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第13話 雑用令嬢、辺境のさらに辺境へ①

 その日、私と旦那様はアルグレイン領内のとある牧草地帯へ向かっていた。


 見渡す限りの草原は王国にいた頃にはあまり見たことのない景色で、空は広いし、風は軽いし、そのままお昼寝でもしたくなるくらい気持ちがいい。


 もっとも、今日の目的はのんびり散歩ではない。


 ここへ来たのはもちろん騎士団としての任務の一環で、なんでも先日この近辺にある“ピット村”という村から「周囲に凶悪なモンスターが棲みついたので駆除してほしい」という依頼が届いたらしい。

 で、例のごとくはるばる遠征にやってきたわけだ。


 ちなみにメンバーはというと、旦那様と私の二人だけ。

 今回は珍しく危険度の高いモンスターが領内の複数箇所で確認されたということで、他の騎士団員たちはそっちに当たってもらっている。この辺りは戦力配分の観点から。


 屈強なアルグレイン領の騎士団だが、その中でも団長である旦那様の実力は飛びぬけている。その実力は単独で一軍規模の戦力と見なされるほどであり、だから任務を一人でこなすのもお手の物というわけだ。改めて考えると凄まじい。


 あ、ちなみに私は当然ながら戦闘においては戦力外であるため、はじめから頭数には入っていないのであしからず。


「い、言っておくが、決して皆に隠れて俺だけうまい物を独占しようというわけじゃないからな! か、勘違いするんじゃないぞ!」


 隣を歩いていた旦那様が、なぜか少し慌てたようにそんなことを言った。


「別になにも言ってませんけど……」


 むしろそうやって念を押されると、そうなのかなと思えてくるのですが。



 ともあれ、そんなやり取りをしている間に、私たちは依頼人との合流地点へと辿り着いた。


 そこにいたのは杖をついたお爺さんと、十歳に届かないくらいの女の子だった。


「これはこれは騎士様、遠路はるばるありがとうございますじゃ。ワシはピット村の村長をしておりますベンゼルと申します。こっちは孫娘のリタです」


 お爺さん――ベンゼルさんが深々と頭を下げてくる。隣のリタちゃんも、少し緊張した様子でこちらを見上げている。


「お初にお目にかかります。リスティン・アルグレインです」


 旦那様が丁寧に名乗ると、ベンゼルさんは目を丸くした。


「おお……! 領主様御自らお越しくださるとは! なんと光栄な……!」

「いえいえ。私も騎士団の団長ですから」

「ええ、ええ。領主様のご活躍はこの地でも聞き及んでおりますとも。頼もしい限りですじゃ」


 ベンゼルさんがいたく感激した様子で旦那様の手を取る。


 う~ん、さすがは旦那様。こんな遠方まで武勇が届いているなんてすごいですね。


「そしてこっちが、我が家でメイドを務めてくれている――」

「アイカです。リタちゃんも、はじめまして」


 旦那様の紹介に合わせて、私は一歩前へ出て笑顔で挨拶した。


 するとリタちゃんは、ぱっと背筋を伸ばして、ぺこりと頭を下げる。


「はじめまして! きょうはよろしくおねがいします! 騎士さま、お姉ちゃん!」


 お姉ちゃん。


 ……よかった。いや、何がとは言わないけど。でももしここでおばさん扱いされたら、ちょっとだけ心に来ていたかもしれない。

 うん、この子は良い子だ。間違いない。


 などと私がひそかにほっこりしていると、今度はベンゼルさんが私の顔をじっと見つめた。


「アイカ……おお、おぬしがあの!」

「え?」


 あの、とは?

