第17話 特務御使い
防衛都市アイギスの雑踏から外れた路地裏で、天界から降り立った四人の御使いは人目を避けるように集まっていた。
特務御使いのイスルギとヴェロニカは、冷ややかな視線をヤマトとセレナに向けている。
彼らは、本部からアイギスの軍上層部に魔族が潜んでいることと、魔族排除の際、連動してゴーレムの魔石が爆発する危険性があることの二点のみを通達されている。
それだけでは、魔族を排除せよという命令を実行すれば、自分たちもゴーレムの爆発に巻き込まれて死ぬじゃないかと思ったが、どうやら別案が動いていたらしいことを、たった今、知ったところだ。
「……君たちが、ゴーレムが爆発しないよう、過剰な魔力が込められたスキルの魔力を輩出するための調律を行う二人か」
イスルギが低く問いかける。威圧するような荒々しさなく、近づく者すべてを品定めするかのような、研ぎ澄まされた静かな重圧があった。その静観な顔立ちに鋭い眼差しは、数多の死線を潜り抜けてきた者特有の冷徹な光が宿っている。
それもそうだろう。
単に魔族を排除するだけならいざ知らず、これまで前例のない未知の調律師に対して警戒するのは当然だ。
「状況は聞いている。俺たちが魔族を排除した直後、街のゴーレムが爆発するそうだな。だが、肝心の『どうやって爆発を止めるか』については、本部からの指示が曖昧だ。君たちがどうやって爆発を止めるのか、その手順を聞いておきたい」
ヤマトは臆せず、イスルギと視線を合わせた。
「現在、開発編纂部の技術者が爆発を回避するため、無機物の命動に対する修正パッチを構築しています。それ自体は間もなく完成します。問題は、虚実の糸を扱う魔族を排除した直後です。タイミングを合わせ、ゴーレムの核にパッチを当てる必要があります」
ヤマトの説明を聞いたヴェロニカが、面白がるように口元を歪めた。
彼女は流れるような金髪を高い位置でポニーテールに結い上げ、軽やかな薄手の革鎧を纏っている。彫りの深い人形のように整った顔立ちだが、その鋭い眼差しは常に周囲の気配を拾うためにわずかに動いていた。
「ふうん。つまり、そのパッチを当てるタイミングがズレただけでも、私たちが魔族を討ち取った瞬間に街が灰になるわけね。ずいぶんと分が悪そうな賭けねぇ」
ヴェロニカが呆れたように肩をすくめながら、そんなことを言う。
「そもそも、この街にゴーレムが何体配備されてるのか知ってる? 三体よ。もちろん、別々の所にね。でも、あなたたちは二人でしょ? どう頑張っても、一体余っちゃうじゃない」
「それは……」
その言葉に、ヤマトは押し黙る。物理的な制約を論理で埋める術が見つからないからだ。
「この街の守りの要である魔防結界の術式を利用するのよ」
代わりに答えたのは、セレナだった。
「防衛都市アイギスには常時、魔防結界が展開されているでしょう? その結界を維持する魔力の流れを利用して、二体動時にパッチを流し込むつもりよ」
説明しながらワールド・コードを展開すると、セレナの目の前に半透明の魔導スクリーンがパッと浮き上がる。
「ワールド・コードを一時的に結界の基幹術式へとオーバーライドさせ、都市全域に広がる魔力伝達路を、パッチ投射のための延長コードとして強制的に書き換えるの」
セレナはホログラム上に複雑な術式図を投影し、淀みなく続けた。
「これで無機物の命動の修正パッチを三体同時に伝達できる……はず」
朗々と説明していたセレナだったが、最後の最後で自信が少し揺らいでいる。
「それは策とは言わないな」
セレナの策を、イスルギは冷ややかに断じた。
「理論は分かった。だが、そうやって無理やり結界をいじれば、魔力循環が乱れるのは間違いない。その上、魔族を倒した瞬間、ゴーレムの核から魔力圧力が消失するのなら、少なからず魔力の流れに乱れが生じるはずだ。正しくパッチを送信できるとは思えない」
イスルギの指摘はもっともだ。
結界という都市の生命線を強引に書き換える作業は、それ自体が魔力の流れを不安定にさせるリスクがある。そこへ虚実の糸が消え去った直後の圧力消失という状態の中、机上の理論が狙い通りに働くと考えるのは楽天的すぎる。
「仕方ないわねぇ」
ヴェロニカが呆れたように溜息をつき、一歩前に出た。
「イスルギ、魔族の排除はあんた一人でできるでしょ? しょーがないから、あたしはこっちの二人を手伝うわ」
ヴェロニカの提案に、セレナが驚きに目を見開く。
「あなたは調律師じゃないでしょう?」
「スキル調律をできるのは調律師だけとは限らないわよ。なんであたしたちが〝特務〟と呼ばれているのか、ご存じない?」
ヴェロニカが、薄く笑う。
「あらゆるイレギュラーに対処できるから〝特務〟なの。スキルの調律もその一つ。ただ、完成したパッチはこっちにも回して頂戴。それがないと話は始まらないから。でも、問題がないわけでもないのよ?」
意味ありげに、ヴェロニカは表情から笑みを消した。
「ここのゴーレムは、基本的に、魔族の接近が街に害を及ぼす可能性のある場所まで近づくまで待機状態。けれど、例外もある」
「攻撃性に対する防御行動──ですよね?」
ヴェロニカの問いに答えたのはヤマトだった。
「この都市のゴーレムは、基本的に待機状態です。けど、何かしらの〝刺激〟を受ければ自己防衛機能が働いて、魔族に限らず、害を及ぼそうとした相手を敵性勢力と見なし、襲ってきます。そのことですよね?」
「あら、よく知ってるわね。……ああ、ワールド・コードでゴーレム製造系のスキルを使ったのね」
ガリュンとの交渉の際、ヤマトはワールド・コードでゴーレム職人になっている。その際に得た知識は、今なお継続中だ。
「わかっているならいいわ。パッチを撃ち込むどころか、反撃を捌くので精一杯になるのがオチよ」
ヴェロニカはそう言い切ると、ヤマトとセレナに鋭い眼差しを向けた。
「あたしがまず、自己防衛行動に出たゴーレムを無力化する。で、その後に一人一体でゴーレムの側で待機。こちらからの合図であんたが魔族を倒す。その方が簡単でしょ?」
にべなく言い放つヴェロニカに、イスルギは深いため息をついた。
「……まったく。おまえはいつも強引に話をまとめる。しかもそれが、無碍に出来ない最適解というのだからタチが悪い」
イスルギの呆れを含んだ言葉に、ヴェロニカは肩をすくめた。
「聞いての通りだ。おまえたち二人は、ヴェロニカの指示で動いてくれ。それと、ワールド・コードで偽装も変えておいた方がいい。戦闘系のスキルでな」
確かに、この状況では戦闘に関して素人同然のヤマトやセレナより、戦い慣れたヴェロニカの指示に従って行動した方が間違いはないだろう。
ヤマトは頷き、セレナもまた同様に、ヴェロニカの提案を飲み込むしかないと悟ったように表情を引き締めた。
「分かりました。まず、ヴェロニカさんに三体のゴーレムを無力化してもらい、それぞれに一人ずつ配置しましょう。そしてイスルギさんが魔族を排除したと同時に、三人同時に修正パッチを核に流し込む形にしましょう」
「ああ」
イスルギが短く応える。その鋭い眼光は、すでに数分後の戦場を見据えていた。
「では、始めましょう」
ヤマトの合図と共に、各々がそれぞれの役目を全うすべく、動き出した。




