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第35話 一方その頃、かつての職場は……⑦

 ――遡ること数日前。



 ノクターン帝国の帝都、その宮殿地下にある牢の中で、ガルド・バルディオスは苛立ちを押し殺していた。


 帝国側に拘束されてから、そろそろ一ヶ月になろうとしている。


 その間、取り調べにはもう何度呼ばれたかわからない。だがそれでも、帝国側は一切ガルドの最終的な処分については言及してこなかった。

 だから自分がどんな運命を辿るかわからず、生殺しのような時間が続いていた。


 そのため通路の奥から複数の足音が近づいてきた時も、ガルドは辟易した。


(……チッ。またか)


 どうせいつもの取り調べだろう。

 ただ、そう思ってチラリと見上げた先に立っていたのは、意外な人物だった。


「出ろ」


 鉄扉が開く。


「?」


 はじめ、ガルドは意味をよく理解できなかった。


(なんだ? いつもの尋問官はどうした……? なぜ()()()が自らこんなところに?)


 普段の取り調べであれば、ここで牢の中に兵が入り、手枷を確認してから連れ出される。だが看守長は、何の前置きもなく牢の鍵を開けた。


 背後にいる兵たちも帯剣はしているものの、中へ入ってくる様子はない。ガルドを縛り直すこともなく、ただ牢の外で待っている。


 わからない。何が起きているのか。


 なにか特殊な取り調べか。どこかへ移送されるのか。

 さすがにいきなり処刑場へ連行などということはなかろうが、帝国の考えることなど信用できたものではない。


 ガルドが開け放たれた扉と看守長の顔を見比べていると、看守長は苛立ったように顎をしゃくった。


「聞こえなかったのか。出ろ――“釈放”だ」

「は?」


 今度こそ間の抜けた声が出る。


 釈放。


 正直なところ、額面通りならこの状況で最も嬉しい言葉には違いない。

 だがここまで何の説明もなく牢に放置しておきながら、急に無罪放免と言われても不気味さしか感じなかった。


「おい、さっさと歩け」


 通路へ出ても、兵たちはガルドを拘束しなかった。


 向かう先も取り調べ室ではない。地下の奥へ連れていかれる様子もなく、どうやら本当に地上へ向かっているらしい。


(本当に……ワシはこのまま助かるのか?)


 ガルドは歩きながらこの状況を整理する。


 もともと、帝国が自分の処遇を決めあぐねている理由は想像がついていた。


 そもそも帝国内におけるガルドの直接的な罪は、あくまでアイカを連れ戻そうとした件のみだ。

 いわゆる、ただの誘拐未遂。もちろん罪は罪だが、重くはない。


 そして一方のギルド資金の横領やアイカに濡れ衣を着せた件については、それは王国側の問題であって、帝国には裁く立場も権利もない。

 だからいずれはソルヴェイン王国へ身柄を渡され、そこで改めて扱いが決まる。ガルドはそう見ていた。


 しかし、ここで問題が一つ。


『では、帝国はガルドをすんなり王国に帰すしかないのか?』


 これはノーである。


 なぜならリスティンから横領と冤罪の証拠が渡っている以上、帝国はそれを交渉カードにできるからだ。


 大陸中に名を知られたガルドと《金の盾》が帝国内で罪を犯し、しかも帝国貴族のアルグレイン辺境伯に敗れた。

 王国にとってこれほどの恥はなく、できることなら隠したい醜聞である。


(だからこそ帝国はそれを伏せる代わりに、王国へ何か要求するつもりなのだと思っていたが……)


 実際、この一ヶ月の取り調べも、そのガルドの見立てから大きく外れてはいなかった。


 王国内の貴族関係、国境付近の兵の動き、王都の物価、冒険者ギルドの金回り。

 尋問官たちは誘拐事件そのものの話はそこそこに、大部分を王国の内部事情の聴取に費やしてきた。

 それが王国との交渉に使える有効な材料を探るためなのは明らかだった。


 しかし、だからこそわからないのだ。


帝国側(こいつら)はなぜ、この期に及んで急に釈放などと……)


 ちなみに《金の盾》の三人も別々に取り調べを受けていたらしいが、あちらは役に立つ情報などほとんど持っていなかった。

 ディックは王都の女の話をし、アマンダはブラッケスにまともなエステサロンがないと愚痴り、ドドリゴは酒場の肉料理について語ったという。


 それを受けて帝国の尋問官が頭を抱えたと聞いた時は、ガルドも一瞬だけ同情しかけたが……まあ、それはいったん置いておくとして。


(もしや、王国側が何か手を打ったのか……?)


 先に述べた名誉の話もそうだが、ガルドのギルドはまだまだ王国にとって使える戦力であることに変わりはない。ギルドは降格したが、《金の盾》はSランクのままだ。

 王国としても切り捨てるには惜しい駒のはず。どこかから逮捕の情報を仕入れ、解放のために動いた可能性はある。


 が、ガルドはそれも即座に否定する。


 もしそうなら、きっと王国の使者が誰か迎えに来るはず。けれどその気配はまるでない。


(……ダメだ。考えても埒が明かん)