 私が首を傾げると、ベンゼルさんは何度も頷きながら言った。


「以前、村を巡回に来てくださった騎士様が仰っていたのですじゃ。近頃騎士団に新しく凄腕の料理人が加わったと。なんでもヒュドラさえもあっという間に捌いてしまうと聞いておりましたので、ワシはてっきり大男の類かと勘違いしておりましたが……いやはや、こんな可憐なお嬢さんだったとは」

「か、可憐……」


 あらやだ。お上手ですこと。

 というかちょっとビックリしちゃった。旦那様だけならいざ知らず、私の名前まで伝わっていたとは予想外。

 恥ずかしいような、でもやっぱり嬉しいような。


「そうだ。せっかくですので、一緒に昼食はどうですか? 今日はお弁当を持ってきているんです」


 私はこそばゆい空気を変えるように言った。


「おべんとう?」


 まるで聞きなれない単語であるかのようにリタちゃんが小さく首を傾げる。


 その一方、素早く反応したのはもちろん旦那様だ。


「おお、そうだな! それがいい! ちょうど昼時でもあることだし!」

「わかりました。では今準備しますね」


 私は魔法袋からバスケットを取り出すと、原っぱに敷いた風呂敷の上でそっと蓋を開けた。


 中に並んでいるのは、丸いパンで挟んだサンドイッチたち。

 甘くないイングリッシュマフィンに、“アルミラージ”――俗に言う、一角ウサギの肉で作ったカツレツ。そこへ軽くマリネした薄切りタマネギと、自家製マスタードソースを合わせたものだ。


「よし、では早速いただこう」


 旦那様は待ちきれない様子で一つ手に取る。

 そしてそのまま大きくかぶりつくと、たちまち満面の笑みで「うまいっ!!」と叫んだ。


「厚すぎないカツが実に軽やかで食べやすい! そこへマリネのほどよい酸味とマスタードの刺激が良いアクセントになっている! 肉そのものもジビエならではの野性味がありつつ、それでいて鶏むね肉の親しみやすさとヒレ肉の上品さを足したような味わいだ!」


 怒涛の食レポ&ムシャムシャとおいしそうに頬張る姿。

 今日も今日とて、うちの旦那様は幸せそうだ。


 が、しかし。


「…………」

「…………」


 どういうわけか、ベンゼルさんとリタちゃんはサンドイッチを手に取ったまま動かない。それどころか恐る恐る見つめている。


 はて、いったいどうしたのかしら? 一応説明がややこしくなると思って、お肉がモンスターなのは伏せているはずだけど。もしやカツという料理自体が初めて見る物だったとか?


 ただそれでも、すぐそばで美味しそうに食べ進める旦那様の様子に触発されたのか、やがて二人はそろって動き出した。

 で、ひと口かじった瞬間。


「むおおっ!?」

「ふわぁあ!!」


 二人の目が一気に輝く。


「このお肉おいし〜! 外がサクサク〜!」


 モグモグと口を動かしつつ、リタちゃんが嬉しそうに感想を述べる。


「リタちゃん、もしかしてこういうの食べるの初めて?」

「うん! なんて言うの?」

「ふふっ、それはカツレツって言ってね。パン粉で作った衣でお肉を包んで、油で揚げた料理なのよ」

「へ〜?」


 よくわからない、といった表情を浮かべつつ、けれどキラキラした瞳でリタちゃんが頷く。

 その横ではベンゼルさんも膝をぽんと叩いていた。


「いやはや、さすがですのぉ。凄腕との噂はまことでしたか。いや、むしろこれは噂以上! まさに絶品ですじゃ!」

「喜んでいただけたようでなによりです」

「いやぁ、()()()()の食事ゆえに胃がビックリしないか少々不安でしたが、その心配はどうやら不要でしたな。こんな美味しい食べ物ならいくらでも食べられそうですぞ」


 ……久しぶり?


 どういう意味だろう。もしや風邪でも引いてしばらくマトモな食事ができていなかったとか?

 とはいえ、喜んでもらえたようならなによりだ。自分で出しておいてなんだけど、勝手ながら年配の方に揚げ物は少し重いかもと心配していたのでちょっとホッとした。



 やがて全員がお弁当を食べ終えると、ベンゼルさんとリタちゃんは何度もお礼を言ってくれた。


 でもって和やかな昼食の時間が終われば、いよいよ本来の目的であるモンスター討伐の時間である。


「では、こちらですじゃ」


 ベンゼルさんを先頭に、私たちは近くの森へ向かって歩き出した。


 ベンゼルさんは脚が悪いらしく、杖をついている。その横ではリタちゃんが小さな手で祖父の手を引いていた。まだ幼いのに、自然にそうやって支えているのがなんだか健気で、また少しほっこりする。やっぱりこの子は良い子だ。


