第14話 魔石の証明
工房を支配する重圧の中で、ガリュン・ヴァルガスは微動だにせず、ただヤマトたちを射抜くような眼差しを向け続けていた。
呼吸さえ躊躇われるような緊張感。
だが、ここで怯むわけにはいかない。この無言の威嚇に正面から応えるように、ヤマトは一歩だけ工房の奥へと足を踏み入れた。
「今の言葉、本心から言っているわけではないんでしょう?」
ヤマトの声は、工房内の冷たい空気に溶けるように静かだった。
彼はガリュンの威圧に動じることなく、まっすぐにその瞳を見据える。
「まずは名乗らせてください。俺はヤマト。こちらはセレナ。少々無遠慮な訪問であることは承知していますが、どうしてもあなたに確認したいことがあって参りました」
名乗りを受けたガリュンの眉が、わずかに動いた。不審なよそ者が、唐突に職人の聖域に踏み込んできたことに警戒を強めているようだ。
ヤマトはその視線を正面から受け止め、ガリュンの背後にある作業台に目を向ける。
「今はゴーレムの動力核の製作中ですか? あなたの魔力制御は完璧ですね。けれど、実際問題としてゴーレムは時に暴走し、味方であるはずの冒険者を襲って──」
「俺のゴーレムは暴走などしていないっ!」
ガンッ! と、ガリュンが作業台を激しく叩きつけて怒鳴った。
ヤマトは言葉を切り、ガリュンの表情を窺う。
職人特有の、誇りと葛藤が入り混じったその瞳。彼がこの工房に二人を通したのは、誰かにゴーレム暴走という〝矛盾〟を突きつけてほしかったのかもしれない。
「ゴーレムの暴走はあなたが意図したものではない──そうなのですね?」
「当たり前だ! 俺の技術に狂いはない。ゴーレムの素体制作はもちろん、その核となる魔石に刻む魔術回路とて一部の狂いもないのだ! それで暴走すると言うのなら、運用している連中がミスを犯していに決まっている!」
激高するガリュンの目を、ヤマトは真っ直ぐに見据えた。
あの目は、嘘やごまかしを言っているわけではない。彼は本当に、自分の技術には万に一つのミスもなく、ゴーレムが暴走しているのは運用側のミスだと思っている。
で、あれば、ガリュンは自身のスキルが魔族の闇スキルによって歪められていることをまだ知らない──ということだ。
「確かに、あなたの技術は素晴らしいものだ。同業者として、俺もそう思います。特に俺たちを出迎えた従者ゴーレムなんて、普通の人間と変わらないサイズじゃないですか。あのサイズのゴーレムを作り出せる制作者なんて、この世界にも数えるくらいしかいないんじゃないですか?」
「そうだろうとも! この世に生を受け、スキル〝無機物の命動〟を授かった俺の人生は、ゴーレム制作にすべてを捧げてきたんだ。だからこそ、自分でもわかる。今の俺の技術が絶頂期だってな。そんな俺の作るゴーレムが暴走だと!? ふざけるな!」
ヤマトは静かに首を振り、ガリュンの怒りを正面から受け止めた。
「暴走の原因があなたの制作技術にあるとは、微塵も思っていませんよ。最初に言ったじゃないですか。『既存のゴーレム技術の範疇を超えた何かが起きているとしか考えられない』って」
ヤマトは作業台から少し距離を置き、あくまで同業の敬意を込めた口調で言葉を続けた。
「あなたが、製造したゴーレムを世に送り出した後、その運用先で何らかの要因が回路の制御を乱しているのではないか……そう疑っているんです。あなたの完璧な設計が、どこか別の場所で歪められているとしたら、それはあなたにとっても不本意なはずだ」
ヤマトの言葉を受け、ガリュンは荒い息をつきながらも、その鋭い視線をヤマトから作業台の方へと移した。
ガリュンの表情からは激昂の色が薄れ、代わりに得体の知れない不快感が浮かんでいた。
自分の完璧な作品が、どこかで他人の介入を受けているかもしれない――それは彼にとって、技術への否定以上に耐え難い侮辱なのだ。
「運用先で?」
ガリュンは独り言のように呟き、自身の作業台の上にある魔石へと目を向けた。
「おまえもゴーレム職人なら知っているだろう。ゴーレムの核となる魔石に魔力回路を刻めば、それは二度と変更することはできない。何よりゴーレムには制作者の〝規格〟というものがある。魔力回路を刻んだ魔石を別のものと交換するのは不可能だ」
確かに、ガリュンの言い分に間違いはない。ヤマトもワールド・コードの偽装機能を使ってゴーレム職人になったからこそ、その理屈もよく理解できる。
「ちなみに、ゴーレムの素材はどういったルートで仕入れてるんですか?」
「すべて軍部から支給されている」
「軍部から……」
「何かおかしいか? 俺のゴーレムは、この都市の防衛に使われているんだ。当然だろう」
確かに、ガリュンの言葉におかしなところはない。
彼はこの防衛都市アイギスで唯一のゴーレム職人であり、材料さえあればすぐに実戦投入できる防衛用ゴーレムを制作できる。その技術は重要だ。だからこそ、アイギスの軍部はガリュンを重宝し、ゴーレム制作に必要な素材もすべて請け負っているのだろう。
だが、その防衛用ゴーレムは暴走する危険性を孕んでいる。ヤマトとセレナは、それが魔族側の闇スキルの影響だと知っているが、今現在、そのことを人類側が気づいているとは思えない。
にもかかわらず、軍部はガリュンにゴーレムを作り続けさせている。
(暴走することが織り込み済みなのか? だとしたら……そうか! そういうことなのか……!)
