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神律スキル編纂局 ~その不具合スキル、直します~  作者: にのまえあゆむ


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第6話 歓迎会とお隣さん

 路地裏に差し込む夕日が、ヤマトの目の前で明滅するワールド・コードを淡く照らしていた。

 該当仕様の横で赤く揺れていた動作不良の文字が綺麗に消え去り、白く澄んだ正常稼働の文字列へと変わっている。


(よし。これで初仕事は完了だ)


 無事に仕様通りの挙動を確認できた実感を噛み締めながら、ヤマトが画面を閉じようとした、その時だった。

 すうっ、と。

 画面の奥から、見慣れない金色のシステムメッセージが浮かび上がってくる。


『対象仕様:【光波の加護】(識別番号:LC-0041)の正常動作を確認しました』


「あ、光波の加護が『正常動作』に切り替わりましたよ」


 ヤマトが報告すると、横を歩いていたセレナが満足そうに微笑んだ。


「ええ、満点以上の初仕事だったわよ。さあ、私たちも戻りましょうか。帰って今回の感想会ね」

「そうですね。さすがに緊張しました……」


 ヤマトがワールド・コードを閉じると、セレナはその白い指先をパチンと鳴らした。

 次の瞬間、視界が純白の光に包まれる。

 独特の浮遊感の後、目を開けると、そこは巨大な魔法陣がいくつも刻まれた、地上との行き来をするための場所──転移室になっていた。


「それじゃあ着替えて、と……」


 魔法陣の中心で、セレナがすっと空間を指先でなぞって自分用のワールド・コードを展開した。


 彼女がタッチパネル式のホログラム画面を小気味よくタップすると、地上で身に纏っていたしなやかなマントや革の胸当てが淡い光の粒子となって弾け、一瞬にしてシンプルで洗練された天界の制服へと戻っていく。


 ヤマトの泥だらけだった冒険者服も、同様の光に包まれて元の綺麗な制服へと戻った。


「感想会はデスクでやりましょうか」

「了解です」


 二人は転移室の奥にあるいくつかの重厚な気密扉を抜け、いつものアットホームな職場へと足を向けた。

 神律スキル編纂局の扉を開け、自分のデスクの椅子に深く沈み込みながら、ヤマトは大きく息を吐き出した。


「はぁぁ……帰ってきた。一時はどうなることかと思いましたよ」

「ふふ、お疲れ様。まずはこれでも飲んで落ち着きなさいな」


 セレナが手際よく淹れてくれた、天界の香草茶が机に置かれる。湯気とともに広がる穏やかな香りに、ヤマトのこわばっていた神経がようやく解けていった。


「さて。お茶を飲んだら、さっそく感想会ね」


 セレナは自分の机に腰掛け、空中に浮遊するワールド・コードの画面に【光波の加護】の仕様書を広げながら、先輩としての優しい視線をヤマトに向けた。


「ヤマトくん。初めての現場業務、自分ではどう感じた?」

「どう、って……正直、無我夢中でしたよ。冒険者なんてやったことないですし。でも、あのスキルがちゃんと仕様書通りの出力で発動したときは、本当にホッとしました」


「そうね。現場での立ち回りは合格点よ。特に、保有者の意識を『敵を倒す』から『あなたを護る』に切り替えさせたあの立ち振る舞いはお見事だったわ。あれで仕様の起動条件を完全に満たしてみせたわね」


 セレナは満足そうに頷き、画面をトントンと指先で叩いた。


「酒場での問診で『保有者の思い込み』というエラー原因を見抜き、仕様書と突き合わせて本来の出力を引き出した。仕様の管理者、ひいては不調調律室の室員としての基本を、あなたは完璧に踏んでみせたわね」


「でも、結局はシステム側が間違ってたわけじゃないんですよね? 人間が勝手に勘違いして、勝手に空回りしてただけで。それなのに、こちら側としてはエラー扱いで処理をしなければならないんですか?」


