第4話 スキルエラーの少年
冒険者ギルドに併設された酒場は、今日も依頼を終えた冒険者たちの熱気と、安酒や焼き肉の匂いで満ちていた。
あちこちの席から、今日の戦果を自慢し合う賑やかな笑い声が聞こえてくる。そのどれもが、今のレオンにとっては、自分の無力さを突きつけられているようで胸がズキズキと痛んだ。
「はぁ~……」
酒場の隅、薄暗い壁際の席で、レオンはポツンと一人、果実水が半分ほど入った木製のコップを眺めて深い溜息を吐いた。
泥のついた革鎧は重く、刃こぼれした鉄剣が足元で静かに壁に立てかけられている。
──お前が前衛の強化をトちったせいで、どれだけ危ない目に遭ったと思ってんだ!?
さっき路地裏で投げつけられたリーダーの怒鳴り声が、耳の奥で何度もリフレインしていた。
怒られたことが悔しいわけではない。自分が不甲斐ないせいで、仲間を本当に危ない目に遭わせてしまったことが悔しく、申し訳なくてたまらないのだ。
(どうして、上手くいかないんだろう……)
レオンは小さく震える自分の手のひらを見つめた。
幼い頃、目の前で大切な人たちを奪われたあの街で、自分を助けてくれた冒険者の背中は本当に大きかった。あんな風に、今度は自分が誰かを守れる強い男になりたい。
魔族や魔獣を倒せるくらい、誰よりも強くなって、もう二度と誰も死なせたくない。
その一心で、授かった【光波の加護】というスキルを使いこなしたいだけなのだ。
なのに、いざ目の前に敵が現れると焦りばかりが先走り、剣に宿る光はいつもへろへろと弱まり、今にも消えそうなほど儚く霧散してしまう。
「守るために、強くならなきゃいけないのに……。こんなんじゃ、誰も守れないじゃないか……」
膝の上で拳をギュッと握りしめ、レオンは俯いた。
誰にも見られないように、そっと涙を堪えるように奥歯を噛み締める。
そんな彼の孤独な背中に、賑やかな酒場の喧騒を割って、すとんと穏やかな声が掛けられた。
「あの、すみません。ここ、隣いいですか?」
「……え?」
レオンが驚いて顔を上げると、そこには自分と同じくらいの年齢に見える、見慣れない駆け出し冒険者風の少年が立っていた。
少年の顔には、困ったような、けれどどこか親しみやすい優しい笑みが浮かんでいる。
そしてそのすぐ隣には、しなやかなマントを羽織った、妙に雰囲気のある年上の女性冒険者が「お邪魔するわね」と悪戯っぽく微笑みながら寄り添っていた。
「あ、ああ、どうぞ」
「ありがとう、助かるわ。どこもいっぱいで困っていたのよね」
女性冒険者──セレナはそう言って、悪戯っぽく微笑みながらヤマトの背中をポンと押して先に座らせ、自分もその隣に腰を下ろした。
注文した軽食と飲み物がテーブルに運ばれてくる間、セレナはレオンの足元に立てかけられた鉄剣に、わざとらしく目を留めて声を弾ませた。
「あら、もしかしてあなた、もう現役で依頼をこなしてる冒険者さん?」
「え? あ、まぁ、一応……今日もお昼に臨時パーティーで、街の外まで行ってましたけど……」
まさか年上の、しかも綺麗な女性冒険者から真っ直ぐに視線を向けられると思っていなかったレオンは、少し頬を赤くしながら、気まずそうに果実水のコップをいじった。
そんなレオンの反応に、セレナは「やっぱり!」と嬉しそうに手を合わせ、隣のヤマトを親指で指し示す。
「良かったわ! 実はね、隣にいるこのヤマトくん、今日ギルドに登録したばかりの、本当の超がつく新人なの。初めての依頼を前にして、さっきから緊張でガチガチになっちゃっててさ。もしよかったら、現役の冒険者として、何か心構えとかアドバイスを教えてあげてくれないかしら?」
「え……っ、俺がアドバイスを?」
レオンは目を丸くした。
さっきまで足手まといと罵られ、誰の役にも立てないと一人で絶望していた自分に、まさか先輩として助言を求められるなんて夢にも思っていなかったのだ。
セレナから「ほら、ヤマトくんも挨拶しなさい」と目配せされ、ヤマトは内心で(なんて無茶振りを……)と苦笑しつつも、すぐに居住まいを正してレオンに向き直った。
「あ、どうも。ヤマトです。本当にさっき登録したばかりの新兵で。ぶっちゃけ右も左も分からない状態なんで、いろいろ教えてもらえると助かります」
ヤマトが飾らない態度で声をかけると、レオンは一瞬、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。だが、丁寧でありながらもどこかフランクなヤマトの空気のおかげか、頑なだった心の警戒が少しずつ解けていくのを感じていた。
