第5話 一方その頃、かつての職場は……②
ここから短編の続きです。
王国領のとある山の中。
Sランクパーティー《金の盾》の三人――リーダーの剣士ディック、魔法使いのアマンダ、戦士のドドリゴは、ギルドから受けた討伐依頼のため森の奥へと進んでいた。
本来、モンスターの生息域では慎重な行動が求められる。
足音を抑え、周囲に気を配り、いつ襲われても対応できるよう警戒を怠らない。それが冒険者の常識だった。
だが三人の様子に、そんな緊張感は一切ない。
彼らは大声で雑談しながら歩いていた。
「いやー、今思い出しても笑えるわ。見たかよ? 連れてかれるときのアイツの顔」
「あー、あのポカン顔でしょ? “なにが起きてるのか分かりませーん”って感じ。あれで一応お嬢様ってんだから笑えるわよね~」
「ダハハハハッ! マジで傑作だったな。最高の酒の肴だったぜっ!」
三人の話題は先日ギルドから追放された元職員――アイカのことだった。
横領犯として兵士に連行された際の姿を面白おかしく語り合っている。
「でもあの横領の件、ぶっちゃけどう考えてもガルドだよな」
「ま~ね~。うちのマスター、もともと金遣い荒かったし。あの女はやるタイプじゃないでしょ」
リーダーであるディックの発言に、アマンダも同意する。
「でもさぁ、別によくない? あの女が罪かぶった方が面白いじゃん。アタシ、ああいう真面目な女ってウザくて大っ嫌いなんだよねー」
「ハッ、おまけに貴族だしな。ある意味ガルドのおっさんに感謝だな! ガハハ!」
まるで武勇伝でも語るかのように笑う三人。
さらにアマンダは続ける。
「てゆーか今だから言うけどさ、アタシ見ちゃったんだよね。マスターが金庫からおカネ抜くとこ。で、黙っておく代わりにってお小遣いもらっちゃった、あはっ」
「あ、実はオレも。あのオッサン、けっこう気前よかったよなー」
「え、マジで!? お前らだけずっりぃ!! ……んだよ、そういうのは普通パーティーで山分けだろうが」
「あははっ、知らなーい」
「タイミング悪かったなリーダー」
露骨に悔しがるディックを、仲間二人が得意げにあざ笑う。
他人が聞いたら胸糞悪さに顔をしかめてそうな内容だが、彼らには少しも悪びれる様子などない。
やがて、話題は本日の依頼へと移る。
「チッ……まーいいさ。僕もあとで今の話を持ち出してガルドをゆすってやるから。そんなことより、そろそろ目撃情報があった場所だよな? たしか今日のターゲットはタイラントベアだっけ」
巨大な体躯と怪力を持つ、熊のモンスター。
討伐難度はAランクに指定され、並の冒険者であれば大規模な討伐隊を編成して挑む相手である。
けれどディックはまるで気にしない。
「ま、余裕だね。だって僕らSランクだし? 今さらAランクごときなんて」
笑みを浮かべながら肩をすくめると、背後のアマンダとドドリゴも同じように笑った。
「うふ、とーぜん。てかさー、アタシ森ってジメジメしてて嫌いなんだけど。早く終わらせて帰ろーよー。おフロ入りたーい」
「だな。こんなカスみてーな仕事、さっさと終わらせて酒だ酒。たらふく飲ませやがれ!」
「あと女な。知ってるかドドリゴ? 最近できた店にめちゃくちゃオッパイのデカい子が入ったらしいぞ」
「うおっマジか! どこだそれ! 教えろ!」
「うわ~サイテー。ほんと男ってそればっかだよねー」
「うっせーよ。そういうお前だってどうせ町に戻ったら男漁りすんだろ、アマンダ?」
「あはっ。あったりー♪」
ニヤニヤとした下品な声が森の中に響く。
ちなみに彼らの夜遊びは町でも有名だった。
横柄な態度と素行の悪さから、嫌っている者も多い。それでも店が彼らを出入り禁止にしない理由はただ一つ。
――《金の盾》が王国唯一のSランクパーティーだから。
「あー考えたらワクワクしてきた。ったく、どこにいんだよベアちゃんはよぉ。早くしねーと先にオレ様の股間の方が暴発しちまうっつの」
ガハハとドドリゴが豪快に笑った、その直後だった。
