっかく雇った大事なメイドさんなんでしょ? 家に置いといた方が安全なんじゃないですかい?」
振り返った騎士たちが旦那様へと投げかける。不満というよりは、単純な心配だ。
モンスターの討伐は危険な任務であり、ケガ人が出るのは当たり前。最悪の場合、命を落とすことだってある。
そんな現場に非戦闘員である私を連れてきて大丈夫か?と気遣ってくれてのもの。
しかし、旦那様は迷いなく言い切った。
「ふっ、何を言うかと思えば。“大事だからこそ”連れてきたんだ。この領内で、俺の隣より安全な場所があると思うか?」
その言葉で、場の空気が一瞬にして変化する。
聞く人が聞けばあきらかに大言壮語なのに、誰一人として否定しない。
それどころか、むしろニヤリと楽しげな笑みさえ浮かべていた。
……そっか、これが本物の信頼関係ってやつなんだ。
それだけみんながこの人の強さを信じている。
かつての職場では感じたことのない騎士団の絆に、気づけば私の緊張はすっかりほぐれていた。
「つーわけだ。初めてでいろいろ戸惑うこともあるだろうが、困ったことがあったら遠慮なく言いな」
「はい。よろしくお願いします」
最後にそう言ってくれたムルウジさんに頷き返し、私たちはそのまま出発した。
そして結論から言えば――遠征はすこぶるうまくいった。
「囲め! 頭を振らせるな!」
「右から崩すぞ、合わせろ!」
森の中では次々と団員たちの声が飛び交い、それに呼応するように動きも連鎖していく。
複数の首と凶悪な毒を持つヒュドラは、本来なら討伐ランクA+という厄介極まりない相手のはず。
けれどその攻撃はことごとくいなされ、隙を突かれ、みるみるうちに追い詰められていく。
(す、すごい……これが騎士団の戦い……)
さすがは危険な辺境を守護する兵士たち。
見事な連携に圧倒される。
けど、その中でも――やはり一番目を引いたのは。
「――そこだ」
短く踏み込んだ旦那様が、横なぎに一閃。
ヒュドラの首が一つ、あっさりと宙を舞う。
続けざまに二つ、三つと切り落とされ、気づけば反撃の隙も与えないまま巨体が地に崩れ落ちていた。
(……別格だ)
最初に出会ったときも驚いたけど、一人だけ動きの次元が違う。その強さはまさに出発前の言葉を体現するかのよう。
結局、私は懸念されていた身の危険を感じることもなく、ただ見ているだけですべてが終わってしまった。
とはいえ、まだ此度の遠征自体が終わったわけではない。
むしろある意味ここからが本番であり、そして私の出番。
そう、お楽しみの食事タイムである。
「ではアイカ、よろしく頼む」
「はい。お任せください」
私は倒れたヒュドラの死骸に近づくと、まずはその太い首を目がけて持参した牛刀を差し込んだ。
「ふむ。今日は首の肉を使うのか? その心は?」
「ヒュドラのような首の長いドラゴン系のモンスターの場合、首回りが一番ほどよく筋肉がついてて上質な赤身が取れるんです」
「ほう、そうなのか」
それに加えて、下腹部の毒袋から遠い部位であるのもポイント。もちろん腹回りのお肉も食べられるけど、質としては一段落ちてしまう。
せっかく新鮮な状態だし、どうせなら一番おいしいところを食べてもらいたいものね。
程なくして部位の確保が終わり、続いては焼きの工程。
分厚く切り出したお肉を鉄板に乗せると、じゅう、と勢いよく音が立つ。
するとその音を追うように、今度はムルウジさんが近づいてきた。
「そんなに強火で大丈夫なのか? 肉が焦げちまうんじゃ……」
「大丈夫です。むしろ最初に思い切って表面を焼き固めないと、旨味が逃げちゃうので」
言いながら、私は肉を押し付けるようにして焼いていく。
滲み出した脂が弾け、鉄板の上で細かく跳ねる。
そうして余分な脂を出しきったところで――。
「ここでタレを投入、っと」
醤油とみりんをベースに、砂糖と酒、おろし生姜。
さらには味噌と唐辛子をブレンドした合わせ調味料――私が前世の知識をもとに見よう見まねで作った、いわゆる“コチュジャン”――を使った特製の甘辛ダレだ。
じゅわぁああああっ……!
鉄板にタレが触れた瞬間、芳しい香りが一気に爆発する。
香ばしさと甘み、そこにピリッとした刺激が混ざり合って、まるでその場の空気を丸ごと塗り替えるような濃い匂い。
それに反応するように――
ぐぅううううう……!