「そこがこの仕事の難しさであり、管理が怠れない理由なのよ、ヤマトくん」


 セレナの真剣な眼差しに、ヤマトは居住まいを正した。


「開発部がどれだけ完璧な仕様のスキルを作っても、それを受け取る人間に誤解されたまま放置されたら、そのスキルは世界の中で機能不全のデータになっちゃうでしょう? だから、開発とは別の視点で現場を診る私たちがいるのよ。特に、今回の【光波の加護】は特定の個人だけに宛てた固有のものではないわ。世界中の何名もの人間に授与されている、量産型のコモンスキルよ」


「えっ、レオンさんだけのスキルじゃなかったんですか?」

「ええ。だからこそ、現場で使い方を誤解されたまま『使えないハズレスキルだ』なんて悪評が広まったら、開発した私たちとしては大問題。同じ仕様を割り振られた他の保有者たちまで、引きずられて不調和を起こしかねないわ」


 ヤマトは手元のカップを見つめ、今日一日の出来事を思い返した。

 仕様書の中にある、ただのシステム記述。それが、現場で人間の意志と噛み合った瞬間、カチリと本来の素晴らしい効果を発揮したあの光景。前世で病弱だった自分を、丁寧に診察し、お世話してくれた医師たちの誠実な姿が自然と重なる。


「なるほど……。システムが正常でも、使う人間が間違っていたらスキルは死にスキルになる。それを現地でちゃんと診察して、稼働率を百パーセントに戻してあげるのが、俺たちの役目なんですね」

「ふふ、その通り。理解が早くて助かるわ」


 セレナは悪戯っぽく微笑むと、ヤマトの前に新しい、真っさらな仕様書の束を音を立てて置いた。


「さて、今日は地上でのエラー修正を終えてきたから、このまま上がってもいいんだけど……そういえばヤマトくん、あなたのお家ってどうなってるのかしら?」

「え? あー……そういえば俺、女神様にこの身体を頂いてすぐにここへ来たので、その辺りのこと、何も聞いてないですね」

「あら、そうなのね。うーん……」


 セレナが指先を顎に当てて少し考え込んだ、その時だった。


「ああ、戻ったのかい」


 マージン室長が、ひょっこりとこちらへやって来た。相変わらず首元を緩めた気怠げな佇まいだが、その手には何やら薄い魔導プレートが握られている。


「室長、ちょうど良かったわ。ヤマトくんの住居、どうなってるんですか? 女神様から何か聞いてませんか?」

「まさにその件で声を掛けたんだよ。さっき女神サマから『ヤマトくんの居住区の鍵、渡し忘れてたからマージンよろしくね!』って神託が飛んできてねぇ。はい、これ」


 マージン室長がヤマトに差し出してきたのは、淡く透き通った青い結晶のマルチキーだった。


「君ら、今日はこれで上がりだろう? セレナくん、せっかくだからヤマトくんを居住エリアへ案内してあげてよ。よろしくね」

「もう、女神様ったら相変わらずお茶目なんだから……。分かりました、私が案内します」


 セレナが呆れたように肩をすくめた。


「俺の家ってことですか? ありがとうございます、室長」


 ヤマトは声を弾ませて、差し出されたマルチキーを受け取った。

 前世での自分の居場所といえば、白く無機質な病室のベッドの上だけだった。プライベートな空間も、自分の好きなものだけに囲まれる一人暮らしの部屋も、すべて諦めるのが当たり前だった。

