第4話 新人戦 AとB
新人戦当日。
第1レースのスタート前、海面で風待ちとなった。
風下から参加艇を見渡しながら、「この中の誰かがトップフィニッシュするんだな」などと考えていた。
私は冷静さを保っていた。
なるようになるしかない。。。
再スタートの時刻が本部船からアナウンスされた。
風位は、真風。
群れを離れ、スタートラインの東海面へ向かう。
なんだか体がフワフワしている。
足が地につかない感覚。
なに、なに、なに?
その時、内心Bが私を唆す。
「こんなところで何してるんじゃ」
「お前の作戦など失敗するに決まっているだろうが」
「悪いことは言わないから、早く群れに戻れ!」
今度は、内心Aが私を励ます。
「今戻ったら、前回と同じ結果だぞ」
「ここで頑張らないでどうするんじゃ」
「負けるな!」
私はAに従い、作戦通りに行動する「覚悟!」を決めた。
Bは、消え去った。
フワフワ感はなくなり元の冷静な自分に戻った。
今度ばかりは、Bに負けることはなかった。
スタート10分前。
スタートラインは、風下有利の設定だ。
まだ東海面で、機を伺っている。
そこへ、同じ目的の阿呆がやってきた。
スキッパーはいつも浜で、でかい顔しているⅯだ。
お互いに牽制しながら様子を伺っている。
スタート5分前。
こいつ意地を張ってるな。
スタート3分前。
最後まで相手をしていると、スタートの位置取りに失敗するかもしれない。
やむを得ない。
ライン上でフリーウォーターを得る作戦に変更しよう。
私は、ライン上を風上側から流してくる集団の頭を押さえた。
Mは、大喜びで私の風下に位置した。
彼にとっては、これ以上ない理想的な位置どりだ。
さて、私はフリーウォーターを得なければならない。
試しに、ダメ元で呼びかけた。
「おい M! そんなとこで何してる! 遅い! 遅れるぞ!」
「コラー 走れ! 何しにシモイチ取りに来たんじゃ!」
「このボケ! 走らんか! 甲斐性なし!!!」
クルーも一緒に大声でコールを続けた。
ん!?
セイルに風をいれてチョボチョボ走り始めたぞ。
ありゃりゃ、何じゃそれ?
明らかに早すぎる。
それじゃあ行き詰って、外側かわせねーぞ。
私としては、せめてフリーウォーター2艇身もあればと考えていたのだが、、、
いやはや、言ってみるもんだねぇ。
私たちは、マックススピードでM艇の風上側をすり抜けてスタートした。
経験した全てのレースの中で、最高のスタートであった。
M艇は行き詰って、風位に向きすぎて失速している。
こちらに向かって「カミー!」と叫んでいたが無視。
典型的なシモイチ狙いの失敗例。。。
一歩誤ると、このような結果となる。
浜に戻った後、腕を組んで私を睨みつけているので、カッパを叩きつけてやった。
文句があるなら抗議しろ!
逆恨みも大概にしやがれってんだ。
・・・Mは、後からご機嫌とりに来やがった。
それ以降のレースでは、外側付近で彼を見かけることはなかった。
<参考>
・スタート時間:
ヨットレースは、あらかじめ決められた時間にスタートする。
スタート10分前と5分前に合図のホーンが鳴らされる。
クルーは、腕時計を確認しながら、スタート時刻まで「何分前」「何秒前」とスキッパーに報告する。
・風下艇の権利:
レースでは、風上艇は風下艇を避けなければならないという規則がある。
風下艇はその権利を「シモ!」や「カミ!(ローカル)」などと風上艇にコールする。
<用語>
・風待ち:無風のため、レース開始時間を遅らせること。
・真風:関東以西では、南風をこう呼ぶことが多い。
・スキッパー(艇長):ディンギーでは、メインセイルと舵を操作し、艇のバランスもとる。
・フリーウォーター:周囲に他艇がおらず、自由に帆走できる水面。
・コール:
他艇に対し自艇の航路権を呼びかけること。
ときに激しい駆け引きコールの応酬がある(オラオラコール)
・浜:私たちは、艇庫の場所を「はま」と呼んでいる。
・抗議:出場艇は相手にルール違反があるときは、学連委員会に抗議を申請することができる。