「はは、おっとすまねぇ」
「俺もつい……」
そこかしこで鳴ったお腹の音に、騎士団の皆さんが照れくさそうに顔を見合わせる。気分はちょっとした大合唱だ。
ちなみに調理道具やら食器やら調味料やら、その辺のものはすべて特殊な“魔法袋”に入れて持ってきた。
先日掃除中に見つけたもので、たくさん入る上にどれだけ詰めても重くならない優れものである。
「おお、そんなものが。すごいじゃないかアイカ。いったいどこでこんな便利なアイテムを手に入れたんだ?」
……いや、ご自分のお家にあったものですけど。
それはさておき、調理は続く。
タレを絡めるごとに濃い照りを帯びていく肉の表面。
仕上げに少量のバターを落として艶を出す。
あとは炊き立てのライスに肉を豪快に盛り、中央に卵黄、白ごまと青ねぎを散らして――。
「できました!」
――《ヒュドラ首肉の特製甘辛照り焼き丼》の完成です!
「「「「おおおおおっ……!!!」」」」
料理が完成した瞬間、周囲からどっと歓声が沸き上がる。
そして全員の視線が集まる中、まず「いただきます」と箸を取ったのは騎士団の団長である旦那様。
「……では、まずはこの肉だけをいただいてみよう」
絡まったタレで光り輝くお肉を一切れ掴み、頬張る。
「うまいっっっっっっっ!!!!」
瞬間、森の鳥たちが一斉に飛び立った。
ヒュドラの赤身はどちらかと言えば牛肉に近く、中でも首の肉はハラミのように弾力ある食感が特徴。
それでいて程よく脂も乗っており、とても上質な味わいが楽しめる。
「いい……いいぞ! これはいい! 甘辛仕立てのタレが肉と絡んで、これはなんとも米が欲しくなる味だ!!」
こらえきれないようにご飯をかき込む旦那様。
「くぅ~~~~! 最高だ!!」
その我らがリーダーのなんとも幸せそうな様子に触発され、周囲の団員たちの喉からゴクリと唾を飲む音が鳴る。
そして彼らもまた、弾けるように己の丼ぶりへと食らいついた。
「うっっっめぇ!! ヒュドラってこんなうまかったのかよ!」
「まったくだ! なんで今まで食べてこなかったんだ!!」
「ん~~~~~~このタレも最高すぎるっ!」
「ああ! ピリ辛でコクもあって、それでいて生姜が後味を良い具合に引き締めるやがるっ!! 次から次へと手が止まんねぇ!!」
「卵黄もだ! 絡めると味がまろやかになってまた別の味わいが生まれ……!」
「とにかくうめぇええええ!!!!」
これぞまさしく阿鼻叫喚。歓喜の声が止まらない。
気づけば彼らの丼はあっという間に空になり、そこかしこから「おかわり」を求める声が飛んできた。
私はそんな彼らに笑顔でご飯をよそい続ける。
「ふふ、心配しなくてもたくさん作ってありますから」
――と、そのとき。
「ん……んんん??」
一人の団員が首をかしげた。
「あ? どうした?」
「いや、気のせいかな? なんか、食べ終わったら急に力がモリモリ湧いてくるっつーか……」
それをきっかけに、周囲もざわつき始める。
「俺もだ。めちゃめちゃ身体が軽い!」
「さっきまであんなにヘトヘトだったのに……!」
「ああ! なんなら今からもう一戦行けそうだぜ!」
ペタペタと身体を触りながら不思議がる団員たち。
その彼らの様子を眺めつつ、旦那様が口元を緩める。
「ふっ。それこそがアイカの力だ」
「どういうことです、団長?」
ムルウジさんが問いかける。
そこでようやく旦那様は私の料理について彼らに説明しはじめた。
あとで聞いた話だが、どうやら事前に伝えていたのは「モンスターが実は食用可能」という情報のみで、パワーアップの効果についてはあえて伏せていたらしい。
なんでも、いざ現地で食べてビックリさせたかったからとか。
「も、モンスターの肉にそんな効果が……!?」
「な? 連れてきて正解だったろう?」
そう満足げにほほ笑んだ旦那様に、ムルウジさんは大きく頷いた。
「すごいぜ嬢ちゃん! あんたとんでもねぇな!」
「いえ、そんな、私は別に……」
すごいのはあくまで食材のおかげというか……。
「いいや、謙遜なんかすることはねぇ!」
「ああ、ありがとな! おかげで元気モリモリだぜ!」
「……ど、どういたしまして」
詰めかけた団員のみなさんが、ぶんぶんと振り回すように私の手を握る。
ちょっと照れくさいけど、ここまで感謝されるとさすがに悪い気はしない。おまけに団員さんたちとも打ち解けられたし。
うんうん、ここならこの先も楽しくやっていけそう――
「そうだ! これからは“姉御”と呼ばせてくだせぇ!」
「おう、それいいな! よ、アイカの姉御!」
「姉御!」
…………いや、姉御はちょっと。




