第16話 雑用令嬢、辺境のさらに辺境へ④
そうと決まれば、早速行動開始である。
まず私たちは村長宅へ戻り、ベンゼルさんに事情を話すことにした。
「あの、不躾なお願いで大変恐縮なんですが、ブリリアのお乳を少し分けていただくことはできますか? もちろん今夜の分だけで構いません。無理にたくさん取ることもしませんので」
相手はこの村で聖獣として大事にされているブリリアだ。お乳を分けてもらうだけとはいえ、もしかすると難色を示されるかもしれない。
そう思っていたのだけど。
「おお、それならもちろんですとも」
「いいんですか?」
「ええ。乳を搾るだけであれば、特段どこか傷つくわけでもないですしの。ブリリアたちも嫌がりはせんでしょう。キッチンもどうぞお使いくだされ」
意外にもベンゼルさんはあっさり快諾してくれた。
「ありがとうございます。では、お借りしますね」
よし、これで第一関門はクリアね。
というわけで私は再び厩舎へ戻ると、ベンゼルさんに教わりながらブリリアのお乳を搾らせてもらうことに。
ブリリアたちは相変わらず穏やかで、私が近づいても嫌がる様子はない。それどころかのんびりと何事もないように干し草を噛んでいた。
「ありがとね。大事に使わせてもらうわ」
軽く頭を撫でつつお礼を言う。
搾りたてのミルクを容器に受けると、ほんのり温かく、乳白色の表面が揺れる。そこから急いで村長宅のキッチンへ戻ると、私はすぐさま続く作業に取りかかった。
「まずはなんと言っても瘴気を抜かないとね」
ブリリアは村では聖獣と呼ばれているけれど、分類上はモンスター。そのお乳にも瘴気が含まれているのは、さっき旦那様と確認したとおり。
が、ここでいつもなら薬草と煮込んだりするところだが、今回は少し異なる手順を踏む。
というのも、これがお肉ならさほど影響はないが、ミルクの場合は香りが移りやすいという弱点がある。そこで今回は薬草ではなく、“魔石”を使うことにした。
私は火で熱した魔石を、そっとミルクへ落とした。じゅ、と小さな音がして、白い湯気がふわりと立つ。
「なんと。そんな方法でブリリアのお乳が飲めるようになるとは……。そのような魔石の使い方は初めて見ましたぞい」
そばで見ていたベンゼルさんが目を丸くする。
「そうかもですね。ただ、沸騰させると風味が落ちてしまうので、温めすぎないように気をつけるのがポイントです」
たしかに魔石といえば、魔道具の材料などが主な用途だ。これも私が試行錯誤の末に編み出した調理法の一つ。
私は鍋の様子を見ながら火加減を調整する。すると湯気と一緒に黒い湯気のような瘴気が抜けていく。
で、無事に瘴気抜きが完了したら、いよいよお待ちかねのチーズ作り。今回作るのはフレッシュチーズの代表格――“モッツァレラチーズ”。
……なのだが、実のところもう半分ほど完成している。
なぜならこのモッツァレラチーズ作りの工程はめちゃくちゃシンプル。基本的にはミルクにお酢を加えて温めるだけ。目安は40度……だいたいお風呂のお湯くらいと思ってくれれば大丈夫。
そして思い出してほしい。先ほど熱した魔石を投入したことにより、この時点でミルクはすでにイイ感じに温まっている。
よって、あとはそのまま木べらで軽くかき混ぜ続ければ――。
「むむ、なにやら浮かんできましたぞ」
「これがチーズの“もと”です」
私は崩れたヨーグルトのような白い塊をザルですくい上げ、それを別に用意していたお湯へ潜らせてから今度はヘラで押すようにこねる。
最初はぼそぼそとしていた塊が少しずつまとまっていく。次第にモチモチしてきたらもう完成。
なんとも美しい、突きたてのお餅のような純白のモッツァレラチーズの出来上がりである。
「ほほぉ。よもやこんなにも簡単にしっかりとしたチーズができるとは」
「ふふ、意外とお手軽ですよね」
続いては生地作り。が、ここでひとつ問題が。
あいにく手持ちの魔法袋に小麦粉の在庫はない。お昼のマフィンで使った余りはお屋敷に置いてきてしまった。ではどうするか?