 それが、この天界でついに〝自分の家〟が手に入るのだ。気分が高揚しないわけがない。


「ヤマトくん、初仕事お見事だったよ。まずはゆっくり休んで、天界での生活も楽しんでちょうだいよ。それじゃ、お疲れさん」


 マージン室長はひらひらと手を振りながら自分のデスクへと戻っていった。

 気怠げではあるが、最後にかけられた言葉には、新しい部下への確かな温もりと労いが込められていた。


「それじゃあヤマトくん、さっそく行きましょうか」

「はい、よろしくお願いします!」


 セレナに促され、ヤマトは受け取ったキーを大事にポケットへと仕舞い込んだ。

 編纂室のゲートをくぐり、流線型の通路を抜けた先にある転移室へと向かう。居住エリアへと繋がる魔法陣の上へと乗ると、一瞬の浮遊感と共に景色が切り替わった。

 辿り着いたのは、白亜の美しい建物が整然と並ぶ、静かで穏やかな区画だった。


「──と、その前に」


案内役として前を歩いていたセレナが、くるりと楽しそうに振り返った。


「せっかく初仕事を無事に終えたんだもの。お家へ行く前に、ちょっと寄り道していかない? 二人だけの、ささやかな歓迎会」

「歓迎会、ですか?」

「そう。この居住エリアのすぐ近くにね、御使いたちがよく使う美味しいお店があるのよ。お祝いに私がおごってあげる!」

「本当ですか? ありがとうございます。ぜひ行ってみたいです」


 ヤマトは声を弾ませた。

 前世では学校帰りに友達とどこかへ寄ったり、仕事終わりに先輩と食事をしたりするような日常は、ずっと窓の向こうの世界の出来事だった。

 そんな些細で、けれど特別な寄り道が今、自分の現実として目の前にある。それだけで胸の奥がじんわりと温かくなった。


 セレナに連れられてやってきたのは、お洒落なカフェ──ではなく、年季の入った木造りの赤提灯が灯る、どこか懐かしい佇まいの居酒屋風の店だった。

 暖簾をくぐると、出汁のいい匂いと、仕事を終えた御使いたちの賑やかな話し声が出迎えてくれる。


「へえ、天界にもこういうお店があるんですね」

「ふふ、ここ、編纂室の連中もよく使うのよ。さ、座って座って」


 奥の座敷席に腰を下ろすなり、セレナは手慣れた様子でメニュー表を広げ、店員を呼んだ。


「すいませーん! とりあえずアムリタを大ジョッキで! あ、ヤマトくんは? お酒って飲めるかしら?」

「お酒ですか? いやあ、入院生活が長かったので、お酒は飲んだことないです」

「あら、じゃあ無理しちゃダメね。じゃあヤマトくんにはネクタルジュースの方がいいかしらね。それと、無限猪の串焼き盛り合わせをタレで。あとは……そうね、知恵の鮭の活き作りを一つ!」


 職場での凛とした雰囲気はどこへやら、神話の霊薬であるアムリタの大ジョッキに加え、無限猪や伝説の鮭を慣れた手付きで注文するセレナの姿に、ヤマトは新鮮な驚きを禁じ得なかった。


「お待たせしました~。アムリタの大ジョッキと、ネクタルジュースです。それと知恵の鮭の活き作りになります」


 運ばれてきた大きなジョッキを、セレナは嬉しそうに両手で受け取る。黄金色の液体の上には、きめ細やかな白い泡が乗っていた。


「はい、それじゃあヤマトくん。初仕事、本当にお疲れ様! 乾杯!」

「乾杯!」


 カチン、とジョッキとグラスを合わせる。

 セレナはそのまま大ジョッキを傾け、驚くほどの男前な飲みっぷりでゴクゴクと喉を鳴らした。

 ぷはぁ、と小さく息を吐き、幸せそうに頬を緩める。


「ん~っ! これこれ! やっぱり一仕事終えたあとのアムリタは五臓六腑に染み渡るわねぇ~っ!」

「……セレナさん、職場とだいぶ印象が変わりますね」


 ヤマトが思わず苦笑すると、セレナはジョッキを置いて、少し顔を赤くしながらニヤリと笑った。


「いいじゃな~い、プライベートくらいダラッとさせてよ。職場じゃ一応、先輩として張り詰めてるんだから。ほら、お刺身食べなさい。これ、一口食べると頭がシャキッとするんだから」


