第7話 雑用令嬢、秘密を明かす
それからしばらくして、屋敷の掃除はなんとか一区切りついた。
「……終わった、のか?」
「ええ。ひとまずは、ですけど」
ピカピカになった床を前にし、私は満足げに頷く。
ま、正直なところまだまだ全体の一割も片付いてないけど、今日のところは充分でしょう。少なくともリビングやキッチン――生活に最低限必要な空間はどうにか整えられたし。
残りは明日以降にちょっとずつ進めていけばいいってことで。
……むしろ、我ながらほんとよくここまで持っていったと思う。というか、今までどうやって暮らしていたのかしら、この屋敷?
なお、ここに至るまでには旦那様にもかなり手を貸してもらった。
最初は一人で全部やるつもりだったけど、途中から「見ているだけだと申し訳ないから」と自ら申し出てくれたのだ。
とはいえ名目的には使用人として雇われた以上、こちらとしては逆に「家主の手を煩わせるのは若干心苦しいような……」とも思ったけど、なんだかんだ大きな家具や荷物の移動を引き受けてくれたのは助かったので感謝だ。
というわけで、私は改めてぺこりと頭を下げた。
「でも本当に助かりました。旦那様が手伝ってくれたおかげで、思ったよりだいぶ早く終わらせることができました。ありがとうございます」
ちなみにこれは完全に余談なのだが、三角頭巾にエプロン姿で真面目に動き回る旦那様は、凛々しい甲冑姿とはまた違った印象でちょっと微笑ましかった。
ただその一方で、普段掃除などやり慣れてない本人からしたら、その作業はたぶん想像していた以上に大変なものだったらしく……。
「だいぶ……早く……?」
え、これで? そんな心の声が聞こえてきた。
いや、言いたいことは分かりますよ。実際、窓の向こう側はすでに夕暮れ。たしかここに到着したのがお昼過ぎくらいだから、もうだいたい数時間は経っている計算になるわけですしね。
でもまあ一人だったらもっとかかっていたのは確実だし、今日中にここまで形になったかも怪しい。
そう考えれば、やっぱり早いと言って差し支えないんじゃなかろうか。うん。
「ま、なんにせよ、今日のところはこれで店じまいです。となると、あと残るイベントと言えば――」
「! あ、アイカ! それはもしや……!」
「はい。待ちに待った夕飯タイムです」
「おぉ……!!」
私が大いに頷き返せば、旦那様の表情に一瞬で生気が戻る。
どうやらとっくに空腹の限界だったらしい。その瞳はいかにも「待ってました!」と言わんばかりの輝きで満ち溢れていた。
そしてそんな期待に応えるべく、私はキレイになったばかりのキッチンへ向かった。
「よし、それじゃあやりますか」
いざ調理開始。
なお、今晩の献立はハンバーグ。実は移動の際から決めていた。
お肉はもちろん、森で仕留めたタイラントベアの残りを使う。
私は叩いたブロック肉を包丁で細かく刻んで粗びきにすると、タマネギや塩コショウ、ナツメグなどと混ぜ合わせてタネを作っていく。
森での食べっぷりから旦那様がそこそこ大食漢なのは分かっていたので、今回は最初から遠慮せず特大のわらじサイズにしてみた。
出来上がったビッグサイズのタネを、熱したフライパンに投入する。
じゅう、と音が立ち、すぐに香ばしい匂いが立ちのぼる。ここまで大きいとさすがに焼くのも一苦労。
私は焼き加減に偏りが出ないよう注意しつつ調理を続け、そして。
「できました!」
――《タイラントベアの豪快粗びきハンバーグ》です!!