「……俺はレオン。レオン・ベルトラムだ。アドバイスって言っても、俺もまだ登録して数ヶ月の新米だから、そんな大したことは言えないけど……」
レオンは果実水のコップを握り直し、少しだけ背筋を伸ばした。
「でも、そうだな。最初はとにかく、ギルドの依頼を一つずつ確実にこなしていくのが大事だと思う。欲張って強い魔物を狙うと、手痛い目に遭う……いや、俺が言えた義理じゃないんだけどさ」
自嘲気味に呟いたレオンの横顔を見つめながら、ヤマトは一歩踏み込むことにした。
相手が傷ついているとはいえ、命懸けの現場を踏んできた〝先輩〟だ。下手に同情するより、その戦歴へのリスペクトをストレートに伝えるのが一番響くだろう。
ヤマトはレオンの足元に立てかけられた鉄剣を指差した。
「いや、その鉄剣の刃こぼれも、鎧の傷も、レオンさんがちゃんと前線で戦ってきた証拠じゃないですか。言えた義理じゃないって、そんなことありませんよ。めちゃくちゃ説得力あります。俺なんてまだ武器の握り方すら怪しいド新人なんで、普通にその傷、格好いいと思いますけどね」
「格好いい、か……。そんな風に言われたの、初めてだよ」
レオンはぽつりと零し、力なく笑った。
「それでも俺に声を掛けたのは失敗だよ、ヤマト。俺はさっき、臨時のパーティーをクビになったばかりなんだ。俺のスキルが全然上手く発動しなくて、前線を支えきれなくてさ。足手まといと言われて、追い出されたばかりさ」
「レオンさん……」
「情けないだろ。これじゃ、誰も守れない。……俺には、才能がないんだ」
完全に自信を失い、また俯きかけるレオン。
その様子を観察していたヤマトは、よし、と腹を決めた。
ここがこの「案件」の交渉どころだ。
後輩として、現役の先輩の力を借りたいという体で、そっと背中を押すことにした。
「だったら、レオンさん。明日、俺たちの初めての依頼に付き合ってくれませんか?」
「えっ? 俺が?」
「ええ。明日、ゴブリン退治の簡単な依頼を受けようと思ってるんです。ただ、俺は見ての通りまだ戦力外だし、セレナさんも基本は後衛のサポートなんで。前線を張ってくれるレオンさんみたいな剣士が、どうしても必要なんです。クビになったとかは俺たちには関係ないんで、前衛として守ってくれませんか?」
差し出されたヤマトの真っ直ぐな言葉に、レオンの胸は激しく揺さぶられた。必要とされたことが、堪らなく嬉しかった。
だが、直後に脳裏を過ったのは、さっき浴びせられた「足手まとい」という辛辣な罵声だった。
「……いや、無理だよ。気持ちは嬉しいけど、やめといた方がいい」
レオンはきつく唇を噛み締め、ヤマトから視線を外して首を振った。
「俺のスキルは、どうしても上手く発動しないんだ。今日だって、そのせいで仲間を危険な目に遭わせたばかりだし……俺みたいな欠陥品と一緒に行っても、お前たちまで危ない目に遭わせるだけだよ。悪いけど、他の奴を当たってくれ」
一度完全に折れてしまった自尊心は、そう簡単には戻らない。自分と組めばヤマトたちを不幸にする──そんな強い気後れと恐怖が、レオンの言葉を頑なにさせていた。
しかし、ヤマトはそこで引き下がりはしなかった。
「だったら、その原因も一緒に行って調べてみましょうよ」
「え……?」
「俺、戦うのはからきしですけど、そういうスキルの仕組みとか、相性とか昔から観察するのがちょっと得意なんです。レオンさんのスキルが上手く使えないのには、絶対に何か別の理由があるはずです。それを放っておくなんて、もったいないですよ」
フランクに手を差し出したヤマトに、レオンは絶句した。
クビを言い渡され、誰も自分を求めてくれないと思っていたその日に、年上の新人冒険者が、自分を「先輩」と呼び、前線に立ってくれと真っ直ぐに求めてきている。
「……頼むわよ、レオンくん。この子、口ばっかりで本当に頼りないから、あなたがいてくれたら私も安心よ」
セレナもヤマトのノリに合わせるように、クスリと笑って言葉を添える。
レオンはしばらく呆然としていたが、やがて、差し出されたヤマトの手を、少し気恥ずかしそうに、だけど力強く握り返した。
「……分かったよ。そこまで言ってくれるなら、俺で良ければ、明日一緒に行くよ。ゴブリン相手なら、俺が絶対にヤマトの前を守ってみせる」
「ありがとうございます。頼りにしてますよ、先輩」
ヤマトはニヤリと笑った。
その隣で、セレナがヤマトにだけ分かるように、机の下で小さく親指を立ててみせる。
とりあえず、レオンのスキルが正しく発動しない原因を探る第一段階は、上手くいったようだ。