ヤマトの中で点と点が繋がった。
軍部が支給する魔石の中に、あらかじめ闇スキルで何らかの手が加えられていれば、どんなに完璧な回路を刻もうとも、ゴーレムは完成した瞬間に汚染されている。それが、魔族がガリュンに仕掛けた〝ゴーレム暴走〟という罠に違いない。
ヤマトは深く息を吐き、視線を少しだけ下げた。
この仮説が正しいかどうかを確認し、ガリュンの技術の尊厳を守るための証拠を手に入れなければならない。
「ガリュンさん、一つだけ聞きたいことがあります」
ヤマトは気負いを消し、あえて肩の力を抜いて切り出した。
「俺もゴーレムを制作するゴーレム職人です。これまでのあなたの話を聞いて、言いようのない不安は一層増しましたよ」
「なんだと……?」
「だってそうでしょう? あなたの技術で作ったゴーレムでさえ、無茶な運用をすれば暴走するってことじゃないですか。なら、俺程度の技術で制作したゴーレムなんて、ちょっとしたことですぐ暴走するじゃないですか、貴方のような一流でさえ予期せぬノイズに悩まされているのなら、なおさらだ」
ガリュンが鼻を鳴らす。
「貴様の技術など知らん。だが、俺の制作工程に一点の曇りもないのは事実だ」
「わかっています。だからこそ、その〝曇り〟とやらが本当に無茶な運用のせいなのか、職人として……いや、技術を志す者として突き止めたいんです」
ヤマトは一歩踏み出し、作業台に並べられた魔石のストックを指差した。
「もし、運用方法ではなく軍部から支給される素材そのものに原因があるとしたら……それを確認する方法は一つしかない。あなたが使っている素材と同じもので……いや、ゴーレムの核である魔石を、俺にも使わせてください」
ガリュンが視線を鋭くさせた。
「魔石に欠陥があると言いたいのか? 軍の支給品だぞ。どれをとっても一級品だ。それとも、品質を視る目が俺にはないとでも言いたいのか」
「とんでもない。そんなことは一言も言っていません」
ヤマトは即座に首を振り、ガリュンの憤怒を穏やかな声音で受け流した。
「俺が言いたいのは、あなたの技術が完璧であるがゆえのパラドックスです。もし貴方の作るゴーレムが暴走する理由が運用ミスであるのなら、この都市の運用体制には貴方という天才の技術を台無しにする何らかの瑕疵があるということになる。職人として、自分の魂を込めた作品がそんな杜撰な扱われ方をしていて、悔しくないはずがない」
ガリュンは言葉に詰まった。ヤマトの言葉には、彼の心の奥底にある、誰にも吐露できなかった焦燥を的確に突き刺していた。
「だからこそ、俺にその魔石を扱わせてほしいんです。俺の手でゴーレムを作り、そこで同じ魔石を使って暴走するのなら、それはあなたの腕でも運用法でもない、魔石そのものに原因があるという動かぬ証拠だ。逆に、同じ魔石を使ってゴーレムが暴走しないのなら、それは貴方の言葉通り、運用側の管理体制に問題があることになる」
ヤマトは真っ直ぐにガリュンを見据えた。
「あなたの完璧な技術を汚名から守るための、第三者による検証です。俺の作ったゴーレムが暴走しなければ、貴方は堂々と軍部に文句が言えるじゃないですか」
工房に沈黙が降りる。
ガリュンは苛立ちげに頭をかき、作業台の上にあった魔石を乱暴に一つ掴み取ると、ヤマトの手元へと放り投げた。
「いいだろう、魔石一個くらいくれてやる。だが、貴様の憶測が的外れで、俺の技術を貶めるための工作に繋がるような事をしようものなら、その時は容赦せんぞ」
ヤマトが投げられた魔石を受け止めると、掌の中に鈍い重量感と、かすかな冷気が伝わってきた。
「検証結果は、後ほど必ず」
「魔石一つで何がわかる。せいぜい貴様の無知が露呈するだけだろうさ」
その言葉を背に受けて、ヤマトは深く一礼するとガリュンに背を向けた。
足早に工房の出口へと向かい、重い扉のノブに手をかける。ヤマトとセレナが外へ出ると、従者ゴーレムが工房の重厚な鉄扉をゆっくりと閉ざしたた。
遮断された工房の静寂と、先ほどまでの重圧から解放され、二人は同時に肩から力を抜いた。
「ふわぁ~……一時はどうなることかと思ったわ」
「ですねー……めちゃくちゃ怖かったですよ、俺。先輩、助け船も出してくれないし」
「あら、ゴーレム職人はヤマトくんの方だもの。私は護衛みたいな立場じゃない? 口を出すのも変な話じゃない」
「セレナ先輩もゴーレム職人に偽装すればよかったんですよ」
おかげで、一番大変で面倒な交渉事みたいな真似を、ヤマト一人ですることになってしまった。
「これも新人を鍛えるため、心を鬼にして任せたんだから。……で、ヤマトくんは魔族の闇スキルは魔石に宿ってると思ったの?」
「ですね。ガリュンさんは、とても誰かに操られているようには見えませんでした。何より、操られているなら、ログで見た魂とスキルのシンクロ率は有り得ないです。それに、最初にガリュンさんは作業してましたよね? そこにも闇スキルが介入しているようには見えなかった。となれば、ゴーレム制作で使う材料が怪しいと思ったんですよね」
「なるほど……いい線いってるわね。今の話、私も異論ないわ」
セレナの同意を得て、ヤマトは改めて手中の魔石を見つめる。
見ただけでは、さすがに何もわからない。けれど、これを天界に持ち帰り、危険対策部に預ければ、すべてが解明されるはずだ。
「よし。天界へ戻りましょう、ヤマトくん」
「はい、セレナ先輩」




