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神律スキル編纂局 ~その不具合スキル、直します~  作者: にのまえあゆむ


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第5話 魂とスキルの一致

 レオンと別れた後、ヤマトとセレナはギルド近くの適当な安宿に部屋を取り、その一室に集まっていた。

 ヤマトは視界の端にワールド・コードを展開し、そこにあるレオンの所持スキル、【光波の加護】の仕様書を食い入るように読んでいた。


「お疲れ様、ヤマトくん。初めての問診にしては、上手くレオンくんを乗せられたじゃない」


 ベッドに腰掛けたセレナが、ヤマトの初仕事を労うように微笑みかけてくる。


「ありがとうございます。でも、結局酒場では『発動しない』って症状しか分かりませんでしたね。それで仕様書を読んでるんですが……うーん」

「何かわかった?」

「まぁ、大体のところは」


「あら、もうレオンくんが上手くスキルが使えない原因がわかったってこと?」

「ですね。彼の場合、前に出すぎる性格が災いしてるんじゃないかと」

「あなたもそこに目をつけたわね」


 セレナはベッドから身を乗り出し、ヤマトの顔を覗き込むようにして悪戯っぽく微笑んだ。


「前に私が言ったこと、覚えてる? 魂とスキル効果が一致したときにこそ最大限の効果を発揮するって」

「ええ。だからこそ、レオンさんの【光波の加護】の仕様書を読んで納得がいきました。これ、攻撃の威力じゃなくて、誰かを『守りたい』っていう意識に反応して出力が上がる仕様になってるんですね」


「その通りよ。前衛として敵をぶっ倒そうと前に出たり、殺気立って力んだりすればするほど、逆に光が弱まる仕組み。システム側のコードは開発部が精緻に組み上げたものだけど、魂の適合という運用環境が合わなければエラーを吐く。こういう魂とスキルの乖離を修正するのが、私たち調律室の仕事ね」


「あいつ、真面目そうだから『自分が前に出て敵を倒さなきゃ』って焦って力んでたんでしょうね。本人の才能のなさじゃなくて、使い方の方向が真逆なだけだ」


 ヤマトが画面を閉じると、セレナは満足そうに深く頷いた。


「正解よ、ヤマトくん。問診から仕様書の読み解きまでは合格。……じゃあ、次のステップ、実地検証はどうする? 明日、いきなりあの子に正解を教えてあげる?」

「いや、会ったばかりの俺が『お前の使い方は間違ってる』なんて言っても、あいつのプライドを傷つけるだけですし、何より戦場で体感しないと納得できないはずです。だから、明日のゴブリン退治で、ちょっとあいつの戦い方を確かめつつ、仕掛けをして試させてもらおうと思ってます」


「そうね。スキル保有者本人に自覚させなきゃ意味がないもの。その調子よ、ヤマトくん」

「勘弁してください。俺だって、明日の初陣で心臓がバクバク言ってるんですからね」


 ヤマトは小さく息を吐き、明日の戦い方を頭の中で整理し始めた。


 ■□■


 翌朝、すっきりと晴れ渡った青空の下、ヤマトたちは冒険者ギルドの前でレオンと合流した。

 レオンは昨日と同じ、泥のついた革鎧を身に纏い、手入れされた鉄剣を腰に下げて待っていた。その表情にはまだ少し硬さが残っているものの、目はまっすぐにヤマトたちを見据えている。


「おはよう、ヤマト、セレナさん。……本当に、俺なんかでいいんだな?」


 開口一番、確認するようにそう言ったレオンに、ヤマトは軽く肩をすくめて笑ってみせた。


「おはようございます、レオンさん。もちろんですよ。前衛は全面的に頼りにしてます」

「……分かった。任せてくれ」


 ギルドで簡単なゴブリン退治の依頼を受理した三人は、そのまま街の門をくぐり、標的の潜む近くの森へと向かった。


 道中、レオンは周囲の警戒を怠らず、新人のヤマトを気遣うように少し前を歩いていく。歳下とはいえ、その足取りや視線の配り方は確かに経験者のそれだった。

 森に入ってしばらく進むと、鬱蒼とした木々の奥から、ギチギチと不快な鳴き声が聞こえてきた。


「──来た。三匹だ」


 レオンが素早く鉄剣を抜き、ヤマトを背中に隠すようにして身構える。

 茂みを割り、濁った目をした小柄な魔物──ゴブリンが、錆びた短剣を手に躍り出てきた。


「ヤマトは下がってろ! セレナさん、後ろをお願いします!」

「ええ、任せて」


 セレナが背の魔導杖を構えるのと同時に、レオンが地面を蹴った。

 一気に間合いを詰め、先頭のゴブリンへ向かって剣を振り下ろす。その瞬間のレオンは気を急いて前のめりになっているのを、ヤマトは見逃さなかった。


(一撃で仕留めようって意識が強すぎる……!)

