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第15話 雑用令嬢、辺境のさらに辺境へ③

 かくして急きょ始まった本日の夕食検討会。


 とはいえ、何を作るにしても食材がなければ始まらない。私と旦那様は二人で外へ出て、村の中にある厩舎のような建物へ足を運んでいた。


 そこにいたのは馬ではなく、羊とロバを足して割ったような初めて見る獣。

 丸みのある体つきに、柔らかそうな毛並み。こちらに気づいても怯える様子はなく、むしろのんびりと鼻先を動かしている。


 柵の周囲には手入れ用の道具が整然と置かれ、床もきれいに掃かれていた。少なくとも、ただ飼っているだけではない。どちらかと言えば丁重に扱うというか、村の人たちが大事にお世話をしているのが一目で分かった。


「“聖獣”……ですか?」

「ああ」


 私の呟きに、旦那様が頷いた。


「これがピット村のもう一つの名産。名は“ブリリア”という」

「ブリリア……初めて聞く名前ですが、“聖”ということは、魔獣とはまた別種の生き物ということなのでしょうか?」


 体内に魔力を有する動物を魔獣や魔物――つまりモンスターと呼ぶのなら、聖獣にはまた別の力があるのかもしれない。神聖力とか、そういうものが。


 けれど、旦那様は首を横に振った。


「いや、そういうわけではない。聖獣とて体内に魔力を有しているし、瘴気も宿している。モンスターとなんら変わらん」

「そうなんですね。では、なぜあえて区別を?」

「たぶんだが、彼らにとってこのブリリアがそれだけ特別な存在だからだろう」


 そう言って柵の向こうにいるブリリアへ目を向ける。


 どうやら領主である旦那様は、この村の事情についてもある程度は把握しているらしい。……もっとも、食事がお茶だけという点は初耳だったみたいだけど。


「普通の動物でも、人を襲う肉食獣は恐れられる。一方で犬や猫は家族のように可愛がられ、牛や馬は生活に欠かせない家畜として受け入れられるだろう? 人間同士でも、親しい相手は友人と呼ぶが、嫌いな相手は敵と見なす。呼び名というのは、関係性によって変わるものだ」

「要するに魔物は魔物でも、友好的だから聖獣と呼んでいるだけ……ということですか?」

「そういうことだな。もっとも、他の地域にもモンスターを手懐けて共存している例はある。宗教や土地の歴史が絡むこともあるから、一概には言えないが」

「なるほど……」


 そういうケースもあるのね。王国では聞いたことがなかったから知らなかった。


 でも実際に目の前のブリリアを見ていると、ただの危険なモンスターとして扱われない理由も少し分かる気がした。

 一頭が柵のそばまで近づいてきて、ふんふんと鼻を鳴らす。警戒している様子はない。むしろその態度には、私たちに構ってほしいと訴えてくるような友好さがあった。


「でもってこのブリリアの体毛だが、魔力を通す特殊な布の材料になることで有名でな。帝国内でも重宝されているんだ。それがピット村の名産であり、同時に村唯一の収入源にもなっている」


 旦那様が続ける。


「ただ繁殖が難しい上に、ブリリアたちはこの土地をいたく気に入っているらしくてな。他所へ移そうとしても頑なに拒んで離れようとはしないそうだ」

「だからみなさん、ここでいっしょに暮らしているんですね」

「うむ」


 そして、それこそが彼らの食生活がお茶一択である要因にもなっている。


 このピット村がある牧草地帯は広大で見晴らしがいい代わりに、食糧となる植物や獣の類が一切存在しない。

 加えて範囲外に出ると今度はすぐに険しい山と魔物の多い森で囲われた立地となっているため、狩猟や採集が成り立たない上に、流通もほぼ断たれている。


 唯一、月に一度だけ町からブリリアの毛を買い取りにくるついでに、商人が売り物として物資を運んできてくれるが、それでもかなりの遠方からであるため、持ってこられる量には限界がある。

 でもって現状、食糧は例のお茶で代用できてしまっている。必然的に輸送品として優先されるのはその他の生活必需品となり、結果として彼らの「ティーライフ」は不動のものとして確立されてしまったというわけだ。