そこで私が目を付けたのが、先ほど村長宅でご馳走になった村の名産である例のお茶である。
あのお茶の味わいは前世で飲んでいた麦茶に似ていた。ということは、お茶の材料自体が麦と同種の植物の可能性が高い。もしそうならば、すり潰して粉にすれば小麦粉の代わりになるはず。
しかもリタちゃんのお母さん曰く、このお茶の原料である“メーテス”という穀物は特殊なものらしく――。
「このメーテスはね、別名“万能麦”とも呼ばれていて、お茶として飲むのはもちろんだけど、パンにしてもしっとりモチモチで美味しいのよ」
「へぇ、そうなんですね。すごーい」
それはなんとも嬉しい誤算である。
一般的な麦茶の原料は大麦で、小麦とは少し性質が違う。パンにするとふっくらせずに硬くなりがちなのだけど、どうやらこのメーテスならその心配はなさそう。
とはいえ、そうなると新たな疑問が。
その事実を把握しておきながら、なぜ今までパンにして食べてこなかったのだろう?
するとそれとなく尋ねてみた私に、リタちゃんのお母さんはこう答えてくれた。
「だって、パンだけだと喉が渇いちゃうでしょう?」
「……………たしかに」
いや、たしかにではない。
なんですべてをパンにする前提? そこはそれこそお茶といっしょに食べればいいではないか。
私は喉から出かかったツッコミを必死に飲み込んだ。
相手はお茶だけで生きるという、仙人もびっくりな習慣に身を置いてきた方々。疑問を口にし出したらキリがない。
そんなわけで私は切り替え、調理に取り掛かる。で、その結果。
「うん、良い感じ良い感じ。これなら全然いけそう」
私は生地をこねながら確信した。この手触り、風味の豊かさ、これはピザにしても絶対おいしい!
そして完成した生地を手に外へ出ると、空き地では旦那様がレンガや石を組み上げていた。
この村は長らく料理という文化から離れていたため、本格的な調理環境はほとんど残っていなかった。ピザを焼くには強い火力が必要なので、旦那様に竈作りをお願いしていたのだ。
「おお、アイカか」
そう言って旦那様が顔を上げた先、そこにはとても即席とは思えない立派な竈ができあがっていた。
火力を集められるように形が整えられていて、焼き場としては申し分ない。
「お疲れ様です。すごいですね」
「ふっ、我ながら良い出来だ」
旦那様は満足げに頷く。
「そちらの首尾はどうだ?」
「もちろん、私の方も準備万端整っております」
私は持参したピザ生地を台の上に広げて見せた。
その上に乗っていたのは、かろうじて魔法袋に入っていたトマトから作ったトマトソースとバジル、そしてできたてのモッツァレラチーズ。
華美な具材はないが、チーズの白、ソースの赤、バジルの緑が並ぶだけで十分に食欲をそそる見た目に仕上がっている。
「美しい……まるで絵画のようだ」
「焼いたらもっとおいしそうになりますよ」
「それは楽しみだ」
私たちは意気揚々と竈にピザを入れると、ほどなくチーズがとろけ、生地が焼ける香ばしい匂いが空き地に広がっていく。
するとその匂いに気づいたのか、村の家々から少しずつ人が顔を出し始めた。戸口や窓からこちらを覗き、やがて一人、また一人と空き地へ集まってくる。その中には見知った顔も。
「お姉ちゃん、なにやってるの?」
ぱたぱたと駆け寄ってきたリタちゃんが、不思議そうな目で私を見上げる。
「あ、リタちゃん。いまお姉ちゃんね、料理をしてるの。ピザって料理、わかる?」
「知らなーい。おいしいの?」
「うん、とってもね。出来上がったらリタちゃんにも食べさせてあげる」
「ほんと!? やったー!」
リタちゃんの顔がぱっと輝く。
さらに私は集まってきた村の人たちへ向き直った。
「あ、ちなみにみなさんの分もありますから、どうぞ召し上がってください」
そう声をかけると、周囲から「おお……!」と嬉しそうなどよめきが起きた。
私はちょっとホッとする。どうやらお茶だけの生活に慣れているとはいえ、完全に食への興味が消えているわけではないらしい。
そうしてみんなでキャンプファイヤーよろしく、竈を囲んで待つことしばらく、ついに――。
「できました!」
――《ブリリア印の羊乳モッツァレラチーズピザ》の完成です!