 そう言って、美しく透き通ったオレンジ色の身が並ぶ皿を押し付けてくる彼女は、どこか親戚の面倒見のいいお姉さんのようでもある。

 ヤマトが箸で一切れ掴み、醤油に似たタレに少し浸して口に運ぶ。

 その瞬間、とろけるような濃厚な脂の旨味と、上品な甘みが口いっぱいに広がった。同時に、地上のエラー修正で使った頭の疲労が、文字通りみるみるうちにクリアになっていくのが分かる。


「うわ、美味しい……! 本当に頭がすっきりしますね」

「でしょ? スキル開発部門の御用達メニューなのよ。あ、運ばれてきた無限猪の串焼きも温かいうちに食べちゃって」

「最高です。連れてきてもらえて本当に良かったです」

「ふふ、喜んでもらえて何よりだわ。……あ、そういえばさ」


 セレナは上機嫌で串焼きを頬張りながら、思い出したように言った。


「さっき室長から貰った鍵、どこになってた? 一応、場所を確認しておきたいから見せてもらっていいかしら?」

「ええ、いいですよ」


 ヤマトがポケットから青い結晶のマルチキーを取り出してテーブルに置くと、セレナが少しトロンとした目でそれを覗き込んだ。

 結晶の表面には、淡い光の文字で『第三居住棟・四〇二号室』と浮かび上がっている。


「……ん? あれ?」


 ジョッキを持とうとしていたセレナの手が、ピタリと止まった。


「どうかしました?」

「ヤマトくん……あなたの部屋、三棟の四〇二号室?」

「え……っと、ですね。そう書いてあります。それが何か?」

「何かっていうか……私、三棟の四〇一号室なんだけど」

「えっ?」


 今度はヤマトが目を丸くする番だった。

 四〇一と四〇二。それはつまり、壁を一つ挟んだすぐ隣──完全なるお隣同士という意味だった。


「え、これ……もしかして、女神様の仕業? えぇ~っ、ちょっと待ってよ。私の部屋、今めちゃくちゃ散らかってるんだけど……!」


 お酒の勢いも手伝ってか、セレナは頭を抱えて本気で焦り始めた。職場の完璧な彼女からは想像もつかないその慌てぶりに、ヤマトは思わず吹き出してしまう。


「落ち着いてください、セレナさん。お隣同士だったとしても、別にセレナさんの部屋に俺が今から上がり込むわけじゃないんですから」

「あ、そっか。そうよね。あー、焦って損した」


 セレナは胸をなでおろすと、今度は急に顔を真っ赤にして、ごまかすようにアムリタのジョッキを一気に煽った。


「で、でもね!? お隣ってことは、廊下とかでばったり会う可能性はめちゃくちゃ高いわけじゃない! オフの日に、よれよれのTシャツにすっぴんでゴミ出ししてるところとか見られたら、先輩としての威厳が丸潰れなのよ!?」

「そんなに心配しなくても、別に気にしませんよ」


「気にするの! 私が! あーもう、室長も女神様も、なんで事前に一言言ってくれないかなぁ! すいませーん、アムリタおかわり! 今度はメガジョッキで!」

「えっ、まだ飲むんですか?」


 そこからのセレナは、完全にタガが外れたようだった。

 お隣同士という事実への照れ隠しもあるのか、追加の無限猪の串焼きをものすごい勢いで平らげながら、アムリタを次々と空けていく。


 そして一時間後。


「ん……ふぇ……もう、飲めなぁい……」


 ついに限界を迎えたセレナは、そう小さく呟くと、座敷の座布団の上にふにゃふにゃと突っ伏して、そのまま気持ちよさそうに寝息を立て始めてしまった。


「……本当に、職場と私生活でギャップが凄いな」


 目の前で完全に熟睡してしまった先輩を見つめながら、ヤマトは残ったネクタルジュースを飲み干し、ポツリと溢した。


「……これ、どうやって連れて帰ろう」


 手元にある、隣り合った二つの部屋の鍵を見比べながら、ヤマトは静かに頭を抱えるのだった。

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