 諦めて、ガルドは前を歩く背中に向かって声をかけた。


「おい、看守長」

「……何だ」

「なぜワシが出される。いったいどういう意図だ。罠か?」


 だが、その問いに対する看守長の答えは短かった。


「知らん」

「知らん……?」


 ガルドはあからさまに顔をしかめる。


「馬鹿な。ここのトップであるあんたが何も聞かされていないはずはないだろう」

「黙れ。知らんものは知らんとしか言いようがない。俺が命じられたのは、『ガルド・バルディオスおよび《金の盾》を直ちに釈放し、帝国外へ出ることを妨げるな』……それだけだ」


 看守長が息を吐く。


「むしろ聞きたいのはこっちだ。いったい何がどうなっているのか。貴様らの国が何かしたんじゃないのか?」


 そう吐き捨てる看守長の態度に、嘘をついている様子はない。

 そして、そこでガルドはようやくピンとくる。


 看守長レベルの人間にすら理由が知らされていないのなら、これは文官や外務担当が協議した末の正式な決定ではない。


 とすると、恐らくは帝国内部の何者かの独断。

 それも通常の手続きを飛び越えられるだけの権力を持つ、“誰か”。


 とはいえ、それが誰なのかは分からない。個人なのか、組織なのか。あるいはその意図も。

 しかし、分からなくてもいい。


 とにかく今重要なのは、自分が九死に一生を得たということ。


 あのまま罪人として王国に送還されていれば、ただでさえ弱った立場が完全に崩壊してもおかしくなかった。

 だが無罪放免ならば何も問題ない。大手を振って国に帰れる。


(……クク、誰だか知らんが感謝してやろう。もっとも、礼などする気はないがな)


 久しぶりに、ガルドの口元が緩んだ。



 ほどなくして、《金の盾》の三人も合流した。

 三人とも多少は痩せ、傷も残っている。だが、反省している様子は露ほどもなかった。いつも通りの調子そのもの。


 そうして四人は、ほとんど追い出されるように宮殿の外へ出された。


「で、この後どうするんだよ」


 久しぶりの陽光に目を細めたガルドに、ディックが尋ねてくる。


「フン、帰れと言われたからには帰るだけだ。ただし、これで終わりにするつもりはない」


 ガルドの頭に、森で自分を見下ろしていたリスティンの姿が浮かぶ。続いて、アイカに拒絶された時のことも。


「あの小僧め、よくもこのワシをこんな目に遭わせおって……! アイカもだ。今度こそ必ず連れ戻してボロ雑巾になるまで働かせてやるぞ!」


 あのモンスター料理さえあれば、《金の盾》や他の冒険者たちは元の力を取り戻せる。そうなれば失った地位を取り戻すことも不可能ではない。


「つってもよぉ、偵察の件はどうすんだ? アルグレイン領(あいつら)がうまくやれてるのって、あの女のモンスター料理のおかげなんだろ? それ、王様に話さなきゃいけねーんじゃねぇのか?」

「馬鹿め。そんなことを報告してみろ。仮にアイカを奪い返せたとしても、ワシらの手元には置けなくなる」


 アイカの料理が王宮に知られれば、おそらく王宮騎士団付きの専属料理人あたりに召し上げられる。それでは意味がない。

 あの女は自分たちのために使うからこそ価値があるのだ。


 と、今度はアマンダが腕を組んで尋ねる。


「でも、陛下に何か聞かれたらどうするのよ。もともとアルグレイン領がどうやってモンスターの侵攻を防いでいるのかを調べろって命令だったんでしょ?」

「そんなもの、もっともらしい理由を並べればよかろう。所詮は隣の国の話だ。確認を取る術はないし、なんとでもなる」

「つまり、ウソついて誤魔化すってことか?」


 ドドリゴが確認すると、ガルドは頷いた。


「そうだ。アイカの存在も、モンスター料理の効果も、王国には伏せる。陛下にはワシから適当に報告しておくから、お前たちもくれぐれも余計なことを喋るなよ。うっかり酒場で酔って口を滑らすとかな」


 ガルドはニヤリと口元を歪める。


「そうすれば、晴れてワシもお前らも玉座に返り咲けるというわけだ、フハハハ!」


 そのガルドの言葉に、三人は反論しなかった。

 それどころか罪悪感など微塵もなく、ただ力を取り戻せるかもしれないという期待感で同じように笑みを浮かべていた。


「よし。では帰るぞ」


 まずは王国へ戻って体勢を立て直す。

 その上でアイカを取り戻し、アルグレインの小僧にも必ず思い知らせてやる。


 そう決意を新たに、ガルドは宮殿に背を向けた。




 ***




 そんなガルドたちの姿を、宮殿の最上階付近の一室から見下ろしている人物がいた。


「……フッ。とまあ、どうせそんなことを考えているのだろうな」


 その女性は窓辺の椅子に腰かけ、そっとカーテンの隙間から優雅に地上を眺めていた。


「よろしかったのですか? 勝手に釈放などと……今頃、文官たちが大騒ぎになっているのでは」

「構わぬ。この妾の決定だぞ? 気づいたところで、誰も口出しなどできようはずもない」


 傍に控えていた執事風の青年に尋ねられるも、女性はあっさりと答えた。


「しかし、実際に奴らが行動を起こせば、それはつまり“ご子息”を――」

「構わんと言った」


 女性はあくまで笑みを含んだ声で、青年の言葉を遮った。


 そして再び窓の外へ視線を戻す。

 ガルドたちの姿はすでに小さくなっていた。


「……いや、むしろそうでなくては困るというものよ。なにせ、それこそが妾の目的なのだからな」


 女性はクククと笑い、青年はそれ以上何も言わなかった。


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