「お、おおおお……いただきます!」
私がお皿を差し出すと、旦那様は迷いなくナイフを入れた。
同時に中からこぼれる肉汁。で、ひとくちパクリと頬張れば――。
「うまいっっ!!!」
ほとんど反射のような絶賛だった。
「くっ、なんということだ……! 森で食べた塊肉も最高だったが、ミンチにしたぶんこちらはよりジューシーさが増していて、次から次へと肉汁が洪水のように溢れてくる! こんな料理を食べさせて……アイカは俺を溺れ死にさせる気なのか……!」
ふふ、お褒めいただきありがとうございます。
口いっぱいにハンバーグを頬張り幸せそう感想を述べる旦那様に、思わずこっちまで頬が緩んでしまう。
掃除でずっとおあずけだったこともあってか、その反応はとても素直で大きくて、見ていてほっこりした。
「ですが旦那様。このハンバーグはまだそれだけではありませんよ」
「……なに?」
「ぜひ真ん中を割ってみてください」
首を傾げる旦那様に、私はにこりと微笑んで促す。
そうとも。特大サイズゆえに最初の一刀では届かなかったが、実はこのハンバーグにはもう一つ仕掛けを用意してあるのだ。
そうして、旦那様は私に言われるままにナイフを押し込み――
「……ん?」
次の瞬間、切り口からはとろりとした黄色い塊がこぼれ出てきた。
「こ、これは…………中に“チーズが入っている”だと!?」
ええ、そのとおりです。
つまり、一見ただのハンバーグだったこのハンバーグは、実のところ――。
「《タイラントベアのチーズインハンバーグ》だったのです!」
「なんと!?」
驚く旦那様の視線の先で、溶けたチーズがソースと肉汁と混ざり合い、極上の三重奏を奏でながら皿の上に広がっていく。
そして旦那様はそれらをハンバーグに絡めると、ゆっくりと口へ運んだ。
「……っっっっ!!!」
直後、旦那様の口の中が爆発した。
「う、うぉおおっ……! これは……ただでさえ美味しいハンバーグに、チーズのコクが加わってまた旨みが一段と跳ねあがって……! すごいぞアイカ! 君は天才か!!」
まるで初めてのおもちゃにはしゃぐ子どものように興奮しながら、旦那様は何度も称賛の言葉を重ねる。
それからほどなくして、旦那様は瞬く間に料理を完食。
あれだけ大きく作ったハンバーグも、山のように盛ってあった付け合わせも、気づけば見事なまでに跡形もない。
「……ふぅ、ごちそうさま。やはり何度食べても驚きだな、このうまさは。これがモンスターの肉かと思うとなおのこと。いやまあ、もちろんアイカの料理の腕があってこそなのは言うまでもないんだが」
食後にナプキンで口元を拭いつつ、旦那様がどこか名残惜しそうに呟く。
あれだけの量をぺろりと平らげておきながら若干寂しそうなあたり、どうやら相当気に入ってもらえたらしい。作った本人とすれば、これほどうれしいこともない。
と、そこで。
「それにしても不思議だ」
ん?
「薬草を料理に使うなんて発想、普通は出てこない。だいたい傷に使うか、ポーションの材料にするかだろう。いったい、どうすればそんなアイディアが思いつくんだ? もしやなにかタネでもあるのか?」
「!」
不意にかけられたその言葉に、思わず言葉が詰まる。
――タネ、か。
理由ならある。ただ私はそれを、これまで誰にも話したことがない。
わざわざ言う必要がなかったのもそうだし、なによりもどうせ信じてもらえないと思ったから。
……でも。
目の前にいるこの人には、ちゃんと話しておきたい。
自分のことを認めて、ここに迎え入れてくれた人だから。
そう思ったら、私の口は自然と動いていて――。
「“前世の記憶”、だと?」
「……はい」
旦那様から繰り返されたその言葉に、私は静かに頷いた。
前世――それは私が『日本』という国で、ごく普通の一般人として過ごしていた頃の記憶。
かつての私は今みたいに自分で料理をすることはあまりなかったけれど、食べることが大好きな女の子だった。
子どもの頃は料理上手な母の手料理を、大人になってからはよくいろんなお店を食べ歩いたり、SNSでレシピを見漁ったり――だから知識だけはそれなりにたくさん持っていた。
そして、それこそが今の料理の土台にもなっている。
「魔物の瘴気を薬草で消すというアイディアも、お肉を香草と煮込めば臭みが消えたり、風味が良くなるという知識の応用で……」
それと記憶が戻ったことで、この世界の料理文化が前世に比べて遥かに劣っていることもわかった。
調理の技術が発展してないのもさることながら、そもそも食への意識がちょっと弱いというか。
だからさっきのチーズインハンバーグにしても、前世ならファミレスで見られるレベルのアイディアですら、この世界では誰も思いつきもしない。
「…………」
すべての事情を説明し終え、私はそっと旦那様の様子をうかがった。
……どうしよう、さすがに変に思われたかな。
今さらそんな不安が胸をよぎって、少しだけ落ち着かなくなる。
やっぱり、言わないほうがよかったかも――なんて考えが頭をかすめた、その直後。
「おもしろい!」
「……はい?」
お、おもしろい……?
「いやはや、アイカの料理の裏にそんな事実があったとはなぁ。なるほど、それなら納得だ。……ん? どうしたアイカ? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているぞ」
「え? あ、いえ……まさかそんなあっさり受け入れられるとは思っていなかったので……」
もっとこう疑うとか、引くとか――そういう反応を想像していたのに。
「まあ、そこは他ならぬアイカの言うことだからな。信じた」
「え、えぇ~……」
信じた……って、そんな簡単な。
あまりにも返答に迷いがなさすぎて、逆にこっちが困惑してしまった。
けれどそんな私をよそに、旦那様はさらに愉快そうに続ける。
「それに今の話を総合すると、つまりアイカの頭には本来ならこの世界じゃ味わえない料理の知識がたくさん詰まっているということだろう? 素晴らしいじゃないか。これはますますこの先が楽しみだ」
「……まあ、たしかに考えようによってはそうかもですが」
それにしたって、いささかポジティブ過ぎでは??
どうやらこの人は私が思っていた以上に不思議な人らしい。なんだかこっちばっかり身構えてちょっと損した気分だ。
……けど、だからと言って嫌な気はしない。ううん、それどころかむしろ――。
「む? どうしたアイカ?」
「……いえ、なんでも」
さて、明日は何を作ろっかな。