竈から取り出したピザは、熱々の生地の上でモッツァレラチーズがとろけ、トマトソースとバジルの香りが重なっていた。
村人たちが一斉にどよめく中、私は食べやすい大きさに切り分けていく。
旦那様、ベンゼルさん、リタちゃん、リタちゃんのご両親、そして集まった村人たちへ順番に配る。こうなる可能性を考えて、数も大きさも十分に用意しておいたので全員に漏れなく行き渡った。
「では、熱いのでみなさん気をつけてくださいね」
みんなが頷き、初めてのピザを口にする。
次の瞬間。
「「「うほぉおおおおおお……!」」」
村中にとろけるような甘美な歓声が響き渡った。
「うほっ! おい見ろよ、チーズがこんなに伸びるぜ!」
「これがブリリアのミルクの味か! 初めて食べたが、なんてコク深い味わいなんだ!」
「ええ! トマトソースの酸味とも相性バッチリ! おいしいわ~!」
あちこちでいろんな声が上がる。ほふほふと熱々のピザを口いっぱいに頬張りながら、誰もかれもが興奮気味に顔を赤らめている。
そしてもちろん、うちの旦那様も負けじと黙ってはいない。
「くぅ〜、さすがアイカだ! チーズもさることながら、このピザ生地ももちもちな上になんとも香ばしくて素晴らしい! 無限に食べられてしまう!」
感動を爆発させるように叫ぶ。その目尻にはうっすら光るものも。
な、泣くほどとは……。
まあでも、一度は夕飯抜きという名の絶望の淵にまで追い込まれたのだ。その分だけ反動も大きいのだろう。
……ふぅ。とりあえず、無事になんとかなったわね。
と、そうして私がホッと一息ついているところに。
「アイカ殿」
食後、ベンゼルさんが私のもとへ歩み寄ってきた。そして深々と頭を下げる。
「この度は本当にありがとうございました。我々までご馳走に預からせてもらって……いやはや、まさかこの地でこんな絶品の料理を味わえる日がこようとは。村を代表してお礼を述べさせてください」
「いえ、まあおいしいものを作るのは私の趣味みたいなものですから。それに食材だってこの土地の物ですし」
チーズも生地も、ピット村とブリリア、そしてメーテスがあってこそだ。私はそれを料理の形にしただけである。
「ですので、ぜひこれからはみなさんでも作ってみてください。レシピはメモして置いていきますので」
「おお! それは誠ですか! 重ね重ね感謝いたします。このご恩はいつか必ず」
「いえいえ、ほんとにお気遣いなく」
チラリと視線を移すと、遠くでリタちゃんが同年代のお友達と「おいし~!」と笑い合っていた。
願わくば、リタちゃんのような子どもたちがこれからもっと食べる喜びを感じられますように――。
そんなことを勝手に願いつつ、このようにして私と旦那様のピット村での滞在は終わったのだった。
………ちなみに、これは後になって聞いた話なのだけれど。
この数日後、定期訪問で村を訪れた商人さんがこのピザを食べたところ、「これは絶対商売にすべきだ!」と絶賛し、村人を伴って町で屋台を開いて実演販売してみたらしい。
すると店は瞬く間に長蛇の行列を作るほど大繁盛し、「ブリリア印のピザ」は一躍ピット村の新たな名産になったそうな。
おまけに話はそれだけに留まらず、今までは体毛だけが商品だったブリリアのミルクやチーズを求める声も各地から殺到。村には月一回どころか、三日に一度は取引のために規模の大きい隊商が立ち寄るようになったのだとか。
こうしてピット村の経済は一気に活性化し、村人たちはついにお茶だけの生活から脱却したという。




