第16話 予兆と選択
不調調律室へ戻ったヤマトとセレナは、その足でマージンの下へと向かった。危険対策部でヴォルクと交わした内容を報告するためだ。
そして──。
「いやはや……思ったより大事になっちゃったねぇ」
ヤマトとセレナから報告を受けたマージンの第一声がそれだった。
だが、言葉とは裏腹に、その表情は本当に困っているようには見えず、いつも通りの飄々としたものだった。
だからこそ──だろうか、これから行うべきことの重大さで少なからず緊張していたヤマトは、ふと肩の力が抜けるのを感じた。
「ヴォルクから回ってきたデータも照合しておいたよ。闇スキルの影響とはいえ、確かに神律スキル編纂局で制作したスキルが本来の仕様と異なる発動条件で使われているのなら、これを調律するのが俺らの仕事さ。けどねぇ~……」
マージンは、自分のデスクにある魔導スクリーンに目を向けた。
「防衛都市アイギスでガリュンが作ったゴーレムは、今のところ三体いる。虚実の糸を使う魔族を排除した際、この三体が暴発するってわけだ。どうやって、この三体に爆発を阻止するパッチを当てるつもりなんだい?」
「それは……」
さすがにヤマトもセレナも言葉に詰まった。
都市防衛用のゴーレムが、すでに三体も配備されていたことは予想外だ。
「これを見てごらん」
マージンがキーボードを叩くと、魔導スクリーンに地図が表示された。その立地に、ヤマトは見覚えがある。防衛都市アイギスの地図だ。
そこに、赤い点が三つ光っている。
「軍の駐屯地に北側の防衛区画、それと市街地にゴーレムは配置されてるようだね」
「結構、離れてますね……」
ゴーレムの配置を見たセレナが、苦い表情で呟いた。
「私とヤマトくんで一体ずつ請け負うにしても、どれか一体は野放しにせざるを得ないわね……」
「いや、セレナくん。君は現場へ行けないよ」
「えっ? どういうことですか!?」
「どうもこうも、君まで現場に出向いたら、誰がパッチを作るんだい? ヤマトくんじゃ、まだそこまでの作業はできないだろ」
「あっ……」
それは盲点だった、確かに、過剰魔力を用いて使用された無機物の命動に対する修正パッチを構築しなければならない人材は必要だ。
「そこは……ほら、非常事態ですし? 室長がちゃちゃっと作ってくれたりは……?」
「無理無理。俺はそういうのい向いてな──あ、そうか」
何か思いついたのか、マージンは局内通信機を手に取ると、何処かへ連絡を入れた。
「……うん、そう。そういうこと。しょーがないじゃない、緊急事態なんだから。じゃ、よろしくね」
そんな短い会話で通信を終えたマージンは、再びヤマトとセレナに顔を向ける。
「パッチ制作は他に任せたよ。なので、セレナくんも現場に行けるよ」
「え? それって──」
その時だった。不調調律室のドアが控えめにノックされた後、遠慮がちにゆっくりと開かれた。
「失礼します。開発編纂部二課のフィオです。上司から、こちらへ向かえと言われて……」
緊張気味に現れたのは、ヤマトとも馴染みが深いフィオ・ルミナスだった。
「フィオさん!?」
「あ、ヤマトさん。こんにちは」
フィオはヤマトの姿を目にするなり緊張がほぐれたのか、はにかみながら小さく手を振った。その様子を見るに、何故呼ばれたのか本当にわかっていないのだろう。
「そういうわけで、魔石に込められた無機物の命動由来による過剰魔力の調整パッチは、フィオくんに作ってもらうことにしたよ」
「なるほど、フィオなら確かに適任ね」
「忙しい中、ありがとうございます。フィオさん」
二人が感謝を伝えると、フィオはおずおずと手を上げた。
「ええと……詳しい説明をお願いできますか?」
やはり、何も知らされないまま、不調調律室へやってきたらしい。
なので、セレナは改めて簡潔に今起きている事態と、これからやるべきことをフィオに説明した。
「なるほど。闇スキルの影響で過剰に魔力を注いで行使されたスキル、無機物の命動の魔力を余分な魔力のせいで魔石が暴発する──と……」
状況を理解したフィオは、細く小さな指を顎に当て、独り言のように何かをブツブツと呟いている。
おそらく、彼女の頭脳は現状を打破するための最適解を求め、フル稼働しているのだろう。
「パッチの構築については、単純なスキル解除や魔力の消去は避けましょう」
フィオはマージンのデスクに設置された端末を指差した。