「ちなみに商人さんに頼んで種を調達してもらって、それで畑を作る案は思い浮かばなかったんでしょうか?」

「試したうえでダメだったらしい。なんでもここらの土は瘴気を含んでいるようで、芽が出る前に枯れてしまうんだとか」

「え、それって大丈夫なんですか?」


 土が瘴気を含んでいるって、ほっといたら作物どころか自分たちが病気になりそうだけど。


「一応はな。きちんと専門家にも調査してもらって、かなり微量だから人間に害が及ぶレベルではないそうだ。ただ、土から栄養を吸う植物は影響が大きく、あのお茶だけが唯一の生き残りというわけだ」

「たくましいですね。なんとなく、その辺のバイタリティーが栄養価にも表れてるんでしょうか?」

「かもしれんな。まあ実際のところはわからんが」


 へ~……ちょっと興味深いかも。

 もっとも、今はそれについて調べる手段も余裕もないけれど。


「それにしても、村の人たちはどうしてブリリアたちとそこまで仲良くなったのでしょうね。一応はモンスターなんですよね?」

「わからん。それこそケースバイケースとしか。この村ができてかなり長い時間が経っているようだし、もしかしたら彼ら自身も知らないかもしれない。あるいは村長に聞けば何か教えてくれるかもしれんが……ただまあ、少なくとも事情はどうあれ“食べていい”とはならんだろうな」

「ですね」


 そこは間違いないでしょう。というか、流れ的に言い出す気にもなれない。


 もちろん最初に食事がお茶だけと聞いたときこそ、村を訪れた際にチラッと見えたブリリアたちの姿が脳裏を過ぎったりもした。

 けれど聖獣として扱われているくだりを聞いた今となっては、そんな気はすっかり消え失せてしまった。


 私もかつての前世においては、実家でワンちゃんを飼っていたことがあるのでわかる。ペットとはもはや家族なのだ。

 そしてここへ来てまだわずかだが、村人たちとブリリアの関係もそれに近いと感じている。


 そんな大事な存在を指して、間違っても「お腹が空いたので食べてもいいですか?」なんて言えるはずもなく。


「……仕方ない、やはり今晩は諦めるか」


 旦那様が小さく息を吐いた。


「このまま空腹のままで寝られるのかという問題はさておき、まあ一食くらい食べずとも人間死ぬことはないしな。明日の朝に出発すれば、近くの町で早めの昼食くらいは取れるだろう。そうと決まれば、まだ陽は落ちきってないが今夜は早めに休もう」


 そう言って旦那様が踵を返す。


 けれど、私はそこに待ったをかけた。


「いいえ旦那様、諦めるのはまだ早いですよ」

「ん?」


 たしかに現状、「ブリリアを食べる」という案は消えた。けれど、それですべての希望まで潰えたかと言えばそうではない。


 見たところブリリアは羊とかそっち系に近いモンスター。そして羊の身体で有用なのは、なにも毛だけとは限らない。

 なぜなら彼らはれっきとした哺乳類。であれば、その身体からは“お乳”が採れるはず。


「お乳……?」

「ええ、そうです」


 牛と違ってマイナーだし、どちらかと言うと山羊の方が有名ではあるけど、きちんとそのミルクは飲める。

 むしろスタンダードでクセのない牛乳より、味わいとしてはコクがあるのが特徴的。


「し、しかし、それだと結局のところ飲料オンリーの食卓から抜け出せないのでは……」

「ふふ、ご安心を。液体がダメなら、固形にしてしまえばいいんです。つまり、“チーズ”にするんです」

「チーズ……そうか、その手があったか!」


 旦那様がハッとする。ここに来てついにその瞳には希望の光が。


 とはいえ、ただチーズだけを食べるのはさすがに味気ない。そもそもチーズはおいしいし私も大好物だが、決して主食としてバクバク食べるものではない。


「……ならば、作るのはやっぱり()()でしょうね」

「アレ?」

「はい」


 その心は?と首を傾げた旦那様に、私は笑顔で頷き返す。


 チーズを主役にしつつ、かつ主食たり得る料理。

 すなわち――。


「“ピザ”です!」


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