「はあああッ!」


 レオンの叫びとともに、鉄剣の刃に淡い光が宿りかける。しかし、彼が踏み込んだ瞬間、その光は予測通り、へろへろと勢いを失して霧散してしまった。


「くっ……!」


 不発の衝撃にレオンの体勢がわずかに崩れる。ゴブリンはその隙を見逃さず、ニヤリと下品な笑みを浮かべて短剣を突き出してきた。


「危ないっ!」


 ヤマトが声を上げるのとほぼ同時に、セレナの放った小さな光弾がゴブリンの腕を弾く。どうにか直撃は免れたものの、レオンは焦燥感を隠せない様子で飛び退き、再び剣を構え直した。


「クソッ! まただ……なんで今ので発動しないんだよ!」


 息を切らし、自分の剣を睨みつけるレオン。完全に空回りしているのが、傍目で見ていてもわかる。

 ヤマトは彼らの少し後ろに立ちながら、この状況を利用して仕掛けを動かすタイミングを計った。肩に掛けたボウガンに手をかけつつ、レオンの背中へ声を張り上げる。


「レオンさん、無理に攻めなくていいです! 俺の前にいて、ゴブリンどもを押さえ込んでくれているだけでも十分、助かってます!」


 ヤマトは一歩も引かず、むしろレオンの背中に一歩近づきながら叫んだ。

 がむしゃらに刃を振るうことばかりに囚われているレオンの意識を、本来の役割へと引き戻すための一手だ。


「っ……だけど、俺が倒さなきゃ、お前たちに……っ!」


 しかしレオンは、後退することはもちろん、その場に止まることさえ善しとせずに前へと進もうとする。

 二匹目のゴブリンが、鋭い鳴き声を上げてレオンに飛びかかったのはその時だ。

 レオンは咄嗟に剣で受け止めたが押し込まれ、前のめりになっていたせいもあって、足元がズルリと土を削った。


 残る一匹が、その隙を見逃さずに回り込み、レオン──ではなく、完全に無防備に見えるヤマトへと狙いを定めて跳躍する。


「ギチッ!」

「ヤマトっ!?」


 レオンが息を呑んだ。

 ヤマトはまだ武器の握り方すら怪しいド新人だ。もしあの錆びた短剣で深く刺されでもしたら、命はない。


(ダメだ、死なせるかよ……! 俺の目の前で、絶対に……っ!)


 その瞬間、レオンの脳裏からがむしゃらに敵を倒そうという意識が完全に消し飛んだ。

 あったのはただ一つ、後ろにいる新人の後輩を、今度こそ護るという、強い守護の意志だけだった。


 ──フッ、と。


 次の瞬間、レオンの鉄剣に、これまでとは違う確かな手応えとともに、淡い白い光が宿った。

 いつもなら焦れば焦るほどへろへろと霧散していた光が、まるで吸い付くように刃を包み込み、薄い衣となって静かに定着している。それと同時に、レオン自身も身体が軽くなったのを感じた。


「そこを、どけぇっ!」


 湧き上がる力に突き動かされるように、レオンは剣を真上へと撥ね上げた。光の衣を纏った一撃は、力比べでレオンを押し込んでいたゴブリンを正面から一刀両断にする。


 確実な手応えに絶命するのを見届けることなく、レオンはそのままの勢いで地面を蹴り、ヤマトの前に滑り込みながら、間髪入れずに次の一撃を繰り出した。


 いつもより明らかに速く振るわれた刃が、ヤマトへ襲いかかっていたゴブリンの短剣を正確に弾き飛ばす。そのまま流れるように踏み込み、体重を乗せた一太刀でゴブリンの胸元を深く切り裂いた。


