第13話 工房の門
石造りの重厚な外壁が、夜闇の中に冷たく浮かび上がっている。
軍の兵舎に隣接したその施設は、都市の喧騒から隔絶されたかのように静まり返っていた。固く閉ざされた門を見据え、ヤマトは路地の陰で小さく息を吐く。
「これ、普通に正門から近づいて、中に入れてもらえますかね?」
「無理じゃないかしら?」
ヤマトの問いかけに、セレナが即答で返した。
「ほら、酒場の冒険者連中が言ってたじゃない。『人間嫌いで、人払いのために何を仕掛けてくるかわかったもんじゃない』って。正直、正面からノックするのも気が引けるわ」
「それでもガリュンさんに会わないことには、どうしようもないですよね?」
「まぁ……実際に彼がゴーレム制作をしているところを、チェックするに越したことはないわね。彼の〝無機物の命動〟に、魔族の闇スキルが干渉してるんだから」
「うーん……」
ヤマトは唸り声を上げ、もう一度門の様子を凝視した。
彼の目には、ただの巨大な石の門がひどく排他的で、同時にどこか歪な威圧感を放っているように見えた。
軍の管理下にあるという公の堅牢さとは別に、ガリュンという一人の職人が、外からの干渉を一切許さないという強い意志を物理的に具現化したかのような、そんな拒絶の気配がある。
「強引な正面突破も潜入も難しいとなれば、発想を逆転させてみましょう」
ヤマトが突破口を見いだせずに押し黙っていると、セレナがそんなことを提案してきた。
「発想を逆転……ですか?」
「つまり、ガリュンが招き入れたくなる人物に化けるってこと。ヤマトくん、ワールド・コードを開いて」
「あ、はい」
ヤマトはセレナに言われるまま、ワールド・コードを展開した。
「この地上に来る前に、ワールド・コードの擬態機能でお着替えするでしょ? それは別に見た目だけを変えてるわけじゃなくて、その職業に応じたスキルも使えるようになってるのよ」
「え、そうなんですか?」
「そうよ。そもそも私、この恰好の時に魔法使ってるじゃない」
確かに、カイルのスキルを調律した際、ゴブリンとの戦闘でセレナは魔法のような力、光弾を放っていた。
「だから今回、ヤマトくんがゴーレム職人にお着替えすれば、実際にゴーレムを製造するスキルも使えるようになるってわけ」
「なるほど。同じゴーレム職人としてガリュンさんに会いに行くってことですね。そういうことなら──」
ヤマトはワールド・コードを操作し、現状の狩人からゴーレム職人に選択を切り替えた。
淡い光の粒子が浮かび上がり、ヤマトの全身を包み込む。
光が収まったあとに現れたのは、これまでの丈夫な布服とは違い、如何にも物作りに勤しむような作業服姿のヤマトだった。
同時に、ヤマトの脳内に今までにはなかった感覚が流れ込む。
ゴーレムの動力核の配置バランス、素材となる材料の目利き、硬質な金属を接合するための魔術的回路の組み方。知識が〝教えられたもの〟ではなく、自分の〝経験〟として瞬時に定着していく感覚に、ヤマトは思わず自分の手を見つめた。
「確かに今の感覚、まるで何年も工房に籠もっていたような感じがします」
「それがワールド・コードの機能の一つね。他にもいろいろあるから、必要になったらその都度、教えてあげる」
セレナは満足げに頷くと、ヤマトの肩を軽く叩いた。
「ともあれ、これであなたはガリュンと同じゴーレム職人よ。同じ職人同士なら、正面から尋ねに行っても、どこの馬の骨とも知れない冒険者より警戒心も緩むはずだわ」
「ですね。行ってみましょう」
ヤマトは深く息を吐き出すと、路地の陰から一歩踏み出した。
固く閉ざされた門の前に立ち、門扉を叩く。静寂に包まれた夜の工房に、控えめだが芯の通った音が響いた。
「夜分に突然の訪問、失礼します」
ヤマトは、噂を聞きつけて技術談義を求めに来た旅の職人を装うように、あえて朗々とした声を張り上げた。
「私は旅のゴーレム職人、ヤマトと申します。噂に名高いガリュン・ヴァルガス氏にゴーレム制作の技術についてお話を伺いたく、立ち寄らせてもらいました。いらっしゃいませんか?」
しばらく待ってみたが、門の内側からは何の反応も返ってこない。ただ、冷たい石壁の向こうで、何かが小さく、しかし不規則に稼働する駆動音が微かに聞こえるだけだった。
「……出てきませんね」
