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第17話 一方その頃、かつての職場は……④

 ソルヴェイン王国の首都にある王城、その謁見の間。


 玉座に腰掛けているのは、この国の王にして最高権力者――ソルヴェイン王その人。その傍らには宰相が控え、さらに周囲には数名の重臣たちが並んでいる。


 そんな彼らの視線の先では、冒険者ギルドのマスターであるガルドが片膝をついて視線を伏せていた。


 普段なら国境沿いの町ブラッケスにある自分の執務室で、職員や冒険者を怒鳴りつけている時間だ。

 それがどういうわけか、今はこうして悪戯がバレてしまった子どものように身を縮こまらせている。


 重臣たちの視線は冷たかった。かつてなら王国唯一のSランクギルドの長として、それなりの敬意を向けられていたはずだ。少なくとも、ここまで値踏みするような目で見られることはなかった。

 屈辱であり、腹立たしくもある。


 が、それらの感情は直後のソルヴェイン王の言葉により、まとめて吹き飛んだ。



「単刀直入に言おう、ガルドよ。そなたのギルドを“Sランク”から“Bランク”へ()()()()()



 その声は、厳かな空間に低く静かに落ちた。


「なっ……!?」


 ガルドは思わず顔を上げかけ、そのまま固まった。


 処分はあると思っていた。もちろん思っていた。王城に呼び出された時点で、無傷で帰れるなどとは考えていなかった。


 だが、それでも。


「お、お待ちください陛下!」


 気づけば、ガルドは身を乗り出していた。


「び、Bランクですと!? なぜです!? 通常ならまずはAランクへの降格が妥当なはず! なぜいきなり二階級も――」

「えぇい黙れ! この無礼者!」


 怒声を飛ばしたのは、王の傍らに控えていた宰相だった。


 ふくよかな腹を揺らしながら、宰相は一歩前へ出る。かつては瓜二つなほど同じ体型の二人だったが、このところの心労によって現在はガルドの方がひと回り細い。……決して喜ばしいことではないが。


「陛下の御前で、身の程もわきまえず抗弁するとは何事か! 貴様のギルドがこの数ヶ月、いったいどれだけの失態を重ねてきたと思っておる!」

「そ、それは……」

「依頼の失敗は増加。近隣住民への被害も拡大。そして先日はついに、この王都にまで貴様の町を潜り抜けたモンスターが出没したのだぞ!」


 厳しい口調の言葉が謁見の間に一つずつ響く。


 国境付近にあるブラッケスの町は、帝国におけるアルグレイン領と同じく、王国を守る盾の役目を担っている。

 そこでの任務の失敗はすなわち、王都や国全体のモンスター被害にも直結する。その影響がつい先日、まさに出てしまったのだ。


「失態の程度を考えれば、降格のみで済むこと自体、陛下の温情と知れ。本来なら町や民が被った損害について、多額の賠償を請求されてもおかしくはないのだぞ!」

「ば、賠償!?」


 その言葉を聞いた瞬間、ガルドの頭の中に嫌な記憶が蘇る。もちろん先日のエルグラーデ侯爵家との一件だ。


 ただでさえ契約解除によってこれから更なる資金繰りの困難が予想されるのに、そこへ追加の賠償など……そんなことになればいよいよ破産しかなくなる。

 そしてこの国で破産するということは、それすなわち「奴隷堕ち」を意味する。それだけは絶対に嫌だ!



「も、申し訳ございませんでした、陛下……!」


 ガルドは両手を床につき、先ほどまでの抗議を引っ込める。


「ど、どうかそれだけはご勘弁を……! 必ず、必ず失態は取り返します! どんな任務でもご命じください! 我がギルドは、王国のためならば、なんでも……!」


 自分の声が情けなく震えていることはわかっていた。だが、そんなものを気にしていられる状況ではない。ガルドは必死に額を地面にこすりつける。


 その様子に、ソルヴェイン王が玉座の上で静かに目を細めた。


「……ほう。どんな任務でも、か」


 王は傍らの重臣から地図を受け取ると、それを開かせた。


「よろしい、ならば本題に入ろう。実はこたびの謁見、そなたを呼び寄せた理由はもう一つある。ノクターン帝国との国境に広がる山岳地帯についてだ」


 帝国との国境――つまりは王国においてはブラッケス、そして帝国においてはリスティンの治めるアルグレイン領との中間に位置する場所である。

 そしてそこは古くからモンスターが多数出没する地帯であり、それぞれの町が国防の要として扱われている所以にもなっている。


 その上で、王は言った。


「おかしいと思わないか?」


 は……?