ガサッとすぐ近くの茂みが大きく揺れる。
現れたのは、全長4メートルはあろうかという熊型のシルエット。
「お、ラッキー。噂をすればなんとやらだな」
お目当てだった獲物の登場に舌なめずりをしつつ、ディックが腰に差した剣を引き抜きながら前へと歩み出る。その足取りはまるで近所を散歩するかのように軽い。
後ろではアマンダとドドリゴも、どこか緩慢な動作で各々の杖や斧といった武器を構えていた。
三人とも、自分たちが負けるなど微塵も考えていない。
そして彼らの想像通り、決着はあっという間だった。
***
数分後、そこには森の中を全力疾走する《金の盾》の面々がいた。
「くっそぉおおっ!! なんでだよ! なんで僕たちがこんな目に……!!」
ほんの少し前まで余裕たっぷりだった姿はどこへやら。
服はビリビリと裂け、その下の皮膚も傷だらけ。そんなボロボロの状態で、リーダーのディックを先頭に三人は必死に山道を駆け下りていく。
そして、その背後からは巨大な影も――。
「グオオオオオオッ!!!!!」
怒り狂ったタイラントベアが執拗に彼らの背を追い立てる。
本来ならばとっくに討ち取っていたはずの魔物は、倒されるどころか無傷のままで憤怒の唸り声をあげていた。
「なんでもなにも、ぜんぶアンタの判断ミスでしょディック! 最初にフラフラ突っ込んだのは誰よ!」
「なんだと!? ふざけるな、そっちこそ得意の炎魔法はどうしたんだよ! こうなったのは援護が足りなかったからだろ!」
「はぁああ!? アタシじゃないし! 誰かさんの足止めが甘いせいで詠唱時間が足りなかっただけだしっ!」
「おいてめーアマンダ! そりゃオレのせいだって言いてぇのかっ!」
逃げながら口論を始める三人。しかしその内容は戦術の確認でもなければ、状況の整理でもない。
ただひたすら、誰のせいでこうなったのかを押し付け合うだけの不毛な罵り合いだった。
「うるさいうるさいうるさい! 今日はたまたま調子が出なかったんだよっ!!」
ダラダラと滝のような汗を流しながら、ディックは昨夜のことを思い出す。
(そうだ……! 僕が本調子だったら、こんなカス相手に負けるなんて……!)
思えば昨日はかなり飲んだ。
おかげで今朝なんて二日酔いで頭もズキズキしていたし、身体も結構だるかった気がする。
――だからこの状況は僕の実力じゃない。
そう思ったところで、ふと違和感がよぎる。
(……待てよ? そういえば昨日だけじゃない。よく考えたら、ここ最近ずっと……)
戦闘中になぜか突然フッと集中が切れたり、依頼を片付けた後も妙に疲れが残ったり。
そんな小さな不調がしばらく続くようになっていた。
(いつからだ……?)
疑問に思って記憶を辿る。
すると、思い当たる時期が一つだけあった。
それはまさしく、ここへ来る道中で彼らが散々笑い話にしていたアイカの追放直後で――。
(……はっ、アホくえせぇ!)
ありえない。そんなことあるはずがない。
自分たちは栄えある王国唯一のSランク冒険者だぞ。それが、あんな下級貴族の女ごときの存在有無で、何がどう影響するというのか。
ディックは脳裏に過ぎった可能性をすぐさま否定し、思考を打ち切った。
だいたい、今はそんな与太話についてゆっくり考えを巡らせている余裕などない。
なぜなら背後には今もなお、先ほど仕留め損なった――もとい一方的にボコられた――タイラントベアが鬼の形相で迫ってきているのだ。
「グゥオオオオオオオオオオオオ!!」
「ひぃっ!?」
ただの咆哮ひとつでビクリと肩が震える。
我ながらなんて無様な姿なんだ。
「くそ、くそ、くそ! くっそがぁあああああああ!!!!」
結局、その日の彼らは最後まで無様に森中を逃げ回った。
そしてそれはSランクパーティー《金の盾》の結成以来、初めてのクエスト失敗を意味した。
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