ヤマトが顔を顰めると、セレナが彼の背後で肩をすくめた。
「反応がないわね。ただの旅のゴーレム職人と名乗るだけじゃ、人間嫌いのガリュンを引き出すのは難しいみたい」
セレナは門を見つめたまま、冷静にそう分析した。
「強引にノックを続けても、かえって警戒されるだけだし……ここはアプローチを変えましょう。職人同士の技術談義なんて生易しいものじゃなく、もっと彼が無視できない『情報』で揺さぶるのよ」
「無視できない情報……ですか?」
「そう。今回のゴーレム暴走の件よ。もし彼が職人として誇りを持っているなら、自分の作品が都市の冒険者の笑い種になってるなんて我慢できないんじゃない?」
「なるほど」
ヤマトは深く頷いた。確かにセレナが提案したアプローチには一理ある。
同じゴーレム職人として、この異常事態を懸念しているというスタンスで語りかければ、ガリュンの興味と警戒心を同時に引き出す手段になり得るかもしれない。
「ガリュンさん、制作の邪魔をするつもりはありません。ただ、どうしても同じ職人としてあなたからお伺いしたいことがあるんです」
ヤマトは一拍置き、街中で噂になっているゴーレム暴走の件を切り出した。
「旅の途中、防衛都市アイギスでゴーレムが制御を離れて暴走するという噂を耳にしました。もしそれが事実なら、既存のゴーレム技術の範疇を超えた何かが起きているとしか考えられない。同じ道を歩む職人として、是非ともこの不可解な事態の原因を突き止めるため、意見交換をさせていただきたい!」
自らが信じる技術体系を否定されたくないという、職人特有の意地。
技術者としての純粋な疑問をぶつける問いかけ。
その言葉が門の奥へ届けられると、ずっと響いていた駆動音がピタリと止んだ。
重い石門が、軋んだ音も立てずに内側へと滑り出した。
現れたのは、精巧に磨き上げられた滑らかな石肌と、関節部に埋め込まれた魔石が青白く発光する人間と同サイズのゴーレムだった。
「凄い……」
ヤマトはゴーレム職人に偽装しているからこそ、ワールド・コードによる知識で理解している。
この界隈の常識では、これほどのサイズに自立行動を取れるだけの命令を魔石に刻む混むのは至難の業と言われている。
しかし目の前に佇むそれは、まるで生きた人間のような自然な重心と、静かな威圧感を纏っていた。
人型ゴーレムは無言のまま、ヤマトたちから一歩身を引く。
――中へ入れ、という無言の促しだった。
セレナと顔を見合わせ、ヤマトは意を決して門をくぐる。
工房の内部は、まるで巨大な機械の腹の中だった。
壁一面を埋め尽くす緻密な魔術回路と、天井から吊り下げられた無数のパーツ。その中心で、使い古された作業服を纏った一人の男が、背中を向けたまま独り、複雑な構造体を組み上げていた。
彼こそが、防衛都市アイギスのゴーレムを一手に担う職人、ガリュン・ヴァルガス。
ヤマトたちの気配を察してもなお、作業の手を止めようとはしなかった。
工房内を充満する、張り詰めた緊張感。不用意に近づけば、何をされるかわからない。
だが、目的はあくまで闇スキルの解明だ。遠巻きに眺めていても、何も掴めないまま追い返されるのが関の山だろう。
ヤマトは覚悟を決め、あえて沈黙を破ることでこの状況をこじ開けることにした。
「……随分と、荒っぽい魔力の使い方をされているんですね」
客としての挨拶を放棄し、職人として正面から喧嘩を売る言葉。
作業の手が、ピタリと止まる。
カチリ、と精密な工具が金属製の台に置かれる音が響いた。
ガリュンはゆっくりと、作業中の動力核から手を離し、こちらの顔を見ようともせずに肩越しに視線を投げた。
「……荒っぽい、か。よそ者が知ったような口を利くな」
低く、地を這うような声。
ガリュン・ヴァルガスは初めて、その冷徹な眼差しをヤマトと、その隣に立つセレナに向けた。
無造作に伸びた黒髪には、所々白髪が混じっている。端正だが、ひどく無愛想な顔立ちには、幾重にも刻まれた皺が深い影を落としていた。
長年、鉄と魔力にまみれて生きてきたことを物語るように、作業服の袖口からは鍛え抜かれた逞しい腕が覗き、その指先には細かな火傷の跡がいくつも刻まれている。
ただそこに立っているだけで、工房そのものが彼という職人の一部であるかのような、奇妙な威圧感を放っていた。




