第6話 雑用令嬢、職業病を発症する
ぱからぱから、と小気味よい音が街道に響く。
祖国のソルヴェイン王国からノクターン帝国へ追放された私――アイカ・フランベルは、護送の途中でモンスターに襲われ、帝国貴族のリスティン・アルグレイン様に命を救われた。
そしてお礼代わりに倒したばかりの魔物の肉を料理して振る舞ったところ、彼がそれを大層気に入ったことで、懇願されるままに彼のもとで働くという話になった。
でもって現在、私たちはそのアルグレイン家の屋敷を目指している。
馬上の前方にはリスティン様……もとい旦那様が座り、その背にしがみつくようにして私はそっと腰へ腕を回している。
誰かの駆る馬の後ろに乗せてもらうなんて初めての体験だけに、ちょっとドキドキものだった。
その道中、私はふと気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえば、旦那様はこの辺り一帯の領主様なんですよね?」
「ああ、そうだが」
「それなのに、どうしてあんな前線にお一人で? たしか、この辺りはモンスターが多い土地なんですよね。危なくないんですか?」
「ん、まあ危ないかと聞かれれば間違いなく危ないだろうな。ただ、アルグレイン領はいわば帝国を守る盾のような位置づけだからな」
「盾?」
旦那様によれば、この地の魔物の出没数は帝国内でもかなり有名で、そのため中央にまで被害が及ばないよう辺境伯を置いて管理しているのだとか。
もともと貴族の社会において辺境伯とは、国境付近の防衛最前線を務める有力貴族に与えられる称号。
そして、そもそも貴族とは民のために尽くすのが義務である。
「だから俺が前に出て戦うのも、さほど特別なことじゃない。トップが自ら先頭に立てば兵の士気も上がるしな。それになんと言っても、うちは騎士の数が多くない。だから手分けしながら俺自身も戦力として数えないと、とてもじゃないがカバーしきれん」
「なるほど。そういうことでしたか……」
けれどそうやって納得する一方、私はちょっとしたカルチャーショックも受けていた。
なぜなら私が育ったソルヴェイン王国では、貴族が前線に立つなど滅多にない。
彼らはだいたい安全な場所から命令を出すだけで、あとは知らんぷり。むしろ逆に少しでも危険を感じ取ろうものなら、「自分の代わりはいない」などと適当に誤魔化してどこか遠くへ逃げるのが常だった。
「……すごいですね。まさに民を守る貴族様って感じです」
「そうだろうか?」
「はい。とても勇ましいと思います」
いくら人手不足とはいえ、簡単に実践できることじゃない。
少なくとも、王国の貴族たちに同じことを知ろと言っても絶対に無理だと言い切れる。
が、そうして私が素直な感想を口にすると――
「……そ、そうか」
ぷいっと前方へ向き直る旦那様。その耳はほんのり赤く染まっている。
あら? どうしたのかしら?
ともあれ、そうこうしているうちに私たちは屋敷へと到着。
けれど厩舎に馬を預け、歩いて門をくぐったところで私は思わず足を止めてしまった。
「わぁ……!」
視界いっぱいに飛び込んできた光景に自然と声が漏れる。
そこにそびえ立っていたのは、思わず圧倒されてしまうほどの大豪邸だった。
まるで要塞のごとく重厚な佇まい。それでいて真っ白な外壁は陽の光を受けて美しく輝き、見ているだけで気持ちが華やぐ。
広い庭には季節の花々が咲き乱れ、まるでテーマパークにやってきたかのような印象を与えてくれた。
「どうした?」
「い、いえ……その……すごいです。私、これからこんな立派なお屋敷にお世話になるのかと……」
「ん? でも、君も元は貴族なのでは?」
「ええまあ一応。ただ、うちは貴族と言っても最底辺も最底辺でしたから。屋敷もこんなに大きくありませんでしたし……」
というか、ぶっちゃけかなり小さい部類。
恐らく目の前にあるこの建物の十分の一の広さもない。
だからこういった大豪邸に住むのは初めての経験であり、現実感のなさについ圧倒されてしまったのだ。
「ふむ、そうだったのか。でも実を言うと、この屋敷も最初からこんなに大きかったわけじゃないがな」
「え?」
どういうことかしら?
