第20話 日々を彩る調律の音
ゴーレムの暴走を食い止め、虚実の糸を扱う魔族を排したとはいえ、無機物の命動に潜んでいたバグ──闇スキルなどのイレギュラー状況において、魔石の許容量を超えた魔力を注ぎ込める状況は、まだ改善されていない。
「あー……ヤマトくん、報告書できた?」
「まだですー……もうちょっと時間ください」
目の下に深い隈を刻むセレナの言葉に、死んだ魚の方がまだマシと思えるような暗澹たる目付きをしているヤマトが答える。
不調調律室の天井は、いつものように天界の澄明な光を映し出していたが、今の二人にはその光さえも眩しすぎる。
「アイギスでの報告……魔石の許容量を超えた事態について、どう記述します?」
セレナは椅子を回転させ、遠くに見える地上の灯りを眺めながら溜息をついた。
「そりゃ正直に全部正しく書かなくちゃ。そうでないと、開発編纂部一課の方で無機物の命動の修正パッチが作れないから」
開発編纂部一課は、フィオが属する二課と違い、汎用性が高く、数多くの人類に下賜されているスキルを開発する部署だ。今回の無機物の命動も、〝ゴーレムを作り出せるスキル〟というコモンスキルであるため、場当たり的なフィオの修正パッチと違い、永続的に問題が起きないような完璧な修正パッチを作らねばならない。
そのためにも、ヤマトたち不調調律室が上げる報告書は、〝完璧な修正パッチ〟を作る上で必要となるものだった。
「と言っても、今回はガリュンさんが闇スキルに本能的に対抗してたが故の過剰魔力注入でしたからね。それさえなければ、本来なら魔力の過剰注入なんて起きないわけで……」
「ま、その辺りの問題を考慮して修正パッチを作るのが一課の仕事だし。そのまま書いちゃいなさい」
「了解です」
そういうことなら──と、ヤマトは起きた出来事をありのまま、何一つ話を盛ることなく今回の出来事を、一課に上げる報告書としてまとめ上げた。
「一通りまとめました。セレナ先輩、チェックしといてください」
「はーい、了解。あとでこっちから一課に回しとくわ」
などと返事は立派なセレナだが、言葉とは裏腹に、ヤマトの報告書どころか魔導スクリーンにさえ目を向けようとしなかった。
「だらけきってますね……」
「久々の大仕事だったんだもの。そりゃ気も抜けるわよ。てか、しばらくは休みにしてくれてもいいんじゃない!? これだから、うちの職場はさぁ」
セレナは仰け反るようにして椅子の背にもたれかかると、天井の澄明な光をぼんやりと見つめた。
そんなセレナの態度に、ヤマトはそっとため息をつく。
「ともあれ、今回の一件で俺たちがやらなきゃいけないことは終わり……で、いいんですよね? 俺、ガリュンさんから魔石を譲り受けて、約束してたゴーレムを作ってないんですけど」
「そこはまぁ、いいんじゃない? そもそも、アイギスの街は今、大混乱じゃない? ゴーレムは三体同時に暴走し、軍上層部には魔族がいた。軍の依頼でゴーレムを作ってたガリュンは、ヤマトくんのことなんて忘れてるわよ」
「ですかねぇ?」
確かにセレナの言うとおりかもしれないが、結局はガリュンとの約束を反故にする結果になったことは、ヤマトとしても少し心苦しい。
「それよりもさ、ヤマトくん。この後、打ち上げしない? あなたにとって初めての闇スキル案件が無事に解決したってことで、お祝いしてあげる」
「とか言って、酔ったセレナ先輩を担いで帰る羽目になるのは嫌ですよ。それに、今日はフィオさんにお礼をかねて、終業後に食事に行く予定なんですよ」
「えっ!? 何それ聞いてない!」
「いや、今回はフィオさんに無理をさせたわけじゃないですか。本来なら一課の仕事なのに二課のフィオさんに修正パッチをお願いしたわけで。なので、お礼をしようと思って」
「いやいやあなた、ちょっとヤマトくん? そういうことなら、私にも声を掛けなさいよ。だってほら、別に今回の件やヤマトくんが個人的に頼んだわけじゃないでしょ? 不調調律室の、それも室長直々にお願いしたわけだし? だったら、室長にお金出してもらいましょうよ! ちょっと待ってなさい、掛け合ってくるから!」
言うが早いか、席を立ったセレナはそのままマージンの席へ向かおうとしている。
そんな時だ。報告書を仕上げたヤマトがぼんやりと地上から上がってきた不調スキルのログをチェックしていると、気になる不調スキルが目にとまった。
「あ、セレナ先輩! ちょっと待ってください。これ、見てくださいよ」
「え? どうしたの……うわぁ」
ヤマトが指し示した不調スキルは、魂とスキルの波長があまり噛み合っていないものだった。にもかかわらず、はじき出した結果は本来の想定を越えている。
「これも闇スキル関係……ですかね?」
「なんとも言えないわね。単純にスキルがバグってるだけかもしれないし」
「どっちにしろ、これは見過ごすわけにはいかないですよね?」
「そりゃ、うちとしては不調スキルを発見したら、すぐ調律に向かわないと行けないからね。そういうわけでヤマトくん、フィオとのデートはお預けよ」
「デートじゃないですよ。単なるお礼だったわけで……それが延期になるのは申し訳ないなぁ」
ヤマトはやれやれと言わんばかりにため息をついて、自分のテスクから立ち上がった。
前世では病魔に苦しみ、病院のベッドから起き上がることさえできなかったのに、今では女神様から授けられたスキルを上手く使えない人々のため、女神様の〝御使い〟として天界と地上を行き来する生活だ。
溜まった疲労も、終わらない報告書も、次から次へと現れる不調スキルも。考えてみれば、前世で「生きたかった」と願った日々の積み重ねの先にある、贅沢すぎるほど忙しい現実である。
「ヤマトくん、顔が硬いわよ。今は仕事モードに切り替えて!」
「わかってますよ、セレナ先輩。……とりあえず、今回のを片付けたら今度こそフィオさんにちゃんとお礼をしなくちゃ……」
「その時は美味しいお店の予約も忘れずにね」
軽口を叩き合いながら、二人は天界の光を背にして、新たな不調の渦巻く地上へと飛び出した。