「今や落ちぶれたとはいえ、そなたらのギルドは栄えあるSランクだった。一方、今のところ帝国側では目立った混乱が起きておらぬと聞く。同じ発生源でありながら、向こうだけ一方的にモンスターの侵攻を食い止められているなど、妙な話であろう?」

「は、はあ……」


 たしかに言わんとしていることはわかる。とはいえ、それが呼び寄せた理由とどうつながるのか。さてはそれも踏まえて、王国の威厳を失墜させたとして更なる追加処分とかではないだろうな……。


 しかし、そうではなかった。


「ゆえに、余はそこに何らかのカラクリがあるに違いないと考えた。今回そなたに命じるのは、その理由の調査だ」

「そ、それはつまり、我々に帝国側を偵察してこい……と?」


 王の目がわずかに細くなる。


「……不服か?」

「い、いえ! 滅相もございません!」


 反射的に頭を下げる。まさかこの状況で不服など言えようはずもない。


 だが実際のところ、ガルドのはらわたは煮えくり返っていた。


(偵察……偵察だと?)


 かつて王国最強と謳われた冒険者ギルドが、栄誉ある大規模討伐でもなければ、名だたる貴族の護衛でもない。こそこそと国境の向こう側を探る、裏方の使い走りだなんて……。


 ガルドは喉元まで出かかった非難の言葉を必死に押し殺した。

 だがその沈黙さえ見透かしたように、王の声が低くなる。


「わかっておるのか、ガルドよ。そもそも余がこのような指令を出さねばならなくなったのは、そなたら自身の不甲斐なさにあるということを」

「うぐっ……!」


 ガルドの肩がびくりと跳ねた。


「ブラッケスのギルドが本来の役割を果たしていれば、国境の向こうにまで探りを入れる必要はなかった。国防を担う要の一つとして期待していたからこそ、Sランクの看板を与えていたのだ。だが今のそなたらはどうだ。看板だけを残し、中身が伴っておらぬ」


 横から宰相がさらに畳みかける。


「陛下の言う通りだ。王都へ届いておる苦情だけでも相当な数だ。貴族家からの報告も増えておる。これまでSランクの名で見逃されてきたものが、今後も同じように扱われると思うな」

「も、申し訳ございません……!」


 その後もネチネチとした指摘は続く。

 ガルドは頭を下げつつも、内心では早く終わってくれと祈り続けた。すでに身体を丸めすぎて背中も痛い。


「――以上だ。わかったら立場をわきまえ、任務を遂行せよ」


 長い説教がようやく途切れたとき、ガルドはぐったりしていた。


(……ふぅ、やっと終わった)


 顔を伏せたまま息を吐く。だがしかし。


「なお、ガルドよ。この任務には、そなた自身も同行することを命じる」

「なっ!?」


 今度こそ、ガルドは顔を上げた。


「わ、私自らですか!? しかし、私はギルドのマスターでして、トップ自らが偵察任務に赴くなど前代未聞と言いますか……!」

「マスターだからこそ、だ」


 王はきっぱりと言い切った。


「このところの体たらくは、個々の冒険者だけの問題ではあるまい。組織全体が緩んでいる。その責は、トップであるそなたにある」

「そ、それは……」

「立派な椅子にふんぞり返り、金勘定をしているだけでは見えてこないこともあろう。いったん外に出て、今一度現実というものを確かめてくるがよい」

「そんな……」


 そんなことを言ったら、あんただって立派な椅子に座ってるだけ……。


 という言葉がガルドの喉を出かかるも、もちろん言えるわけもなく。


「……ご用命、しかと承りました」


 結局、ガルドは苦しそうにひとこと振り絞り、謁見の間を退室した。




「……くそっ」


 廊下へ出た途端、抑えていた悔しさが顔に滲む。


 Bランクへの降格。人前で頭を下げる屈辱的行為。

 そして冒険者ギルドとしては恥ずべきである、偵察などという雑用じみた任務をしなければならない現実。それもトップである自らという不名誉なオマケつき。


 どれもこれも、少し前のガルドには想像すらできなかったことだ。


「なぜだ、なぜワシばかりがこんな目に……」


 けれどそんなガルドの思考回路は、己を省みるどころか他人への非難ばかりだった。


 こうなったのは全て無能な冒険者と職員たちのせい。あとは《金の盾》。あいつらが不調になどなっていなければ、今も自分は悠々自適な毎日を過ごせていたはずなのに。


「だいたいワシがこんなにつらい目に遭っているのに、帝国側が呑気に無事なのも気に食わん」


 と、そこでガルドはふと王の言葉を思い出す。


 ――ゆえに、儂はそこに何らかのカラクリがあるに違いないと考えた。


 たしかに、言われてみれば少し妙だ。


 こちらは依頼の失敗が続き、負傷者も増え、貴族の屋敷にまで被害が出ている。それなのに帝国側はどうやってモンスターの侵攻を防いでいるのか。


 もしや何か新兵器の開発にでも成功したのだろうか? それとも強力な魔法?

 いや、あるいはもっと悪質な手段かも。強欲な帝国の連中ならありえん話ではない。例えばモンスターを倒すのではなく、あえて王国側へ誘導しているとか――。


「……待てよ?」


 そこまで考えたところで、ガルドはふと足を止めた。そして彼の口元がニヤリと歪む。


「そうか……その手があったか」



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