第19話 臨界点
ヤマトは石壁を蹴り、瓦礫の陰から飛び出した。狙いはゴーレムの背後、核の回路が最も露出する死角だ。
だが、ゴーレムの核から溢れ出す魔力は、もはや制御を失った暴風そのものだった。周囲の空間を蹂躙し、幾重にも重なる魔力防壁が侵入者を拒むように激しく渦巻いている。
このまま強行突破を試みれば、防壁の餌食になるのは明白だった。
(魔力防壁をどうにかしないと!)
ヤマトは背中の弩弓を抜き放ち、眼前の光景を凝視した。
防壁が核から吐き出され、もっとも激しく流動するその起点――魔力流動の動脈とも言える一点を、弩の照準の先に据える。
選んだスキル〝拘束纏糸〟。射抜いた対象を縛り上げ、その挙動を停止させる拘束用の弓術士向けのスキルだ。
解き放たれる一本の矢。
それが、ゴーレムが溢れさせる暴風の魔力とぶつかり合う。防壁を構成する魔力の奔流と交差した瞬間、スキルが発動した。
ギィィィン、と空間が悲鳴を上げる。
空間を塗りつぶすように猛威を振るっていた魔力が、スキルの干渉を受けた瞬間、その回転を止めたのだ。
拘束纏糸は対象の挙動を拘束するものだ。回転していた流体がその場で静止させられたことで、本来分散していたエネルギーが核の周囲に圧縮された。
すなわち、魔力が結晶化したのである。
ゴーレムの防壁が足場と化した今、ヤマトは躊躇なくその上へ飛び出した。
暴走の唸りを上げるボーレムの核が、すぐ目の前にある。
だが、核へと駆け寄ろうとした瞬間、ヤマトの全身に悪寒が走った。
(まずい、スキルの効力が押し返される……!)
ぐにゃりと歪む魔力結晶。不安定な足場に転びそうになったその時、ワールド・コードからに突き刺すような通知音が鳴り響いた。
『――修正パッチ、転送完了。対象を特定。ワールド・コードとの同期を確認』
フィオからの通信ではない。直接的なシステムからの合成音声メッセージだ。
極限の絶望の中で、ようやく届いた唯一にして最後の手段。
だが、適用するには核へ直接触れる必要がある。
ヤマトは挫けかけた足に力を込め、死地であるその胸部へと再び駆け出した。
「皆さん、パッチが届きました! すぐに転送します。イスルギさん!」
ヤマトはイスルギに魔族の排除を頼むとともに、セレナ、ヴェロニカの二人にフィオから届いたパッチを転送した。
直後、暴威を振るっていたゴーレムの動きが止まる。ヤマトの意図を汲んでイスルギが魔族を倒したのだ。
これで、ゴーレムの核に仕込まれていた虚実の糸は消えた。それはすなわち、ガリュンが虚実の糸に抗うために魔力を過剰に注いだ魔力が、今すぐにでも核となっている魔石を食い破って溢れ出す──大爆発を起こすかもしれないということだ。
「うおおおおおっ!」
結晶化された魔力の足場を駆け上り、ゴーレムの核へ向けてヤマトが手を伸ばす。
そんなヤマトを拒絶するかのように、噴き出すエネルギーがまるで刃物のような鋭さで肉を裂く。
紅蓮の魔石には淀みのような闇が広がり、中から漏れ出す黒い奔流が空間を歪ませるほどの質量となってヤマトの全身を圧迫した。
これは魔法ではない。物理的な圧力の飽和だ。
それでも、ヤマトは手を伸ばす。
バヂヂッ! と拒絶するように火花のような衝撃が奔るが、それでもヤマトの手はゴーレムの核に届いた。
「ワールド・コード展開!」
ヤマトの手を通して、ワールド・コードがパッチを展開する。金色の光が翼を広げる小鳥のように広がり、網のように核を御ぽい尽くした。
(まだだ……まだ、パッチの転送率は……!)
核に触れている手の平で、ヤマトはオーバーロードの兆候を悟った。ワールド・コードの輝きが、魔石の亀裂から漏れる黒いエネルギーに侵食され、不規則に明滅している。
それはまるで、心臓が停止する直前の最後の喘ぎのようだった。
「早く……早く、早く早く……ッ!」
ここまでくれば、もはや意地だ。
例え右手が吹き飛ぼうとも──いや、パッチが間に合わずに核が大爆発を起こそうとも、この場を動くものかと覚悟を決めて、ヤマトは腕に力を込めた。
明滅する光が、さらに激しくなる。
指先が焼ける。腕の感覚が麻痺し、パッチが浸透していくのと引き換えに、核の激しい脈動がヤマトの神経を直接叩きつける。
「まだ……まだだ、頼むッ!」
視界が明滅する。世界が黒と金に塗りつぶされる中、ゴーレムの核は臨界点に達した。
今にも砕け散り、周囲の空間ごとすべてを飲み込む大爆発が放たれようとした──その刹那。
『――パッチ処理、完了。ゴーレムの魔力流動を正常化します』
その瞬間、核を覆い尽くしていた黒い奔流が嘘のように霧散した。
荒れ狂っていた暴風が止み、耳をつんざくような唸りを上げていた魔力回路が、静かにその回転を休める。
核を構成していた魔石の亀裂が、まるで時間を巻き戻すかのように閉じていき、禍々しかった黒い光は穏やかな水色の輝きへと変貌した。
ヤマトの指先から、熱量は消えた。
「は……はぁ~……間に合った……」
限界まで張り詰めていた緊張が糸のように切れ、ヤマトは膝から崩れ落ちるように魔力の足場に倒れ込む。
激闘の終わりを告げるように、周囲に渦巻いていた魔力防壁が、雪解けのように静かに空間へと溶けて消えていった。