「この領地に来て仕事をしてるうちにな、領民たちが勝手に増築していったんだ。『領主様の屋敷ならもっと立派なものじゃないと!』とかなんとか言って」
「勝手に!?」
「ああ。なので最初はもっと小さかったはずなんだが、気づいたら部屋は増えるわ、廊下は伸びるわ……で、今の大きさになったというわけだ」
「えぇ……」
いや、というわけだ……と言われましても。なにその微笑ましさとドン引きの中間みたいなエピソード。そんなことあるんだ……。
まあでも、捉え方によってはそれだけみんなから慕われてるってことよね。
ともあれ、いざ屋敷の中へと足を踏み入れる。
……だが、そこでも私は固まってしまった。
「な、なんですか、これは……」
そこに広がっていたのは、先ほどの整った外観からは想像もつかないような異次元の光景だった。
廊下という廊下、部屋という部屋が、物・物・物で埋め尽くされている。
大小さまざまな木箱や袋がそこかしこで無造作に積み上がり、どれも中身がパンパンで悲鳴を上げていた。
壁際にある棚も同様で、いろんな服や道具などが押し込められ――ううん、もはや押し込まれてすらいない。恐らく閉まりきらず開け放たれた扉からは雪崩のように中身が崩れ出ており、通路のど真ん中にまで侵食してきており、まともに歩くのも難しい。
これではまるで屋敷というよりも廃品回収の保管場所だ。
外はあんなに立派だったのに……な、なんで中はこんなことに……!?
「……いやな、さっきも言ったが、仕事をしてると街の連中がお礼にいろんな物を持ってきてな」
「お礼……?」
「普通の服や食べ物といった品はもちろん、他にも先祖代々受け継がれた魔道具だったり、遺跡やダンジョンなどで発掘された珍しいアイテムだったり……まあそんなところだ。あとは他にも、ちょっとした“いわくつき”の物もあるとかないとか」
「い、いわくつき……」
それ、本当にお礼なんだろうか。むしろ家にあった処分に困っていた物を押し付けられているだけでは……?
いや、さすがにそれはないか。
ここへ来るまでの道すがら、食材や日用品を調達するため町を通り抜けてきた。
そこでは誰もが旦那様を見かけるなり笑顔で声をかけてきて、とてもよく慕われていることが伝わってきた。
聞けば前任の領主様はあまり頼りにならず、毎日モンスターの襲撃に怯える日々だったとか。
それを変えたのが旦那様で、だからこそ領民からの支持はとても強いという。さっきの屋敷の増築の話だってそうだ。
だからこそ、これは紛れもなく善意の結果……のはずだけど。
「それにしたって……」
はたしてこの状況を放置しておいていいのだろうか。否、いいわけがない。
ギルドで働いていた頃、散らかった書類や荷物を片付け続けた日々。その感覚が、じわじわと蘇ってくる。
気づけば、私はぐっと拳を握っていた。
「掃除します」
「え?」
「このゴミ山を、きれいさっぱり片付けます」
突然の宣言に、旦那様が目を瞬かせる。
「いや待て待て待て。掃除って……今からやる気か?」
「はい。もちろんです」
「し、しかしだな。今日は結構移動もしたし、まずは休憩するとか、あるいは食事にするとか――」
「……食事?」
ギロリと光った私の瞳に、旦那様の肩がぴくりと揺れる。
たしかに思い返せば、道中の旦那様はしきりに「次の食事が楽しみだ」とウキウキしていた。
私だってできることならその期待に応えたい。けれど。
「いいですか旦那様。世の中には『掃除せざるもの食うべからず』ということわざがあります」
「……聞いたことないが」
小声でツッコむ旦那様。
けれど私は構うことなく、きっぱりと言い放った。
「よって…………ご飯はおあずけです!!」
「なぁ!?」
その瞬間、旦那様は心底絶句したのだった。