 とはいえ、同時に疑問もわく。案内役を買って出てくれたのはありがたいけど、他に人がいなかったのだろうか。いざモンスターに襲われたとして、逃げるのが大変では。


 しかし、ベンゼルさん曰く、それは大丈夫とのこと。


「ご心配には及びませぬ。棲みついたのは植物系のモンスターでしてな。根を張って待ち伏せする類ゆえ、よほど近づかぬ限りは襲ってきませぬ」

「あ、そうなんですね」

「とはいえ、村の近くに居座られているだけでも不気味でしてな。それに、そのモンスターを狙って別のモンスターが寄ってくる危険もありますゆえ、こうして駆除をお願いした次第ですじゃ」


 なるほど。それならよかった。


「それに、ちょうどこの時期は村人総出で大事な仕事の真っ最中でしてな。手が空いている大人がワシしかおらず」

「大事な仕事、ですか?」

「ええ。わが村にとっては伝統でもあり、唯一の収入源ですじゃ。ワシもこの脚じゃなければ手伝っておったんですがのぅ」

「へ~」


 何の仕事かしらね?


 うっすら疑問に思う私の横で、旦那様が明らかにトーンダウンした様子でぼそりと呟く。


「植物系か……」


 ……あの、旦那様? もしかして食べられないかもしれないと思って残念がっています?


 そうこうしているうちに、私たちは目的地へ到着。森の手前、少し開けた場所に差しかかると、ベンゼルさんが杖の先で前方を示した。


「お、見えてきましたぞ。あれですじゃ」


 そこにいたのは、樹木のようなモンスターだった。


 太い幹には目と口のような窪みがあり、体には何本ものツタが絡みついている。地面に根を張ったまま、こちらに気づいたのか、枝葉をざわざわと震わせて威嚇してきた。


「気を付けてくだされ。ヤツめ、少しでも己のテリトリーに敵が侵入しようものなら、人間だろうと動物だろうと容赦なく襲い掛かってきますゆえ……」


 が、そうしたベンゼルさんの忠告を受けつつも。


「心配ご無用。すぐ終わります」


 旦那様は短く告げて、剣を抜きながら前へ出た。


 次の瞬間、モンスターがいくつものツタを鞭のようにしならせ旦那様へと放つ。


「危ない!」


 ベンゼルさんが叫ぶ。が、旦那様の足は止まらない。


 一歩。


 ただそれだけ踏み込んだように見えた瞬間、鋭い銀光が走った。


 斬撃一閃。

 伸びていたツタごと、太い幹が真っ二つに断ち切られる。


 根を張っていた巨体は大きく揺れ、それから重たい音を立てて地面に崩れ落ちた。


「な、なんと!? わずか一撃!?」

「騎士さま、すごーい!」


 ベンゼルさんは呆然と目を見開き、リタちゃんはぴょんと跳ねるように喜んだ。

 これぞ旦那様である。


「ほほ、強いとは聞き及んでおりましたが、これほどとは……。相手はBランク相当の“シックウッド”だったというのに」


 旦那様は剣を収めると、周囲を見回して安全を確認する。敵に動く気配はもうない。


「これで当面の危険はないでしょう」

「ありがとうございますじゃ、領主様! これで村の者たちも安心できます」


 ベンゼルさんは深々と頭を下げた。


「これが私の仕事ですから」

「いえいえ、それでもぜひお礼をさせてくだされ。村の者たちにも、直接感謝を言わせてやっていただきたいのです。どうかお二人ともピット村へお立ち寄りくださいませ」

「ふむ」


 旦那様は少し考えるようにしてから、私のほうを見た。


「どうする、アイカ。もともと遠方の任務だ。いずれにせよ、どこかの町に泊まるつもりではあったが」

「そうですね。すでに来る途中も前乗りで一泊してますし、特にお断りする理由もないかと」


 私が頷くと、旦那様も穏やかに微笑んだ。


「では、お言葉に甘えましょう」


 その言葉に、ベンゼルさんとリタちゃんの顔がぱっと明るくなる。

 こうして私たちは討伐を終えた足で、そのままピット村へ向かうことになった。


 が、そんな私たちを待っていたのは――。




「え、これが夕飯……ですか?」


 出されたのは、なんとお茶だった。


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