第4話 一方その頃、かつての職場は……①
アイカが帝国で新たな人生を踏み出す一方、王国にある冒険者ギルドの執務室では下品な笑い声が響いていた。
「ガハハハッ! いや~、今回は実にうまくいった」
豪華な椅子にふんぞり返りながら、ガルドは手にした書類をひらひらと振る。
それらはいずれもアイカの横領の罪として出した証拠だ。
しかし、そのすべては“偽物”だった。
「まさかたった一人の小娘を生贄にしただけで、全部丸く収まるとはなぁ。直前に王都から急な査察の話を聞いたときは肝が冷えたが、人間本気を出せば案外なんとでもなるもんだ」
ギルド資金の横領――本来であれば、それは自分が追及されていたはずの罪。
だが今、その濡れ衣を背負った女は追放処分となり、この国を去る羽目となった。
ガルドは書類を机に放り投げると、くっくっと笑いながら肩を回した。
「それにしても、ワシも我ながら器用なものよ。ここまで完璧に筆跡を真似られるなんて相当だぞ。しかしあの女、無駄に字がキレイなぶん、逆に苦労したわい」
もっとも、その手間の甲斐はあった。
それも自分が想像していた以上の形で。
つい先ほど聞いた報告の内容を思い出し、ガルドはさらに顔を歪めた。
護送隊がモンスターに襲われ、罪人アイカは行方不明。
けれど状況的に生存の可能性は限りなくゼロ。
「ガハハハハッ! 神様ってのはいるもんだなぁ、おい!」
正直なところ、追放だけでも御の字だと思っていた。
だが、これでわずかに残っていた余計な心配すら完全に消えた。なぜなら死人は口を開かないから。
「さてっと……せっかくだし、祝いに秘蔵のワインでも開けるか。ぐふふ」
まったく今日はなんて良い日なんだ。こんなときは頑張った自分へご褒美をあげるに限る――そんなことを考えつつ棚に手を伸ばした、そのときだった。
コンコン、と執務室の扉がノックされた。
「あぁん?」
せっかく気分がよくなっていたところだというのに邪魔を入れるとは。
ガルドは小さく舌打ちをしてから、面倒くさそうに声を張った。
「……なんだ。入れ」
扉が開き、若い男性職員が遠慮がちに顔を出す。どこか気まずそうに背を丸めながら室内へ足を踏み入れた。
「すみませんマスター、今ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「よくない……と言いたいところだが、特別に許してやろう。ワシの人柄に感謝せい」
「は、はぁ……」
「で、なんだ? 何かあったのか」
「いえその、直近のクエストの達成状況について、少々気になる報告がありまして……」
職員はおずおずと切り出す。
「実はここ数週間で、依頼の成功率が急激に下がっているのです」
「依頼の成功率? どれくらいだ?」
「それが、その……」
「どうした。早く言え」
言葉を濁す職員をガルドが急かす。
すると、返ってきたのは驚くべき答えだった。
「…………ご、五割、です」
「五割っ!?」
ガルドは思わず立ち上がっていた。
「な、なんだそれは! 何かの間違いじゃないのか!?」
「はっ。もちろん私も最初はそう思ったのですが、何度報告書を確認しても誤りではなく……。しかもこれまで無傷で済んでいたような依頼でも負傷者が出ることが増えていて、冒険者たちの消耗もかなり目立ってきています」
職員は持ってきた資料をめくりながら説明する。
実際、ここ数日は治療室へ運び込まれる冒険者の数が明らかに増えていた。
討伐そのものは成功しても想定以上に苦戦する例も多く、ギルド内を見渡せばほとんどの冒険者が体のどこかに包帯を巻いている始末。
「くそったれめ! まったくなんて体たらくだっ! ここは王国最大のギルドだぞ!」
許しがたい事態だった。