「マージン室長、こちらの端末をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、いいよ」
マージンが快諾し、フィオは端末の前に座ると手際よく操作してホログラムを展開した。
その眼差しは、先ほどまでの「はにかむ少女」のそれではなく、技術者としての冷徹さを宿している。
「魔石の中に溜まっている過剰な魔力は、今のゴーレムにとって不可欠な循環の一部になっています。無機物の命動はそういうスキルですからね。なので、これを急激に消去すると魔石内部の魔力圧力が一気にゼロになります。そうなれば魔石がエネルギーバランスの崩壊に耐えきれず、自壊して爆発します」
「仕掛けている魔族を排除して虚実の糸を消し去っても、同じことになるってシミュレーションの結果が出ています」
つまり、魔石から虚実の糸を消し去るだけでもダメ。
ガリュンのスキルに使われた魔力を消し去るだけでもダメ。
安全かつ最適な方法は、無機物の命動と虚実の糸の両方を同時に消し去る──それしかないように思えてならない。
だが、フィオの出した結論はまた別だった。
「スキルそのものを消すのではなく、スキル使用時に使われた魔力の流れを変える必要があります。魔石内部に溜まった高濃度魔力を、外殻を伝って安全な空間へ放流するバイパス回路を構築する感じですね」
「なるほど! ただの消去じゃなく、無機物の命動で使用した魔石内の魔力を外部へ流し出す逃げ道を作るってことですね?」
「はい。スキル使用時に使われた余剰魔力の流れる方向を変える。これが、私が作るパッチの基本理論です」
フィオは端末に複雑な幾何学模様のコードを書き込んでいく。
画面上のコードが一定の配置に収まると、彼女はふう、と小さく息を吐き、ヤマトたちへ向き直った。
「基本原理はこれで構築できました。そもそも、ゴーレムが暴走するのは無機物の命動と虚実の糸のバランスが、魔石内で崩れた時です。その瞬間、虚実の糸は無機物の命動で刻まれたゴーレムの命令を上書きし、暴走に至らせるんです」
フィオはホログラム上に、二つのスキルが魔石内で拮抗している構造図を表示した。
「そして、すでに周知の通りですが、ゴーレムから虚実の糸を強引に引き剥がし、干渉が消失したときに、無機物の命動で過剰に注ぎ込まれた魔力は逃げ場を失って魔石が爆発を起こします」
ヤマトは神妙な面持ちで、ホログラムに映し出された幾何学模様を見つめた。
「問題なのは、パッチの投入が少しでも早ければ虚実の糸に取り込まれて効果を失うことです。遅ければ魔石の自壊が始まってしまう。パッチを当てるタイミング調整が重要になってくるんです」
フィオの説明を聞きながら、ヤマトは神妙な面持ちで腕を組んだ。
「……今さら怖じ気づいても仕方がない、か……。わかりました、フィオさん。なんとかやってみますよ。ね? セレナ先輩」
「なんでそんなに覚悟が決まってるのよ……」
前向きな言葉を口にするヤマトに、セレナは頭痛を堪えるように頭を押さえた。
「けど……そうね、やるしかないわね。フィオ、あまり時間はなさそうだけど、パッチの完成は任せたわ」
「はい、一時間もあればできると思いますので、なんとかそれまで持ちこたえてください」
「い、一時間……」
セレナは驚きと呆れが混じった声で反芻した。自分だったら、もっと時間が掛かっていたかもしれない──そう思ったようだ。
パッチ制作はフィオに任せ、ヤマトとセレナの二人は、地上で活動する姿に擬態し、転移室へと駆け込んだ。
セレナが魔導スクリーンのパネルを操作し、空中の画面を押し込むと、足元の魔法陣が駆動して部屋全体が純白の光で覆われていく。
天界の静謐な空気が急速に遠ざかり、代わりに鉄錆と油、そして火薬が混ざり合ったような刺激的な匂いに変わる。
防衛都市アイギスに、二人は戻ってきたのだ。
「遅かったな」
その直後だった。二人の死角から、低く鋭い男の声が飛んできた。
ヤマトとセレナは驚いて振り向く。天界に住む御使いは、地上の人間にその正体がバレてはいけない。光に包まれて現れた所なんて、当然ながら見られてはならないのだ。
しかし、その心配はなさそうだ。
「おまえたちのことは聞いている。俺は特務御使いのイスルギ」
「あたしはヴェロニカ。イスルギと二人パーティって名目で、冒険者活動をやってるの。よろしくね」
ヤマトが見ても、一目でわかる歴戦の強者としての風格を携えた、特務御使いの二人だったからだ。