 これで二匹目が悲鳴を上げて倒れ込み、そのまま動かなくなった。


 それを見た最後の一匹は、一瞬で形勢が逆転したことを察したのか、完全に怯えて錆びた短剣を放り出し、脱兎のごとく森の奥へと逃げ去っていった。


 静まり返る森の中。


 レオンは自分の手元で、まだ優しく白く輝いている鉄剣を、呆然と見つめていた。


「今、の……。ちゃんと、発動して……?」


 肩で息をしながら、信じられないものを見る目で自分の剣を見つめるレオン。

 そんな彼の背中へ、ヤマトはいつもの飾らない足取りで歩み寄り、ポンと肩を叩いた。


「凄いじゃないですか、レオンさん! スキルを使って、ズバッとゴブリンを倒すなんて見とれちゃいましたよ!」

「あ、いや……」


 屈託なく称賛してくれるヤマトだったが、レオン自身も信じられないとばかりに剣を握る自分の手を見つめていた。


「見てて思ったんですけど、レオンさんのスキルって盾役として皆を護るために使うスキルなんですね」

「盾役……?」


「そうですよ。〝敵を倒す〟ではなく〝皆を護る〟って時にこそ、真価を発揮するスキルじゃないですか? その証拠に、俺を助けようとしてくれたとき使えたんでしょう?」

「ああ、そっか……」


 ヤマトの言葉で、レオンは自分がなんのために冒険者になったのかを、今ここで、改めて思い出した。


 今でこそ「魔王を倒す」とか「勇者になってやる」と息ましているが、自分の原点は、幼い頃に魔族に村を襲われた時のことだ。あのときは、ただ逃げ惑うだけで、誰も助けることができなかった。


 だから冒険者になり、腕を磨き、不条理な暴力から誰かを護れるような男になりたかった。


 それがいつしか歪んでしまったのだろう。


 魔族を──敵をいち早く倒せば皆を護れると考えるようになり、その結果、一番大事なことを忘れてしまっていたようだ。


「俺は……敵を倒すことばかり考えて、肝心の、後ろにいる仲間を守るって意識を忘れてたんだな」


 ぽつりと溢したレオンの言葉に、ヤマトは深く頷いた。


「ええ。レオンさんが『倒さなきゃ』って焦れば焦るほど、そのスキルは言うことを聞いてくれなかったみたいですね。でも、俺が狙われた瞬間、レオンさんは俺を守ることだけに集中してくれたんでしょう? だからスキルが、本来の力を発揮したんですよ。魂とスキルの効果が、ぴったり一致したんですね」


 レオンは自分の手のひらを開き、それから力強く鉄剣の柄を握り直した。その表情から、これまでの焦燥や気負いが消え、すっきりと澄んだ芯のある強さが戻っていた。


「……ありがとな、ヤマト。お前のおかげで、大事なことに気づけた」

「お礼なら、この依頼を無事に終えてからにしてください。──ほら、お仲間が戻ってきましたよ」


 ヤマトが顎で示した先、森の奥からさらに四匹のゴブリンが、仲間の死体に気づいて激高しながら飛び出してきた。


「ヤマト、セレナさん、後ろを頼む。俺が全員、ここで食い止める!」


 レオンは今度は迷わずに、二人の前に一歩踏み出して身構えた。


 ■□■


 自分の原点を思い出し、スキルの効果を万全に引き出すことができるようになったレオンは、その後もブレることなく前線を支えてみせた。ギルドから依頼を受けていたゴブリン退治の討伐数も難なくクリアし、危なげなく依頼を完遂することができた。


 ──街へと戻り、ギルドでの報酬精算を終えた後。


「本当に、何から何までありがとう。俺、もう一度、一からやり直してみるよ。自分がどんな風に前線を支えればいいのか、今ははっきりと分かってるから」


 そう言って、レオンは憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔を見せた。昨日酒場で出会った時とは見違えるほど、その佇まいには確かな自信が満ちている。


「次はもっと強くなって、ちゃんとした固定のパーティーを組んでみせるさ。じゃあな、二人とも。またどこかの戦場で!」


 力強く手を振って歩き出す彼の背中は、どこまでも真っ直ぐで頼もしかった。

 そんなレオンの背中が見えなくなると、ヤマトは盛大に大きな息を吐き出した。


「はぁ~……終わった、終わった。緊張したけど、なんとかなるもんですね」

「ええ。十分過ぎる成果だわ。初めての仕事としては満点よ。さ、私たちも戻りましょう」


 セレナに促され、街の人気のない路地裏へと足を向けながら、ヤマトは安堵とともにワールド・コードを展開させた。


 そこには、見覚えのない通知が届いていた。

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