栄えある王国唯一のSランクギルドが依頼を半分も失敗するなど、名折れも良いところだ。不甲斐ないというレベルですらない。
だが、職員の報告はそれで終わらなかった。
「……あの、それと、もう一件」
「なんだ。まだあるのか」
「酒場で出される食事について、冒険者から苦情が出ています」
「食事ぃ?」
「料理の質が以前より落ちたとか、前の食事に戻してほしいとか……それに、最近なんとなく元気が出ない、といった声もチラホラと……」
ガルドの顔がみるみる紅潮していく。
「ふざけるな、なにがメシだ! まったく、つけあがりやがって! そんな文句を言う暇があるなら働けと突っぱねろ! うまいメシが食いたきゃまずちゃんと依頼を成功させるか、あるいは嫌ならよそへ移ってもいいんだぞとなぁ!」
この国の各所にある冒険者ギルドにおいて、最大の依頼数を抱えているのはここだ。たとえ他所へ行ったところで、今より稼げる場所などない。それをガルドはよく知っている。
「だいたい、給仕はなにをやってるんだ! アイカのやつを追い出した分、新しくシェフを雇っただろう! そいつらは!?」
「それが、彼らからも『こんな予算でまともな料理なんて出せるわけがない』と……」
「……なにぃ?」
他にも、「厨房から料理を運ぶのが大変」「ホールのスタッフも雇ってほしい」「今までちゃんと回せていたのが不思議なくらい」などなど。
しかし、それらの陳情を聞いた瞬間、ガルドは「このぉ……」と額に青筋を走らせた。
「えぇい黙れ黙れぇ! 今までだってそれで回してきたんだ! できないわけがなかろう! これ以上つまらん話でワシをイラつかせるんじゃない! あとのことはお前らで工夫してなんとかしろ!!」
「は、はい……失礼しました!」
汚く唾を飛ばしながら吠えるガルドの剣幕に押され、職員は慌てて頭を下げた。
そして逃げるように執務室を出ていく。
「チッ……くだらんことで騒ぎおって。馬鹿どもが」
再び一人になり、ガルドは不満げにどっかりと椅子へ腰を沈める。
しかし、次の瞬間にはまた余裕の笑みが浮かんでいた。
さっきはつい動揺してしまったが、そんなものたまたま冒険者どもの調子が悪かっただけだろう。
人間良いときもあれば、悪いときもある。深く考える必要なんてない、と。
「それに何より……」
ガルドは椅子にふんぞり返ったまま、にやりと口元を歪める。
「結局のところ、うちの稼ぎ頭は《金の盾》だ。あいつらがいる限り、このギルドは安泰よ」
何度も言うが、このギルドは王国における最上位。
そしてその最大の収入源は、国唯一のSランクパーティーである《金の盾》だ。国家指定の高難度クエストを次々成功させ、その報酬は桁違い。たとえ小さな失敗がいくら重なろうが、奴らの活躍でいくらでも帳消しにできる。
「それこそ、たかが貴族の小娘ひとり追い出そうがな。ガーッハッハッハッ!」
再び気分を良くしたガルドは、棚からワインのボトルを取り出す。
さてさて、景気の悪い話はきっぱり忘れて、今一度不祥事をもみ消して破滅から逃れた件について祝杯でも上げようではないか。
――そんなことを考えた、そのときだった。
「た、大変ですマスター!」
勢いよく開け放たれた扉から、さっきの若い職員が息を切らして転がり込んでくる。
ガルドはあからさまに顔をしかめた。
「貴様ぁあ……! 今度はいったいなんだ!? 危うくワシ秘蔵のワインを落とすところだったではないか! もし瓶が割れでもしていたらどうしてくれるつもりだったんだこのバカモノ!」
「そ、それが――」
職員は真っ青な顔で唇をわななかせながら、ようやく絞り出した。
「さ、先ほど、任務中だった《金の盾》が…………ぜ、全滅した、と……!」
「………………は?」
その直後、ガルドの足元でガシャンという音が響いた。




